第五十五話 一進一退
あれだけ眩しかった陽の光が雲に隠れた。
次第に景色が塗り替えられていく。
それは筆から垂れた墨汁のように色濃く、満を持して顕さんとした幽けき光を初めから無いものとしてしまうような、理解不能で出鱈目な力。
威力、範囲ともに最高水準であり、歴代の虹蜺級魔術師にこれ程の猛者はいなかった。
また、杖を媒介せず地属性を複合していることから、彼は無詠唱で闇属性魔術も扱える。
破壊の権化に相応しい、この世の理不尽をかき集めたような魔術師。
常勝無敗、最凶。
それをそう見せているのは、彼の風姿に漂う灼熱地獄。
軽く指を近づけただけで骨の髄まで焼き切られてしまうような超高温の陽魔力が、彼を守り、外野を消し飛ばしている。
そして彼自身がメイルイ王国を灰燼に変え、カグヤの腹部を貫いた。
彼は、軍服に似ているが少し違う派手なタキシードを着ていた。
俺よりやや低い背丈に、鍛え上げられた細身をしていた。
腰にぶら下がる黄金のメダルには、水晶玉に流れ星が射す絵が彫られている。
流星王国の紋章だ。
彼は中折れハットを乗せるように被り、粉塵舞う瓦礫の上を颯然と闊歩して道化師を演じる。
顔に刻まれた刺青は雨の雫を思わせた。
何から何まで、初めて見るそれだ。
彼に杖は無く、俺の左目と同じ紋章が刻まれた白い手袋から魔力を放つ。
その証拠に、魔力は両手に集まっている。
俺の間合いに入った時、それは頂点に達した。
「死ぬのはテメェだからな?」
シャルルカントが言い放つ、憎悪に満ち溢れた言葉。
それを聞いて、俺は杖に魔力を溜めた。
即座に魔力弾を連続で放った。
「チッ…!」
シャルルカントは突風を巻き起こしながら4寸ほど距離を取り、地面に手をついた。
その瞬間、赤い魔法陣が展開された。
「神ヰ連角ノ業」
シャルルカントの背、地面から数千にも上る流砂の槍が飛び出した。
鋭くて、研がれたように光沢のある槍だ。
その槍は、槍にしては靱やかで、鞭にしては頑丈すぎる性能を持っていた。
術者の指示によりそれは振り回され、一撫でで街が半壊。
魔力弾はかき消され、次なる策を準備しているところで上手く追撃してくる。
広い場所に移動しようと走ったが、すぐに迎え撃たれた。
「何処に行くってんだ! ああ!?」
俺はシャルルカントに蹴り飛ばされた。
咄嗟にガードしたが、両腕に痺れが残った。
かなりの距離を飛ばされた。
「分が悪いな…」
と言うのも、シャルルカントは見境無く魔術をぶっ放せるが、俺はなりふり構わず攻撃できない。
国の安寧を委ねられているから等級を下げて放たないといけない。
虹蜺級はおろか、乱級すら怪しい。
突破されるのは時間の問題だろう。
そもそも、俺の防戦技術はこのようなレベルを想定していない。
今まではそれで何とかなったのだがな…。
「目的はなんだ? 俺の首か?」
「おうよ。そんでもってこの国だ。上からの命令でよ、メイルイ王国はクソだから潰して来いってさ。初めはめんどくせー思ったけどよ、今思えばあながち間違いでもなかったな」
「今は違うぞ。かつては腐敗していたが…」
「いいや同じだ。テメェが後ろ盾である以上、何か企んでんだろ」
シャルルカントが音速に迫る勢いで接近してきた。
そんでもって拳を繰り出す。
俺は咄嗟に彼を蹴り飛ばし、彼の頭上に魔法陣を開いた。
「銀狼流醒爆撃――!」
俺は魔力弾を連綿と撃ち落とした。
周囲に生えた剛槍を根こそぎ消し飛ばすつもりで。
しかし、傷一つ、かすり傷一つ与えられなかった。
当然シャルルカントも無傷。
手加減をしたつもりは無い。
全力で撃った。
なのに、彼は不敵に笑い立っていた。
「こんなもんかよ、天撃ってのは」
シャルルカントが地面を踏み叩き、煉瓦を浮かせて蹴り飛ばしてきた。
形状は鉛玉。
大きさは鉄板、速さは音速。
「グッ…!」
躱しきれず、左腕を持っていかれた。
すぐに再生させたが、今度は剛鞭を右足に受けた。
そして、視界を埋め尽くす針の山。
「制限解除!」
俺は龍の鎧を纏った。
何とか奴の連続攻撃は耐えきれたものの、一度限りの使い捨てに終わった。
たった一回の応酬で、鎧が粉々に砕け散ったのだ。
悲しくも、翡翠色の粒子が舞う。
「これもダメか…」
頭痛が酷い。
俺はイラついているかもしれない。
思うように戦えない苛立ちが募っている。
「おーおー魔術王さんよ。元気ですかー?」
シャルルカントが小馬鹿にしてきた。
遠くにいながら、目を凝らして。
「条件が悪過ぎて調子が出ないだけだ」
「そいつぁーご愁傷様なこって」
「とぼけるな、どうせこれも貴様の策なのだろう。外側からと違い、内側から攻め入れば敵は内情に気を取られて本領を発揮できなくなる。もし仮に徒党を組んだなら人質を取ればいい、と。まあ、高等級魔術師が揃いも揃って暴れたらひとたまりもないからな。最たる俺が手段を捨てるのは必定。賢策と言えよう」
「そりゃどーも」
「だがな……俺は今猛烈に頭にきている。よくもカグヤを串刺しにしたな貴様…」
俺は狂速を使い、シャルルカントの懐に最短距離で飛び込んだ。
それを迎え撃ちにきた槍と鞭は、抜剣して切り刻んだ。
やがて剣が弾かれ、シャルルカントの拳が振り落とされるすんでのことろで。
「貴様は他所で殺す。この地に貴様の血は残さん」
俺は残された鞘でシャルルカントの腹部に一閃を見舞った。
彼は苦しそうな顔を微塵も見せずに、大事そうに帽子を抑えながら恐ろしい速度で城壁を貫いて飛んでいった。
堅牢な城壁にはクモの巣状の亀裂が入り、やがてガラガラと音を立てて崩れ去る。
そして、シャルルカントが飛ばされた方角からピカリと光る何か。
俺は左目をスコープにして覗いた。
あれは…女だ。
杖では無く、銃を持った魔術師だ。
シャルルカントに治癒魔術をかけている。
「ああクソっ! めんどくさいな…」
向こうに行ってもやりずらいじゃないか。
二重の策で掻き乱される精神。
「…行くか」
俺は決着をつけるため、転移魔術を使用して彼の元へ向かった。
荒廃した大地が広がる、メイルイ王国の暗部に。
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戦争の焼け跡は時間経過で消えることは無い。
魔族対人間であれば、より凄惨。
そこに躊躇は無く、限界は無く。
狂喜乱舞に支配された躍動の果てに人々は我を吹き返す。
ああ、俺は、私は何をしていたんだろう、と。
その結果がこれだ。
ひび割れた地形、両断された大木。
日を遮る暗雲の下、流水を求めて息絶えた亡骸。
草木一本も生えぬ荒廃した世界が広がる。
耐え難い。
こんな景色を写すくらいなら、いっそ目を塞ぎたい。
たとえ自分が引き起こしたものであろうと、誰が起こしたものであろうと、これを見て正気を保てる奴はいない。
いるとすれば、そう。
俺と奴らだけだ。
「シャルルカント・レインバート。貴様に引導を渡してやる」
見据えるは一人の男。
そして、彼に力を与える女。
いたってシンプルな軍服をその身に羽織る、勇猛果敢な女エルフだ。
「下がってな。コイツはただもんじゃねぇ」
シャルルカントは彼女を突き飛ばした。
鬱陶しいからじゃない。
巻き込みたくないからそうしたんだ。
「蛮勇気取りで腹立たしい限り。貴様の死は、そこの女の死だ。その辺を弁えた上で最善の策を講じろ」
「んな事テメェに言われなくてもわかってんだよ。つーか笑えんな、あれだけこっぴどくやられておきながら、まだ俺に勝つ気なのかよ。蛮勇はテメェじゃねーのか?」
「はっ、馬鹿を言え。この俺が、そんな負け犬称号を授与するわけないだろう」
俺は正中線を狙いシャルルカントに剣を突き立てた。
シャルルカントは彼女を転移させ、すぐさまカウンターを合わせてきた。
雪崩落ちる重撃を全て斬り伏せて、走る。
「神速」
「狂速」
荒地を駆けながらの死闘が始まった。
一息つく間もない速さで奴を追う。
シャルルカントは逃げに徹しているようで、実はそうじゃない。
彼は反撃の機会を伺っている。
「ナラァ…!」
シャルルカントが地に手をついて回転。
宙に浮いた状態で両手を構えた。
「星章征矢!」
シャルルカントがバチッと火花が散らせた。
散った火花は大地に染み込み、巨大な土壁を出現させた。
壁みたいな、数千の矢だ。
それは俺を追いかけるように、四方八方から襲いかかってくる。
「ぬるい!」
俺は、無間繚乱を休まずに繰り出し続けて走った。
シャルルカントは遥か前方にいる。
大魔術を使用される前に仕留めなくては。
「飛天万象聖剣!」
俺は地形を変えるつもりで、極大の閃光を連続で放った。
しかし、的はちょこまかと移動し、狙いが定まらない。
きのこ雲が天まで昇ろうと、索敵に奴が引っかかる。
無駄打ちが続く。
「チッ…」
踏み締める音色が伝える。
ここの下は空洞だと。
シャルルカントは、どれだけの距離を掘り進んでいたんだ。
「余所見してんじゃねーぞォ!」
一瞬、音が聞こえなくなった。
「グホッ…!」
俺はシャルルカントに顔面を撃ち抜かれた。
油断した。
こいつは転移魔術も扱えるんだった。
「強いな…」
純粋にそう思った。
それにしても、予想以上に良いのを食らった。
まるで、フルスイングで鉄球をぶつけられたみたいだ。
おかげ様で奥歯、前歯共に折損。
進んできた距離の4分の1は戻された。
「痛いな…」
それでも、不老不死の呪いが死ぬことを許さない。
致命傷は瞬く間に完治。
「ハァ…ハァ……! このバケモンが…!」
シャルルカントは息を切らしていた。
魔力が枯渇し、瞼が落ちかけている。
手の震えも収まらないようだ。
「不老不死で良かったと、つくづくそう思う」
「あぁん!?」
「正直ゾッとしたぞ。貴様があと数百年早く生まれていれば、俺は間違いなく殺されていた」
「………」
「弱点を見抜けなかった落ち度はあろうが、貴様はよくやった。並々ならぬ修羅場を潜り抜けねば、こうも魔導は発達しまい。現状、メイルイ王国はもってあと数時間。貴様の読みは当たるかもしれん」
そう言うと、シャルルカントは手袋を外した。
「あーいやだいやだ、知ってたのかよ…」
「あれだけ地下を穴だらけにすればな。大方、王宮を破壊したのも迷彩だろう。俺を除く王国主力陣に地盤沈下を悟られないよう地上から力をぶつけて、敵は正面から来ると誤認させるため。時が来たら王国全土を奈落の底に突き落とすつもりだった。派手に暴れれば暴れるほど、そのリミットは短くなるからな」
「なーるほどねぇ……つまり、俺はまんまと炙り出されたわけだ」
シャルルカントは口角を吊り上げ、帽子を深く被った。
手袋を投げ捨てて、魔力を体表に纏わせる。
そのせいか嫌な予感がした。
念の為、俺は上空に転移した。
「賢策ではあったが俺には通用しない。破壊の手口は誰よりも俺が知っている」
「…だろーな。だからテメェを潰しに来たんだ」
そう言ってシャルルカントが離れた。
大魔術を行使するための準備に入ったのだ。
重く、鋭く、熱く、厚い、凶暴な魔力を一点に集中させて。
彼は、五つの魔法陣の中心に立っていた。
「俺はこの世界が嫌いだ! 搾取する奴も、される奴も、誰も彼もが俺の敵だ! テメェみてーな弱きを助け強きを挫く偽善者が、一番嫌ェなんだよ!」
シャルルカントの怒鳴り声がビリビリと響き渡る。
魔法陣は一つに重なり、彼の頭上に転移。
「だから俺は全てを破壊する! 呑気に現実を受け入れる奴らも! 高台から笑っている糞共も! 天上から見下ろす神も! 全部まとめてぶっ壊してやる! 正義の証明は勝者がするんだ!」
シャルルカントが地面を殴りつけた瞬間。
地表より出現した巨大な彫刻。
それは、神秘的な女神の像だった。
「俺は破壊王! シャルルカント・レインバートだァァァア!」
シャルルカントの雄叫び。
その声に呼応する女神の瞳。
眩き黄金に明滅した刹那、二重の拳が飛んできた。
恐ろしい速度で、密度で。
赤い槍を持っていた。
…勝てるか。
これに勝てるか。
虹蜺など優に越えよう天撃に迫る技を。
打ち砕けるか、超えられるか。
いや…既に超えたから、俺はここにいるんだ。
俺の知る常勝無敗は彼女だけだ。
古い記憶に残されたあの子だけなんだ。
顔も、髪も、立ち姿も、もう朧気なのに頭に残っている。
共に戦った記憶もある。
その過程で、天撃級を編み出したんだ。
でも、彼女を討った技しか、無詠唱では放てなかった。
どんなに強くなっても、どんなに新しいことを吸収しても、それだけしか。
「第七階梯――鎧亜」
だからこれは、本当に危険な技なんだ。
大切にしていた景色を一瞬で変えてしまうから。
「……貴様は死ぬなよ」
加減はしない。
でも、どうか死なないでくれ。
億千の蒼き刃を束ねた大海に、最後まで抗ってくれ。
「大海銃皇千輪菊」
鋭き流星の大津波がシャルルカント目掛けて放たれた。
あれだけ準備を重ねて召喚された女神の像は木っ端微塵。
一欠片も残らず飲み込まれた。
シャルルカントに迫るまで僅か数秒。
「うぉああああああああぁぁぁあ!」
シャルルカントは魔力を使い潰すつもりで抵抗。
数百、数千の槍で防御に入った。
しかし、それは紙屑のように散って流れ、シャルルカントは貫かれた。
「ゴフォッ…!」
シャルルカントが両腕を失った時点で、俺は攻撃を中断した。
まだ、死なれては困る。
「塵にするのは容易い。だが、貴様の教示は俗世に残したい」
「…殺せ」
シャルルカントの目は空虚を写していた。
「ならん。貴様は今まで通り暴れ続けろ」
「…あ?」
「その度に俺が何度でも挫いてやる。神を殺すのだろう? なら、境界大聖を超えねば話にならん。一部を除き、奴らは皆化け物だ。第一位である俺が霞むぐらいの獣がゴロゴロいるぞ」
俺はシャルルカントを蹴り飛ばした。
生意気な目付きが気に入らないから。
「テメェ…何企んでやがる」
「別に何も。ただ、神族には個人的に恨みがある。皆殺しにしてやりたいくらいにな」
「…テメェも大概イカレてやがるなぁ」
シャルルカントはククッと笑った。
それから直ぐに、連れの女が岩陰から姿を現す。
「シャル!」
彼女はシャルルカントの容体を見て取り乱していた。
そりゃそうだ。
両腕が無いもの。
「おー、おめぇ大丈夫だったか?」
「私の心配より自分の心配を……あ」
俺を見た途端に青ざめている。
まさか、知らずに出てきたとは。
「お前もこうなりたいのか?」
「あ…ああ!」
「冗談だ。早く手当てをしてやれ」
彼女はオロオロしながら、慣れた手つきで再生魔術をかけていく。
実に見事な手際だ。
ま、それはいいとして。
「俺を生かしたこと……後悔するぜ?」
シャルルカントはそう言い残し、彼女と共に光の粒子となって消えた。
多くの兵士を残したまま、二人だけで。
「最後の最後に、やってくれたな…」
メイルイ王国から立て続けに爆発音が聞こえた。
炎上規模と黒煙から察するに、これは火薬によるものだ。
何故、魔術師団を連れてこなかったのかずっと疑問だったのだが、ようやく謎が解けた。
恐らく、捨て身の特攻だ。
それも数千人規模で。
外壁は消失し、王都は滅亡までのカウントダウン。
メイルイ王国の復興は難しいかもしれないな。




