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第五十四話 予兆

 ここ最近地震が多い。

 取るに足らない揺れも含めるなら、日に数度。

 今日だけでも6回起きた。

 地震とは様々な要因が重なって起きる自然災害ではあるが、日増しに回数が増えることは無い。

 回を追うごとに地盤が固められ、減少するはずなんだ。

 なのに、ここ二週間は増加傾向にある。

 メイルイ王国は内陸国であり、滅多なことでは地殻変動は起きないはずなのに……また揺れた。

 些細な問題に思われるかもしれないが、民衆の不安が蓄積している今、この状況で立て続けに起きるのはまずい。

 無視できない。

 この事に関して、俺たちは今まで以上に警戒を強める必要がある。


「また揺れたね」


「ああ。また揺れたな」


「ほんと困っちゃうよ。てか、砂埃すごいなぁ……」


 ある者は、これを不幸の前触れと言う。

 またある者は、これを浄化と言う。

 いっそ神に祈ってみればいいのに。


〈ふと、カグヤが窓の外に目を向けた〉


 あちこちに跳ねた髪の毛、暗い瞳、目の下のクマ。

 それもこれも、全部あいつらのせいだ。


「こっち来い」


「うん…」


 カグヤは悔しそうに泣いていた。

 それもそのはず。

 内通者が死亡したのは、カグヤの治癒魔術に問題があったからだと声を荒らげる人間が現れたからだ。

 敵味方云々じゃない、殺したのは彼女だと。

 カグヤの治療を断る者が出始めた。

 それは一人、また一人と増えていき、やがて全員が飲み込まれていった。

 心無い中傷は雪崩のように押し寄せ、反論しようものなら石を投げられた。

 しかし、俺が前に立つと途端に逃げていく。

 頼れるのは俺だけだと、勝手に結論づけて。


 俺は治療の合間を縫って、誤解を解いて回った。

 あれは口止めを目的とした服毒であると。

 しかし、誰一人として、俺の言葉に耳を傾ける者はいなかった。


 疑心暗鬼になるのはわかる。

 終わりが見えない戦いで、不安になるのもわかる。

 でも、お前らを含めた誰かを必死に救おうとしている彼女に対して、それはあんまりだろう。

 昼夜問わずに戦っているのは、何もお前達だけじゃない。


 …って、皆そう思ってるんだ。

 だから皆、我が身可愛さに嘆くんだ。

 いくらカグヤが泣いたって、誰にも伝わらない。

 俺にしか伝わらない。


「もう耐えられないよ…」


 カグヤの涙が染み込んでくる。

 熱くも冷たくもない水滴が、肌に触れる。


「泣けるだけ泣くといい。少しはすっきりするだろう」


 俺はカグヤの髪に櫛を当てた。

 後ろからサイドへ、サイドから前へ。順番に梳かした。

 そして最後に、軽くヘアオイルを手に取って揉みこむ。

 するとどうだろう。

 すーっと指が通るようになった。

 艶々で輝かしいお姫様の完成だ。


「さっきからアビルは何やってんの!? ふざけてんの!? やめろ! 触んな!」


 カグヤに怒鳴られ、腹を蹴られた。

 言っておくが、ふざけたつもりは無い。


「お前がそのまま塞ぎ込み続ければ、連中は更につけ上がるぞ。あの娘は誰々を殺した。毒を使う。今度は連続殺人犯などと根も葉もない噂が立つかもな。まあ、合ってるには合ってるが、それは過去。現在(いま)じゃない。現在のお前は優しくて思いやりがある。疑念は風化しないが、歴史は塗り替えられる。お前は間違いなく、人を救ったって」


 何処にでも悪い噂は立つ。

 伝説的な英雄にも、黒い噂はある。

 前例がある以上、是非も無い。

 たとえ泥まみれでも、最後は美しく飾って欲しい。

 第一印象は善性で決まるからだ。


 たとえ、悪目立ちすれば霞んでしまう弱く微かな栄光でも、それは必ず後世に伝えられる。

 この人はこうだった。でも、こんな一面もあった。

 後書きがその人の本性を綴るんだ。


「だからそう、くよくよするな。お前に涙は似合わん」


 俺はカグヤの涙をハンカチで拭いた。

 彼女は抵抗することなく、黙って受け入れてくれた。

 込み上げる感情を抑えて、固めて、


「イラつく…」


 ぼそっと悪態をついた。

 強情な奴。


「人間誰しも気のままに行動する。俺だってそうだ」


「嘘つけこの。アビルが怒ってるところなんて、数える程しか見てないよ」


「それはほら、俺は若い子達の手本にならないといけないから。感情は制御するさ」


「なーにが若い子達だ。自分も若く見られようと必死なくせに」


 刺々しい口調で痛いところを突かれた。

 あと、腹筋を殴られた。

 涙は止まったようだ。


「若いっていいよな…」


 なんて恥ずかしげに呟いて。

 機嫌を取ろうとする己を恥じた。


「アビルはカッコイイよ。もっと自信もって」


 カグヤは窓を開けて両手を大きく広げた。

 風を感じているようだ。

 しかし、残念ながら無風。


「世辞は歓喜するが定義がわからん。お前の言うカッコイイとは何だ?」


「誰にも負けないこと」


「お前らしいな」


「アビルは私以外に負けたことある? 果たし合いでも、殺し合いでも、なんでも」


「そりゃあ勿論。十、百、千、数え切れないほど負けた。主にリンファだが…」


「あー、師匠ぶっ壊れだよねー」


「……ぶっ壊れ?」


 知らない単語が出てきた。

 時々あるよな。


「あれ知らない? コウに教えて貰ったんだけど、こいつがいると環境…? が、おかしくなるモノのことをぶっ壊れって言うんだって」


 ふーん、さっぱりわからん。

 コウは俺とは違う方向に博学多才だな。

 満遍なく修めてる感じがする。


「なるほど、ためになった」


「でも俗語らしいよ」

 

「じゃあ使わないでおく」


 知識が一瞬にしてゴミになった。

 俗語はまずかろう。

 いやでも、待てよ。

 使えば少しは若返く見えるか…?


「やめときな。アビルには似合わないよ」


 カグヤが、せせら笑う。

 相変わらず悪戯っ子だ。

 彼女は機嫌良く鼻歌を歌うと、少しだけ髪を払う。


「どう?」


「美人だ。大人びている」


「このまま階段駆け上がっちゃう?」


「コラ、はしたないぞ」


「はしたなくなんか無いよ! もう子供じゃないんだから!」


 カグヤはそう言い、ぷいっとそっぽを向いた。

 あくまでも嬉しそうに。

 暗影が差し込んでくるまでは。



---



 ――痛い。

 ――痛い。

 全身が痛い。

 俺は今どうしてる。

 血を吐いて、膝をついている。


「………」


 これより、一寸先は闇。

 瞼を開けた途端の衝撃。


「カ…グヤ?」


 俺は千鳥足で前に進む。

 上手く歩けない。


「アビル!」


 切創まみれのカグヤが手を伸ばす。

 だが届かない。

 俺の腕が、右腕が弾け飛んだからだ。

 杖を持とうとしたら爆散した。


 突然過ぎて意味がわからない。

 なんだってんだ。


「このォ…! どけー!」


 カグヤは無数の鞭を相手にしていた。

 土で出来た柔軟性のある鋭利な鞭だ。

 高密度な魔力が異常な練度で脈打っている。

 

「よっと!」


 カグヤが切創まみれで駆け寄って来てくれた。

 しかし、俺を抱き抱えたと思えば突き飛ばした。


「ごぷッ…!」


 違う。俺を庇ったんだ。

 カグヤの背中から噴水のように吹き出す鮮血に視界が暗転。

 景色は深緋に覆われ、泥岩入り交じる剛鞭に切り裂かれた。


「なっ!」


 俺はその鞭に左足を落とされ、鞭先から放たれた波動砲に肺を潰された。

 胴体はくり抜かれ、顎下、鎖骨が粉砕して、間髪入れずに殴り飛ばされた。

 メキャと、嫌な音がした。

 遠のく景色に映る瓦礫の山。

 王宮は砂山のように簡単に崩壊し、俺自身も多くの建物を破壊した。

 猛烈な引力に逆らえず、十、二十を破壊して、城壁に叩きつけられた。

 耐えきれず、滝のような血を吐いた。


「がはっ!」


 俺は地に伏した。

 僅か一分にも満たない時間で、一気に追い詰められた。

 王都の中心に見える馬鹿でかい塔。

 敵は地下を掘り進んでいたんだ。

 塔に空いた無数の穴からは火が出ている。

 その火は街を焼いている。

 人を、動物を焼いている。


 言葉にならない惨劇の悲鳴が聞こえた。

 メイルイ王国に賊が侵入した。

 中心から外側にかけて蹂躙されていく。


「よう」


 頭の先から声がした。

 酷く耳障りな声がした。

 誰かいる。

 でも、逆光のせいでシルエットしか見えない。


「クククッ…」

 

 ダメだ、笑いが込み上げる。

 いよいよ頭がおかしくなったか。


「手足がねーってのに、元気なこって」


 そう言って静かに舞い降りたドス黒い気配は、足先一つで周囲を瓦礫に変えた。

 突風も、否、竜巻でさえも比較にならない暴風を巻き起こして降り立つ。

 ああ、こいつか。

 この男が破壊王か。


「なあ破壊王。俺の娘を知らないか?」


「知らねーよ。つーか興味ねぇ」


「そうか。野暮な質問を失礼した」


「んでぇー? 冥土話はそれだけか?」


「呑気なことを言う…」


 俺は四肢を超速で再生させた。

 時間の巻き戻しを己にかけて、土槍の追撃を躱す。

 怒涛に押寄せる濁流は、龍の息吹(ドラゴンブレス)で霧散させた。


「なかなかやんなー、テメェ」


 やはり姿は見えない。

 逆光が邪魔だ。


「来い。天罰の女神(ルーナ)


 俺は転移魔術で杖を戻した。

 右腕に馴染む、贖罪の杖。

 奮うべきは今だ。


「猶予は無い。貴様はここで死ね」


 俺は大地を踏み鳴らし、杖を握って突き立てた。

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