第五十話 現状
シャルルカント・レインバート。
旧エルネスタ王国出身。23歳。
彼は魔法都市グランドコーネリアにて最強を冠する虹蜺級魔術師である。
グランドコーネリアは今は亡きエルネスタ王国が改名した流星王国にある。
流星王国はメイルイ王国の遥か南に存在し、直線距離ならレグリクス公国の方が近い。
転移魔法陣を使用しなければ、ここに来るまで数ヶ月はかかるだろう。
…そう。かかるのだ。
にもかかわらず、彼は転移魔術を使わなかった。
気配を察知されないように、南東から進軍してきたのだ。
通り名とは裏腹に知恵が回る。
腑に落ちないのは兵の質だ。
誰も彼もが取るに足らない疲労体に高性能な鎧を身につけていた。
存在感のある武器を所持していた。
間違いなく流星騎士団だろう。
仮定として提示しておく。
しかし、そうなると疑問が生じる。
彼は流星王国直下、占星魔術師団ミーティアの大団長を務めている。
だったら普通そっちを連れてくるだろ。
と、思った。
考えれば考えるほどドツボにハマる。
これも作戦のうちなのかと思ってしまう。
唯一わかっていることは目的。
目的はメイルイ王国を落とすこと。
これだけ。
動機は不明だ。
「アバドン、貴様の意見が聞きたい。奴の動機は一体なんだと思う?」
俺は真正面にいる男に問いかけた。
こんな非常事態にも関わらず、呑気に橙黄色の果実をナイフで剥いていく男に。
巧みな刃物さばきも、カグヤにデザートを提供するためだけに披露している。
「どうぞ」
「あ…ありがとうございます。頂きます」
カグヤが恐る恐るカットフルーツを手に取ったところで、
「復讐でしょう」
アバドンは一言、そう言い放った。
「遺恨というものか?」
「ええ。シャルルカント個人の恨みですね」
推測できるとすれば生い立ちか。
なんたって旧エルネスタ王国出身だからな。
王都が敵国に渡り、王族が処刑されてから数ヶ月は治安が最悪だったと聞く。
そんな過酷な地を生き抜いてきたとすれば…。
度合いにもよるが、動機としては十分か。
「当たらずとも遠からず。頼もしいほど、勘が冴え渡るようで」
アバドンが銀製のポットから紅茶を注いで渡してきた。
「国王がくたばっている以上、俺達でどうにかするしかあるまい」
「ふふっ……それもそうですね」
神経を限界まですり減らしたのが災いし、エルドラドは寝込んでいる。
俺達が到着するより以前にアバドンが伏兵を殲滅していたため事なきを得たが、依然として状況は好転していない。
よって、殿が姿を現すまで俺とアバドンは交代制で寝ることにしている。
「ねぇアビル。これ美味しいから食べてみ」
カグヤに謎の果物をお裾分けされた。
試しに口へ運んでみたが、予想以上に酸味が強い。
顎が痺れた。
「あら…まだ熟しておりませんでしたか」
アバドンがきょとんとした様子で六個目を剥いていた。
というか、どんだけ食ってるんだ。
お前ら二人しか食べてないぞ。
コウは起きてすぐ見知らぬ女に連れていかれたし、そもそも俺用のフォークが無い。
アバドンは完璧主義と聞いていたが、情報は誤りだったか…。
高貴な装束に、まんまと欺かれた。
権力者らしからぬ物腰の低さも、詮索を難航させる要因の一つ。
ミコの件もあるし、おいそれと懐に入れないな。
「果たして、次の侵攻に耐えられるかどうか…」
「うーん、このままボケーっとしてたら無理じゃないかな?」
さらっとカグヤに毒づかれた。
一応彼女にも相談してみるか。
若者の意見も取り入れたい。
「なら、何かいい策はあるか?」
「あるよ。こう見えて私参謀向きだから」
「そういえばそうだったな」
「今パパっと思い付いたものでもいい?」
「なんでも構わん。言ってくれ」
そういうと、カグヤが壁際に移動して抜刀。
魔力は感じられない。
何をする気だろうか。
「ていっ」
カグヤが素早く刀を振った。
視認可能な剣速だが、金属音は一回。
内壁が砕かれ、吹き抜けになった。
「こういうこと」
「どういうことだ?」
まるで意味がわからん。
先手必勝とかか?
「単調なゴリ押しではまず勝てないぞ。仮に俺が殲滅したとて、本命の侵入を許してしまう。もしそうなれば、お前らの安全は保証できん」
「自分の身は自分で守るよ。それに、アビルとこの人が二人がかりで仕事すれば早く終わるでしょ?」
「まあ、たぶん」
カグヤの刀から鮮血が滴る。
かなり新しい血だ。
…あ。彼女が壁を斬った理由がようやくわかった。
カグヤは、外側から何者かに盗聴されているといち早く察知して、剣圧で威嚇したんだ。
威嚇とはいえ、盗聴した犯人は転落死か失血死かのどちらかだろう。
全く気づかなかった。
「腕を上げたな」
「えっへへ。凄いでしょー」
カグヤが、にへら笑いで照れている。
「一体誰の差し金でしょうね…」
アバドンがピクリと眉を動かした。
外野の存在が気に入らないらしい。
「アバドンさんなら分かるんじゃないの?」
「私がですか?」
「うん。だってさ、さっきの男の人、アバドンさんが話す時だけ筆が走ってた。復讐って単語が出たあたりで書くのをやめてたから、多分、直属の私兵か何かだと思う」
「とするならば…国王様が差し向けたのでしょうか?」
アバドンの無難な推測に、カグヤは首を横に振る。
「それは違うんじゃないかな。だって国王様は今寝てるんだよ? 第一私は無害な人間を斬ったりしない」
「なら一体誰が…」
アバドンが言葉に詰まる。
俺とて同じだ。
特定の条件下で認識阻害の魔道具を用いる豪胆な人物がパッと出てくるわけがない。
まして、この滑らかな外壁をよじ登るような男だ。
非常識極まりない。
こうも特徴が濃いと、的を絞りきれない。
そう頭を悩ませていた束の間。
「いるでしょ。内通者」
と、カグヤが言い放つ。
物静かな雰囲気なのに気迫が凄い。
ピリついた空気が弾け飛ぶ感じだ。
アバドンはまたしても薄気味悪い笑みを浮かべて。
「なるほど。でしたら、この件はわたくしにお任せあれ。時期が不明にしろ敵国の内通者を雇い入れたとなれば、わたくしが管理責任を問われますからね」
最後は穏やかに客間を後にした。
杖をつきながらも足早に。
早くも内部整理に向かうようだ。
「盗聴人が味方でないと、どのタイミングで判断した?」
「ここに入った瞬間。匂いで」
毎度の事ながら驚嘆の意を隠せない。
人一倍嗅覚が優れているとは知っていたが、まさかここまでとは。
「アビルはどんな匂いかな?」
ふと、首筋に当たった少し硬い感触。
手の位置は肩、胸部に肺を圧迫される。
スンスンと、鼻をすする音が聞こえた。
満遍なく嗅がれている。
「そろそろ鑑定結果を…」
「微妙」
つまり、鑑定不可ということ。
なんだよ。
じゃあなんで嗅いだんだよ。
微妙ってなんだよ。
と、矢継ぎ早に変化する思考に前頭葉が破綻。
任務以外のことで頭が熱くなった。




