第四十八話 龍虎の決意
霊峰で過ごすこと、間もなく一年が経過しようとしていた今日この頃。
メイルイ国王から書状が届いた。
書状といっても材質はお粗末。
急ごしらえと思われる安物の紐が巻かれた、縦長の便箋のようなもの。
文面を拝見せずとも、有事であることは明白だ。
でも一応見ておくか。
俺はすぐさま紐を解いて書状に目を通した。
『アビル・スターマインへ。
久しぶりだな。連れのカグヤは息災か?
お主のことだし風土病に無頓着な気がする。
ちゃんと気遣うのだぞ』
これが前置き。
失礼な。
『さて、ここからが本題だ。
火急ゆえ手短に話す。
近々メイルイ王国が攻め落とされる。
そこで、どうかお主の力を借りたい。
詳細はこちらに向かう途中でわかるだろう。
できるだけ早く頼む。
国王エルドラド』
以上。
このままだとメイルイ王国は壊滅するらしい。
悠長に足を探す時間が無い。
転移魔術を使うしかないか。
うーん…でも嫌だな。
どうするか。
---
考えた末。
俺は転移魔術を使用することに決めた。
コウに背中を押されて、ギワに咆哮を上げられて決定した。
早速下準備をする。
黄閃堂裏にある溶岩石に転移魔法陣を描き刻み、常人では扱えないほど大量の魔力を注ぎ込む。
溶岩石に手を置き、爆散しないように慎重に魔力を行き渡らせる。
石版と同等の性能に引き上げるために、魔石から作り出した支柱を溶岩石の周りに五本立てた。
これは魔道具の一種だ。
魔力を増幅する効果がある。
やがて溶岩石が光った。
完成だ。
「もう行くのか…?」
リンファが寂しそうに言う。
「安心しろ。そう長くはかからない」
「あーしも行こうか?」
「心強いが、門下生達がいるだろう?」
「……まぁの」
新弟子の修行が途中なわけだし引き止めたい気持ちはあるだろう。
俺個人としても、もう少し長居したかった。
カグヤも同じ気持ちだろう。
「また来る。そのために転移魔法陣を作ったんだ」
実際便利だからな。
ある程度の魔力操作ができれば誰だって使用できる上に、効果領域内での人数制限がない。
世界の端から端までひとっ飛びだ。
無論、転移不可能な国や地域もあるが、協力者を挟めば可能。
だからこその危険性も孕んでいるが。
「アビル…」
カグヤが俺のローブをつまむように引っ張る。
弱々しく引っ張る。
「どうした?」
「…私ってさ。カグヤだよね?」
異な事を言う。
誰がどう見たってカグヤだ。
期待が持てる清純派黒髪ロング。
と、コウの弁を提示してみる。
「それ以外に見えん」
「そう……良かった」
カグヤが空を見る。
逞しくなった背中を見せて、森の中へ入っていく。
どこへ行くのだろうか。
夜までに帰って来てくれるといいが。
---カグヤ視点---
誰がなんと言おうと、私はカグヤだ。
カグヤなんだ。
そう言い聞かせ続けて、もう随分経つ。
アビルに手を差し伸べられてからもずっと。
私の中に渦巻く獣がそれを言わせる。
初めは執拗く付きまとってくるアビルが嫌いだった。
上から目線が嫌だった。
手加減をして、私に勝ちを譲る彼が嫌いだった。
子供扱いされてるみたいで。
きっと、アビルの中では私は一生子供なんだと思う。
わかってた。
わかってたよ。
だから王宮でも子供らしく振舞った。
大好きなクッキーをボロボロ零しながら食べてやった。
困り顔のアビルは可愛かった。
思えば、いつからだったっけ…。
私が私になったのは。
たしか…そう。五年ぐらい前だ。
五年前の冬の日だ。
朝起きたら外は大雪で、歴史的な大寒波にみまわれたあの日だ。
あの日、私は友達と洞穴で身を寄せあっていた。
正確にはちょっと違うけど、彼女は私を暖炉がわりにしていたと思う。
ぽっぽっ、と点滅する人魂に手を近づけて、毛布にくるまっていた。
この五体に刻まれた記憶の一つだ。
妖魔の里から越してきてからも、ずっと一緒にいた友達。
雨の日も風の日も、パパとママがいなくってからも、ずっと寄り添ってくれた友達。
ある日、その子は静かに息を引き取った。
当然だ。
彼女もまた、孤独に生きることを余儀なくされた普通の女の子。
年端もいかぬ少女が一人で生きていけるほど、この世界は甘くない。
私は夜通しで泣いた。
彼女の冷え切った体を暖めようと必死に温度を上げた。
毛布に燃え移らない程度に、部屋の温度も上げた。
なのに、なのに。
彼女の温もりが戻ることは無く、段々と血色が失われていく。
遺体は固くなり、腐敗が進み、内臓から染み出した血液がドロドロと流れ出ていく。
通りすがりの人が嘔吐するほどの腐乱臭が部屋に充満した。
付近には、誰も寄り付かなくなった。
憎くなった。
この世界を恨んだ。
いっそ、滅茶苦茶に壊して欲しい。
彼女を返して欲しい。
そう願いながらも、どこか諦めていた。
彼が現れるまでは。
私の前に、突如として現れた強面の男。
所持する杖には後光が差していた。
それを見た時、私は焼き殺されるのかと思った。
妖魔にとって光は毒で、天上は怨敵。
彼は、その両方を侵していた。
『汝はどうしたい』
彼は言った。
純白に輝く長い鬣のような髪を持つ男が言った。
人間にしては背は高く、引き締まった脇腹がローブ越しに見えた。
彼は、まるで大狼のような風体で私を掴んだ。
灼熱に匹敵する私の体を。
『新たなる邪道を歩んでみるか?』
恐ろしい声だった。
でも不思議と、悪いようには感じなかった。
刹那。
視界が真白に染まり、私は意識を奪われた。
金色の瞳が印象的な神様だった。
気づけば。
私は森の中にいた。
体がある。
歩ける。
飛び跳ねてみる。
全部出来た。
でもおかしい。
友達がいない。
ああそうか、死んだんだ。
悪夢は鮮明に蘇り、私はまた泣いてしまった。
それから暫くして、私は森を散策した。
意味もなく、目的もなく歩き続けた。
生き地獄だ。
これからどうやって生きていけばいいというのか。
せめてそれぐらいは教えて欲しかった。
私は丸一日考えた。
考えた末、私は魔術師を狩ることにした。
今は亡き友人に群がる悪党がいたはずだから。
結果、殺して殺して殺し尽くした。
魔術師狩りは思いのほか好調だった。
男は、ちょっと誘惑するだけで乗ってくるのだ。
単細胞で金がある格好の獲物だ。
女は少しだけ攻略が難しいけど、私の手にかかればどうということはない。
無邪気を装い、背後からメッタ刺し。
楽勝だった。
楽しくて楽しくて、つい興奮してしまった。
後戻りできない後悔より、感動が勝った。
その日の晩、私は初経を迎えた。
ぽたぽたと、僅かばかりの経血が床に垂れた。
この頃、私には性の知識がまるで無く、誰に聞くことも出来ずに、ただただ戸惑っていた。
でもすぐに慣れた。
月に一回動けなくなる程度だし、症状が軽い日もあるから。
下手に神経を使わなければ決まった日にくる。
ああ、でも。
一回だけ、生理が遅れた日があった。
初めてアビルと出会った日だ。
あの時は丸々二週間遅れた。
ストレスだ。
彼は、私を救ってくれた神様にそっくりだった。
主に髪色と立ち姿が。
偽者を嫌う理由としては十分でしょ。
でも彼は、神様には無い優しさがあった。
一緒にいるとお腹がぽかぽかして暖かい。
好きでも嫌いでもないのに、身体は飢えていた。
なんかこう、あべこべな感じ。
確認も兼ねて、私はぐっすり眠る彼に悪さをしてみた。
全然反応がなかった。
アビルと出会い、数ヶ月が経って。
私はあることに気づく。
もしかして、私ではない私が彼を求めているのではないか、と。
私自身も意味がわからない答え。
誰が聞いてもそう思うだろう。
そしてとうとう、夜中に一人で遊んでしまった。
アビルの寝顔をおかずに、一人で。
思いのほか気持ちよかった。
でも乾きは癒えなかった。
アビルは私を我が子のように思ってる。
子供に写ってる。
わかってる。
でも、少しくらいは大人に見られたい。
だから急に抱きついてみたり、思わせぶりな態度を取った。
アビルは終始戸惑っていた。
たぶん気はあった。
でも手を出してはくれなかった。
好きかも。
この気持ちは、思春期だからなのだろうか。
はたまた、血中に混ざる妖魔の血のせいなのか。
それはわからない。
証明したい気持ちはあれど、私は湧かない。
気持ちが向かない。
やっぱり矛盾してる。
それでも、アビルについて行きたい気持ちは二人共同じだ。
この際、歴史に名を刻んでやる。
私を、私達を捨てた奴らを見返してやるんだ。
だから。
いつかちゃんと謝るから。
もう少しだけこの身体を貸してね、カグヤちゃん。
---アビル視点---
日が沈み、夕刻に差し掛かった。
俺はオルテシアの鍛錬相手をしながら時間を潰していた。
指先から魔術弾を飛ばしてオルテシアが捌く。
休む暇を与えず、されど加減はする。
健気にも、彼女は限界を教えてくれない。
なので、途中で切り上げた。
「ハァ…ハァ…」
息を切らすオルテシアに水筒の水を飲ませた。
「お疲れさん。どうだ? 対魔術戦は攻略が難しいだろ?」
「えぇ…本当に厄介だわ。できれば速攻で首を撥ねたいと思ってしまうくらい」
「対策法としては概ね合っている。魔術師は基本鈍足だからな」
「それは嘘。あなた、ずっとわたしの動きを補足してたでしょ」
「いやいや。長年の勘だ」
オルテシアは筋がいい。
洞察力もさながら、冷静に状況を把握する。
まだ若いというのに、窮地で熱くならない。
伸び代は十分にあると言えよう。
「弟のこと。頼んだわよ」
「任せろ。と言っても、何年かかるか…」
「死ぬまでに再会出来ればいいわ」
「それは流石に……まあ、善処する。目標は五年以内にしよう」
「そうね。お願い」
オルテシアは黄閃堂に戻って行った。
今生の別れじゃあるまいし、別れの挨拶はしない。
先刻までケインもいたのだが、カグヤが戻らないと知ると、直ぐに帰って行った。
あやつめ、俺には一瞥もくれなかった。
いいけどさ。
なんか一言くらいあるだろ。
なんて、みみっちい事を考えていると、茂みの方に人影が見えた。
段々と接近してくる。
見えた。
カグヤだった。
「アビル…」
カグヤは沈鬱な表情をしていた。
あと、泣いていた。
慌てて駆け寄ると、抱きついてきた。
「どうした? 辛いことでもあったか?」
そういうと、カグヤの引き締める力が強くなった。
「偽物は…嫌い?」
「偽物? どういう意味だ?」
「好きか嫌いかで答えて…」
「じゃあ、好き」
「それはどうして…?」
「理想に近付くには、それそのものの性質を真似る必要がある。かくいう俺も真似てきた。これからも模倣し続ける」
「…自分のことを棚に上げるようで悪いんだけど、それって不可能じゃないかな? だって本物は別にいるんだよ? いたんだよ? いくら真似たって勝てっこない。近づけっこないよ」
自分のことはなんだ。
聞きたいけど、それは今聞くべきことじゃない。
「まず前提を捨てろ。近付くな、越えろ。越えた先に己の覚悟を理解し、今いる自分を理想としろ。過去の亡霊に囚われたままでは、いつまで経っても足が竦むぞ」
「その亡霊が、一生一緒だとしても?」
「ああ。むしろ心強いだろう」
カグヤは、涙をぐっと堪えた顔で俺の頬に手を添えた。
はち切れんばかりの感情を必死に抑え込んでいるような、熱く細い指先で唇をなぞる。
そして、重ねてきた。
「……ん」
カグヤから漏れた一欠片の吐息。
情熱的な力強いキスに、全身が燃えるように熱い。
彼女の夢を叶えてあげるのが俺の役目。
これもその一つかもしれない。
実際そうだろう。
年々、カグヤの感性は色濃く表に出るようになり、俺の精神を侵食していった。
夜中に一人でコソコソと俺の身体を飽きなく触る彼女に、なんの感情も抱かないはずがない。
振り向かせたかったのか、はたまた自慰のようなものなのか。
俺から来て欲しかったのか。
待ちきれずに重ねてきたのか。
俺にはわからない。
「…ぷはっ」
カグヤの口からヨダレ垂れた。
なので、自前のハンカチで拭いてあげた。
「満足したか?」
「うん、とっても良かった。これで暫くは持つかな」
「我慢しろとは言わないが、場所は考えような」
と、俺はカグヤに忠告した。
本当は、時々付き合ってやるとか言いたかったのだが、無理だった。
ドサッと紙袋が落ちる音が耳に入ったからだ。
「あ…あ……あぁ!」
コウが顔面を真っ赤にして立っていた。
何もかも失ったような気の抜け様だ。
「これは…その」
言葉に詰まったので、俺は転移魔法陣に魔力を込めた。
行き先はメイルイ王国。
青白く輝く魔法陣が足元に出現した。
「師匠! あっち着いたら全部話してもらいますからね! 絶ッ対!」
「……」
コウが信じられないほどキレてる。
睨まれてるな。
「久しぶりに帰るね」
「そうだな。みんな無事だといいが…」
「大丈夫。何があっても、私達なら大丈夫だよ」
カグヤに励まされ、俺は鈍る決心を奮い立たせた。
相手が誰であろうと負けはしない。
何がなんでも、俺達の故郷であるメイルイ王国を守る。
そして、師匠の帰りを待つんだ。




