第四十一話 休暇日
あの日以降。
俺は何故か、オルテシアに付きまとわれるようになった。
森の中を散策している時も、渓流で風景画を書いている時も、今こうしてカグヤと一緒に魚を焼いている時も。
休暇日は背後から視線を感じる。
オルテシアが木陰からひっそりと顔を出し、嫌悪感出しまくりで睨んでくるからだ。
「また、付け狙われているぞ」
「アビルがでしょ」
「そう思いたくない」
「そんなこと言ったって……あ、焦げそう」
カグヤは意にも反さない様子で魚を裏返した。
「………」
オルテシアは無言を貫く。
彼女は、あどけない顔立ちに涙ボクロが特徴的な少女だ。
右目に前髪が垂れ幕のように降りていて優しそうな印象を受ける。
しかし、目つきは鋭い。
頭上を覆う神木と相まって吸血鬼かと思ってしまう。
「お前も食うか?」
二人だけというのもなんだか寂しいので誘ってみた。
とれたて新鮮な今がチャンスだぞ。
ほら、ほら、と見せびらかしながら食べる。
すると、オルテシアは更に不機嫌になった。
神木の外皮を剥がさんばかりに五指を食い込ませている。
どうしてだろうな。
どいつもこいつも、みんなピンチ力がおかしい。
「アビル、あーんして」
「俺が? あ…あーん」
「違う違う、私にするの。馬鹿?」
言葉足らずなお前が悪い。
なんて口が裂けても言えないから従っておく。
「うまうま…」
カグヤが挙動不審に真横をチラ見しつつ魚肉に食らいつく。
まだ塩胡椒を振っていないのだが、目的は別にあるとみた。
カグヤは綺麗に骨だけ取り除いて渡してきた。
これを食べろってさ。
骨だけ渡されても困る。
「何見てんのー! この暗殺者予備ぐぅーん!」
カグヤはキャハハと悪戯に笑った。
煽り方が凄まじい。
根に持つタイプなんだ、きっと。
同様にオルテシアも根に持つタイプらしい。
だが彼女は元々の沸点が低い。
半ば強制的に仲直りさせられたわけだが、未だ二人の間には深い溝がある。
犬猿の仲と言って差し支えないだろう。
「はぁ!? 別に見てないし! たまたま通りかかっただけだし!」
「嘘だぁ。鍛錬場から後つけてたくせに」
「つけてないわよ! 同じところを通っただけ!」
「あっはは! 言い訳なんて聞きたくないよーだ!」
「このッ…!」
オルテシアは前傾姿勢になり、両手を大きく開いた。
憎々しい顔でカグヤに爪を立てようとしている。
「まあ落ち着け。魚は腐るほどある」
「そんなの要らないわ!」
「あーんしてやるぞ、ほらこい」
「……じゃあ」
いや、来んのかよ。
いいけどさ。
もう少し躊躇するべきだと思う。
「いただきます…」
オルテシアが目をぱちぱちとさせながら食べ始めた。
串は俺が持っている。
受け取らないのは何故だ。
「美味しい…」
「そいつは良かった」
餌付け中、カグヤの視線が身に染みた。
片側の口角だけ釣り上げて変な顔をしていた。
オルテシアは気づかない。
気づかずに食べ進める。
そして、俺の掌に小骨を飛ばしてきた。
射的のように口からペっぺと飛ばしてきた。
なんだこの状況は。
ゴミは自分で片付けろ。
と言う勇気がない臆病者だ。俺は。
「ご馳走様でした」
オルテシアが礼儀正しく頭を下げてきた。
お腹いっぱいで幸せそうだ。
怒る気にもなれん。
「リンファには内緒だぞ」
「やだ。絶対にチクってやる」
「…は?」
「嘘。秘密にする」
オルテシアは上品な上目遣いでそう言った。
着飾らない道服に不釣り合いな笑みだ。
「オルテシアって性格悪いよね。みんなに嫌われてるもんね。アビルも嫌いだもんね?」
カグヤが俺の肩に手を置いて、頬を擦り寄せてきた。
火薬を撒いて着火しないで欲しい。
爆発するだろ。
「……ッ」
ほら、怒ってる。
オルテシアがじりじりと距離を詰めてくるじゃないか。
全部カグヤのせいだ。
「別に嫌ってなどいない。というか好きでも嫌いでもない」
「逃げの回答ね」
ああ。
オルテシアがもう目の前だ。
今度、高名な占い師に手相を見てもらうことにしよう。
多分、女難の相まみれだと思うから。
「ところで、接触してきた理由はなんだ? 金か?」
「逆にそれ以外ある?」
「言いきられると虫唾が走る」
「冗談よ。一つだけ頼みがあるの」
そう言ってオルテシアは俺の隣に座った。
優雅に髪を靡かせながら水筒の水を飲んでいる。
「お前は貴族か?」
「元はね。兄さんが死んでからはずっとここにいるわ」
「…野暮なことを聞いたな。すまん」
「気にしないで」
オルテシアは俯いていた。
質問が無神経過ぎたかもしれない。
カグヤもバツが悪そうな顔をしているし、流れを変えよう。
「要件を聞こうか」
そう尋ねると、オルテシアは俺の手を掴んだ。
「天界に連れていかれた弟を助けて欲しい」
この一言に全てが詰まっていた。
「いつ頃、誰に連れ去られたのだ?」
「たしか…3年ほど前かしらね。雷神と名乗る男が急に現れて、兄さんを刺し殺して弟を連れ去ったのは」
「雷神…」
古い言い伝えだが、雷神は人間を忌み嫌っていた。
破竹の勢いで種を分岐させる行いを許さなかったのだ。
しかし、人間を天界に招くなど聞いたことが無い。
有り得ない。
でも、オルテシアは真剣だ。
「本当に天界に連れていかれたのか?」
「天界に連れていくって言ってたけど…わからない」
「そうか…」
情報があやふやだ。
目的も分からないし、不明瞭な点が山ほどある。
さしたる問題ではないが、少しでも的を絞りたい。
雷神と事を構えるならば、それ相応の準備をしなければならないからな。
とはいえ、雷神が何処にいるのかなんて知らないし、実力も未知数。
禁獄を殺めた神であれば、神族でもかなりの実力者。
この俺とて、無事で済むかどうか。
「ふむ…」
「ダメ…?」
「いや、ひとまず捜してみる。手当り次第で何とかなるかもしれん。大方、巷で流行っている貴族狩りみたいなものだろ?」
「そうそれ! そのせいでわたしは、こんな辺鄙な山で暮らす羽目になったのよ!」
「酷い言い草だな…」
闇に属する人間に聞くのが一番手っ取り早い。
となると…一人だけ適者がいるな。
辺境に飛ばされた小太り大臣が。




