第三十九話 彼だけが知る王の話
霊峰山中、渓流沿い。
ここには一軒の家がある。
お世辞にも立派とは言えないが、一人二人で暮らすぶんには充分な広さと大きさ。
部屋数は三つ。
リビング、寝室、風呂。
あとはキッチンがある。
木造建築の良さが十二分に活かされた家屋と言えよう。
「一体何者なんだろうな、こいつら」
コウは遅めの昼食を取りつつ、地面に転がる盗賊達を眺めていた。
厚手のフード被った男に、機能性に重点を置いた服装をした女。
大量の武器を担いだ顔に傷のある男。
奇抜な刀剣を携えた女、等々。
数えるだけで20人はくだらない。
先刻。
コウは人里離れた辺境地まで、ある本を買いに行った。
世に出回っている複製本ではなく、原本を求めて山を降りた。
特に、何に苦慮したわけでも見た訳でもない。
ただ、帰り道に襲われた。
その本を寄越せと、刃を突きつけてきた盗賊団がいたのだ。
コウはどっとため息をついて、休む暇を与えず打撃戦で制圧した。
彼からしてみれば、人間も他種族も変わらない。
女の子の日2日目に差し掛かった姐さんの機嫌を取り戻すよりも、ずっと容易いことだった。
「どーすっかなー…」
ひとまずコウは家の中に入った。
そして、一人の男と落ち合った。
「やっと戻って来たね。待ちくたびれたよ」
男は本を顔にかぶせて、足を組んで椅子に座っていた。
赤いマントを垂らしながら眠そうに。
全体的に半透明である。
「あのですね、出てくる時は一言声かけてくださいってオレ言いましたよね?」
途端にコウは不機嫌になった。
種を同じくするからこそ、男の身勝手な振る舞いに我慢ならない様子だ。
「ごめんね。ちょっと確認したいことがあってさ」
「はあ…まあいいですよ。要件を聞きましょうか」
コウがそう言うと、男は怪訝な表情を浮かべた。
「この時代の戦乙女は妖魔かい…?」
男。禁獄の魔術王クライスが尋ねた。
「……」
「時間が無い。早く、簡潔に答えるんだ」
クライスの声には余裕が無かった。
微塵も暖かみがなかった。
「…そうですけど何か?」
コウは両足に力を込めて威圧した。
「そっか」
クライスはつぶやくように言い、読破した二冊の本をコウに渡した。
「これは…」
渡された本に書かれていたのは“境界大聖”と呼ばれる、地上界最強を謳われた強者達を記した本だった。
記述されている内容は主に、その人物が何を成したかや異名について。
世界に与えた影響などだ。
「えーっと…これは」
コウは飛び込んできた情報の波に飲み込まれた。
しかし、賢い彼は瞬時にそれを読み解くことに成功した。
コウが得た情報は次の通りだ。
・境界大聖は世界全体で8名存在する。
・良くも悪くも世界に与えた影響から順位が定められており、入れ替わりは勝者の意向を持って決定する。
・序列四位以上は天界門を通過する権利を与えられる。
・基本的に脆弱な人間は上位に入れないが、近年、驚異的な力を持つ人間が多数現れたため、この説は誤りだと言える。
・上位の最下位である第四位と、下位の最上位である第五位には絶対的な壁がある。
・境界大聖同士での死闘は、必ず天界の許可を取ること。
・境界大聖は天界直属の○○(霞んでて読めない)帝国に踏み入ることを禁ずる。
以上。
二冊とも同じ内容を記載していたが、序列は一部入れ替わっていた。
コウはある頁に着目し、開いた状態で固定した。
「両方とも、クライスさんが存命していた時代以降のものですよね?」
「そうだね。だから気になったんだ」
「一つだけ気になることがあります。これを見てください」
コウが指し示したのは、魔術王の順位。
古い方は第五位。新しい方は第一位となっていた。
「これって、どういうことですか…?」
「それはね、読めばわかるよ」
「いや、全部読んだんですけど…」
「本当に最後まで読んだ? 最後のページに何が書かれていたか言ってみて」
クライスの真剣な表情に、コウはふざけることができなかった。
「魔術王は天撃の首座を奪った」
コウの回答に、クライスはニヤける。
「はい、ブブー! 残念でした! それだけでは全く足りません!」
嘲り笑うクライスに、コウは苛立ちを覚えた。
「じゃあなんなんですか! オレにはそう見えましたけどね!」
コウは怒鳴りつけるように言った。
本当は勿体つけるなと言いたかったが、歳上相手に気が引けたのでやめた。
「間違いではないんだけど、足りないんだよ。それじゃあ」
「足りないって言ったって、ここにはそうとしか書かれていませんよ」
「…最後のページのここ。ここに水属性魔力を込めて」
クライスは白紙の頁の隅をつついた。
何も書かれていない、ただただ真っ白な頁だ。
コウは疲労を吐き出すように深くため息をついて、白紙に手を翳し、水属性魔力を込めた。
すると、
「嘘…」
文字が滲み出るように浮かび上がってきた。
〝魔術王は天撃の右腕〟と。
ここでコウは一つの仮説を立てた。
そもそも、天撃と魔術王は主従関係にあったと。
境界大聖同士が結託して何らかの計画を企てていた。
しかし、互いの主張が反発し合い軋轢が生じた。
血で血を洗う死闘を繰り広げた。
結果、魔術王が勝利したのではないか。
記述内容からそう分析した。
コウ自身も思う。突拍子もない話だと。
多少の信憑性は帯びているものの、所詮は憶測の範疇を出ない。
自分の恩師が、居場所をくれた彼が、言葉をくれたその人が、そのような事をする人間には見えなかったからだ。
「天撃はね、当時第五位の魔術王に救われたダークエルフだったんだよ。同時に、魔術王を救った少女でもある」
「ダークエルフが師匠を…」
「キミが仰ぎ見る彼は、本当に信用に足る人物なのかい?」
クライスの心中は疑念で埋め尽くされていた。
古来より、妖魔は悪鬼を引き寄せる魔力を持つ。
悪鬼とは己に近しい人間や魔族、堕ちた神族等が該当する。
これらは全て、文字通り等しく悪である。
欲望に忠実で自分勝手。人を人と思わない傍若無人な思考回路を自分のためだけに使う連中だ。
近年増加傾向にある人攫い、貴族狩りは妖魔の活動が活発化したため蔓延したのだと、クライスは以前から警鐘を鳴らしていた。
しかし、コウは全く聞く耳を持たなかった。
姐さんは違うの一点張りで。
勿論、ハーフは本質的に違うだろう。
だがわからない。
未知なるものへの警戒心は、人間の恐怖心を煽る。
クライスは現魔術王の采配に憤りを感じていた。
「信用に足る人物です。師匠の選択は、何も間違っていません」
コウは強い目でそう断言した。
「半妖魔は前例が無い。それに、悪鬼を湧かせる根源を戦乙女にするなど正気の沙汰じゃない」
「姐さんは違いますよ」
「キミはいつもそうだ。恋慕に焼かれたら最後、前方しか見えなくなる。時に、人は振り返ってもいいんだよ」
「もう振り返りました。オレの後ろには何も無い。だから今ここに居る」
「…後で泣きつかないでね?」
「もちろんです」
コウの覚悟を見たクライスは、自身が羽織っていたマントを一冊の本に変化させた。
南京錠に鎖された日記のようなものだ。
クライスは懐から鍵を取り出し、日記を開いてコウに渡した。
「見るといい。ボクが生涯で得た知識の全てが詰まっている」
クライスの言う通りにコウは日記を手に取る。
軽く流し見て次の頁、次の頁。
書かれていた内容は日常記録そのもの。
セレスティアと出会った日から物語が始まっており、生前は彼女と一緒に便利屋を開いていたらしい。
何某を助けただの、手伝っただの。
暇さえあれば弱者救済。
クライスは、セレスティアの偽善的行動に振り回されていたようだ。
「ふふっ…おっかしいな」
「そこは飛ばしてくれ!」
クライスが恥ずかしいそうに頭を抱えた。
コウは続きを読み進めたが、どれもこれも、色とりどりの日常風景が多い印象を受けた。
魔術的なことはおまけ程度。
だが、わかりやすく書いてあった。
そんな日記の傍らに別な色を見た。
敬愛するセレスティアに対して、密かに淡い恋心を抱いていたであろう文章だった。
しかも二人で取り合っている。
もう一人は誰だ? と、コウは思った。
「この人は誰ですか?」
「ボクの友人であり仲間だよ。旅の途中でメンバーに加わったんだ」
「つまり、以降は三人で行動していたと?」
「そうだよ。赤誠の大勇者様さ」
クライスは懐かしむように、そっと瞳を閉じた。
事実、懐かしんでいた。
競争心を植え付けてくれた彼との思い出を。
諍いばかりを起こしていた気もするが、お互いを認め合っていた気もする。
でも、絶対に譲れないものがあった。
己が最強だと。
セレスティアは俺のものだと。
「その人は、なんでセレスティアを助けなかったんですか?」
コウは握り拳に力を入れて言った。
ふとした瞬間に芽生えた、憤怒の感情がほとばしらせた言葉だ。
「処刑されたんだよ。セレスティアの前でね…」
クライスは静かに呟いた。
コウは処刑という単語が出た時点で、己の過ちに気づいていた。
そもそも彼女はオレと出会った時、一人だったじゃないか、と。
彼女が全てを失った後、オレが滑り込んだのだと。
仮にも恩人の仲間である彼を、何故、流れ者の自分が謗れるのか。
コウは己の馬鹿さ加減を恥じた。
「すみません…」
「いや別に、謝ることじゃない」
クライスはコウと視線を合わせて話を続けた。
「剣を支えるには杖が必要だ。勇者は杖を持っていた。持っていたから振るった。世界の異物と揶揄されても、振るい続けた。だから処刑された」
「その時は、もう、あなたは…」
「そう。雷神に踏み砕かれていた。でもね、不思議と後悔はないんだよ。やりたいことは全てやったし、セレスティアより先に死ねたからね」
「死ぬのが怖くないんですか?」
「怖くないよ。むしろ追い詰められれば追い詰められるほど燃える。不純な動機で点火して、我武者羅を武器に雷を裂く。いつか、セレスティアの技も真っ向から打ち砕いてみたかった。それだけが心残りかな…」
クライスの言葉には重みがあった。
積年の恨みは無くとも、大望はあった。
「キミの師匠が何を求めて、何を得ようとしているのかはわからない。或いはもう手にしているのかもしれない。でも苦行だよ、その道は」
「傍らにいるのが妖魔だからですか…?」
「うん……なんて言うと思った?」
クライスはニヤッと笑い、勢いよく立ち上がった。
「妖魔は強い。ボクが存命していた時代でも猛威を奮っていた。特に境界大聖の一人なんかそうだ。何百年も上位列席に君臨し続けている。ボクの後釜、天撃の魔術王が選んだ子は間違いなく世界最強になるだろう。見る目は確かな男だ。知ってか知らずか、情に厚い人間とのハーフを選んだのだからね」
今日が初めてだった。
クライスが現魔術王を認める口述をしたのは。
「師匠は人間ですよ」
「なら尚更だ。曲がりなりにも、人間として生きる道を選んだのなら止めはしない。それに、彼はセレスティア神聖国の英雄だからね」
「たしかに師匠は凄いですが…クライスさんも凄いですよ。化け物です」
「現界すらままならないボクの何処が凄いのさ」
「オレの目を盗んで、大司教を始末したでしょ?」
コウは呆れたように笑った。
全てお見通しだったようだ。
クライスは徐々に唇の端が伸びていく。
「あんなの、100人いたって瞬で潰せる」
クライスは自信満々に答えた。
「やっぱり。だと思った」
「彼女の名を冠する聖域に罪科は不要。禁獄の魔術王は曙光の番犬。守るのは当たり前だ」
クライスは誇らしげに言う。
怨敵。雷神に形容された、内なる異名を口にしたのだから。
「さて…そろそろ帰るとしますか」
クライスの半透明な体から光の粒子が舞い始めた。
「どうせなら、師匠に会っていけばいいのに」
「そうしたい気持ちは山々なんだけど、現界魔術には制約があるんだ。だから今は無理。でもいつか、ちゃんと見に来るよ。ボクも、一度でいいから会ってみたいと思っていたんだ」
クライスは寂しげな後ろ姿でそう言い残し、光の粒子に包まれて消えた。
最後の最後、透き通る一雫がぽたりと落ちた。
彼は、本当に悔いなき人生を歩めたのか。
残された日記に問いかけたい。
オレは王になれますか、と。




