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第三十八話 客卿の男

 魔女の霊峰に潜む霧の獣。

 実体は無く、足音も聞こえない。

 声も出さない。

 ただ、一人の人間を見下ろすにして座っている。


「いやー久方ぶりであるな」


 黄閃堂の客卿として招かれたとされる武人。

 名をコウゴウ。

 生粋の武人とは思えぬ爽やかな顔立ちに、赤朽葉を基調とする髪は、風になびくほどさらりと柔らかい質感を持っていた。

 背は俺に匹敵するほど高く、痩躯に見えてその実、恐ろしく鍛え上げられている。

 幾星霜を経て練り上げられた重厚な魔力が、頭から足の爪先まで通っている男だ。


「小生も参加したいであるな」


 コウゴウは暖かい視線を門下生達におくった。


「そのために呼ばれたのでは無いのか?」

 

「無論そうである。しかし! 門下生を軒並み倒してしまい、リンファ殿に叱責を賜ったのである!」

 

 コウゴウは振り切ったように言う。

 滲み出る後悔が見え隠れするような感じだ。


「そりゃあ怒られるだろう。大の大人が加減なしに子供を打ちのめすなど」


「その考えはぬるい! ぬる過ぎるのである! それに比べて、あの子は素晴らしい。己が乱世に生まれたと言わんばかりの所作、視線、太刀筋。実に見事! 眼福である!」


 そう言ってコウゴウは高笑いした。

 カグヤに向けて放つ、飽くなき称賛の嵐。


「いや…そんなでもないです」


 カグヤは引き攣った苦笑いで応えた。

 そろーっと門下生の輪に入っていき、戻ることは無かった。

 精神統一ならず、か。


「貴様のせいでカグヤの集中力が乱れた。あと一歩で成ったというのに」


「おっと、それは面目ない。カグヤ殿があまりに奇麗だったもので、つい」


「まあ、いたいけではあるな」


 門下生。特に男子ウケはかなり良い。

 女子ウケは一部を除き、まずまず。

 女王様気質のリーダーが束ねるグループがあり、そこからはあまりいい顔をされていないようだ。


「澄み渡るような青春である」


「不純物は多いが、学び舎としては上々と言えよう」


 カグヤに憎らしい視線をぶつける女王様は鍛錬を疎かにしている。

 リンファも目を光らせていたが、リンファが睨みを利かせようとすると鍛錬に戻るので、完全なるいたちごっこ。

 師匠にバレないように、こそこそと嫌がらせの計画を練っている。


「業腹だが、今は見守るしかあるまい」


「それが賢明である。心配せずとも、普段からあのような態様で武器を握る門下は、後に何も残せぬ」


「意外と厳しいんだな」


「武人であるからな」


 コウゴウは藍染の布に巻かれた棒きれを手に取った。

 長さは背丈とほぼ同じ。

 これが武器だろうか。


「さて、お相手つかまろう!」


 布が解けて剛槍が現れた。

 水色の槍だ。

 細く打ち出された超合金の柄に赤色の半透明な矛先。

 軽く振っただけなのに斜線上の木が切り倒された。

 ドォンと、倒れた音だけがした。

 

「ヌシとはやらん。やるならそこの白髪とやれ」


「なんと! アビル殿も武人であったか!」


「武人とはちと違うが、似たようなものよな」


「そうであるか……うむ! ではアビル殿! 小生と一戦交えてはくれぬか?」


 コウゴウの明朗快活な提案は、


「とりあえず、そこに隠れている伏兵を始末してからだ」


「無論そのつもりである!」


 俺と相違ない思惑を含んだものだった。


 先刻まで俺たちを凝視していた賊の数は20。

 隠密に適した陰系統の魔術で姿形を覆い隠していたが、手入れ済みの暗器が太陽光を反射してコウゴウの髪をわずかに照らした。

 コウゴウはそれに気づいていた。

 摂氏1℃にも満たないであろう頭髪の温度上昇を瞬時に感知し、最も細い気配のみを察知して槍を振ったのだ。


「北西と南南東。どっちがいい?」


「頭目のいる方、即ち」


「頭上」


「流石である!」


 コウゴウは飛び退いた瞬間、地面に穴を開ける勢いで飛んだ。

 凄まじい脚力と滑空術だ。

 コウゴウは降下する魔術弾を巧みな槍裁きで薙ぎ払い、空中で待機していた空色のローブを羽織った男を意図も容易く貫いた。

 そのまま遺体をリンファめがけて振り飛ばした。


「おい、何をやっとる貴様…」


 呆れてものが言えなかった。

 コウゴウは熱心に剣術を教えているリンファに横槍を入れるつもりだ。

 遺体を門下生達に見せるわけにはいかない。


亜聖天火(ホーリーフレア)


 俺は高密度の赤い雷撃を放った。

 骨すら残さぬよう念入りに焼き消した。


「つれないであるなぁ…」


「後々俺が怒られるんだよ」


「それでも構わん!」


「構うわ馬鹿者!」


 なんて奴だ。

 どことなくカグヤと重なる部分もあるが、この男は特に、技術力の向上に念頭を置いている。

 善悪の所在は二の次にして、周りを見ない。

 それがいい時もあれば悪い時もある。


「カグヤ殿。頑張っているであるな」


「ああ。律儀にも、不明な点を老師に質問している」


「小生も参加するである!」


「くれぐれも怪我だけはさせるなよ。今後の活動に支障が出るのでな」


「了解である! ではアビル殿。試合はまた今度ということで」


「お互いに万全な状態で臨もう」


「かたじけない! では!」


 コウゴウは衝撃波を放ちながら走っていった。

 一瞬にしてカグヤの目の前へと辿り着き、そのまま午後の修行に参加。

 リンファに睨まれつつも的確な指導をしていた。

 着目すべきは構えでは無く、体の淀みだと。

 正中線を狙った攻撃は読まれやすいので技の角度を僅かにずらし、堅実に相手を消耗させるべきだと指摘していた。

 カグヤの手を取り、共に剣を振る。

 先程カグヤが見せた、周囲を縦横無尽に切り裂く傑醒流剣術“万花(ばんか)”をより完全な形へと近づけた。


「コウゴウさんって、剣術もできるんですか?」


「うむ。武芸百般である!」


「凄い…アビルと同じだ」


「ほう! アビル殿も複数の武芸を修めているであるか?」


「はい。魔術、剣術、槍術、弓術、体術、その他諸々。出来ないことは無いです」


 カグヤにべた褒めされた。

 だめだ。ニヤけてしまう。


「天才であるな…!」


 コウゴウの瞳に熱い光が宿る。

 獲物を見る目に変わった。


「今日はパス」


「残念である…」


 彼が賊を深追いしなかった理由は明白で、矛先を染めるに値しない連中だったから。

 統率もまともに取れない連中を相手するより、門下生に手ほどきをする方が余程面白味がある。

 それに、賊の気配はついさっき消滅した。

 安心して修行を終えることができるな。


---


 夜半。

 門下生達が寝静まった頃。

 コウゴウが紐に括りつけた酒壺を手土産に、俺達の部屋に来た。

 寝ているカグヤを、そっと一撫でして座る。


「あれだけ動いたのだ、今日はぐっすり眠れるであろう」

 

 コウゴウは妙に色っぽい顔をしていた。

 心做しか汗ばんでいるようにも見える。


「お前も鍛錬していたのか?」


「そんなところである」


 俺は酒を盃に注がれた。

 匂いは蒸留酒。

 それもかなり強めだ。


「すまんな」


「なんのなんの。急にお邪魔したのはこちらの方である」


 どうやら飲みたい気分らしい。

 俺も、彼も。

 正直なところ、話したいことはある。

 今日の襲撃についてだ。


「残党はどうなったのか。なんの前触れも無く消失したが、お前はどう見る?」


「そうであるなぁ……おそらく、転移魔法陣を起動したのではなかろうか?」


 可能性はある。

 だが、転移魔法陣は生半可な魔力量では起動しない。

 頭目とて大した魔力を持っていなかったのに、控えの分際が扱えるだろうか。

 それに何より、膨大な魔力を消費したのであれば、俺が気付かないはずがない。


「失態を理由に制裁を受けたか。真実はわからん」


「だとするならば、本丸は別にいるであろうな…」


「ああ。だから次、姿を現したら捕獲して吐かせる」


「いやー、考え無しに突っ走って申し訳ないであるな」


「構わん。どの道消すつもりだった」


 リンファの弟子達が巻き込まれなくて本当に良かった。

 門下生達は一生懸命修行に励んでいた。

 そんな彼らを誰かが狙っていた。

 迂闊にも、俺と彼がいる前で。


「小生とアビル殿がいる限り、ここは世界一安全な山と言えましょうな」


「それ、俺も思った」


「おおっ! アビル殿と両思いになれるとは! なんとも嬉しい限りである!」


「やめろ! それは意味が違う!」


 深夜になると思考がおかしくなる。

 まして酒が入ると情緒も危うい。

 ただ、楽しいとは思う。

 飲み仲間が増えたと考えれば、こんな霧に覆われた夜も悪くない。

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