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第三十七話 門下生の一日

 門下生の朝は早い。

 日が昇ってすぐ、まずは柔軟体操。

 老師の動きに合わせて同じポーズを取る古典的な体操を約一時間かけて行う。

 長過ぎるようにも思えるが、これには筋断裂を防ぐ重要な役割があり、やるとやらないとじゃ関節の可動域も変わってくる。

 物事には順序が必要なのだ。


 次に基礎鍛錬。

 山を一気に駆け下りて駆け上がる。これを三周。

 カグヤは初心者なので、倍量を課せられた。

 一周目は勢いがあったが、二週目は山を駆け上がってきた時点で息があがっていた。

 三週目に突入した辺りでは、もうヘトヘト。

 四週目は目が死んでいた。

 五週目は気分がハイになって笑い、六週目は上がってこなかった。

 道中で倒れていたのだ。

 やれやれと思いつつ俺はカグヤを山の上までおんぶした。

 汗をびっしょりかいているのに、いつもと変わらぬいい匂いがした。

 本堂に到着する直前にカグヤは復活し、リンファの元へ向かった。


 そして、少しの休憩を挟んで筋力鍛錬が始まった。

 腕立て伏せ、腹筋、打岩(だがん)

 前述二つは他の門下生と同じだが、打岩だけは違った。

 初心者にはキツイだろうと、カグヤにだけ巻藁が用意されたのだ。

 カグヤは不満そうだった。

 しかし、試しに殴った巻藁は見かけ以上に硬く、カグヤは右肩を脱臼。

 すかさず俺は治癒魔術をかけた。


「痛くないか?」


「うん…大丈夫」


「ほんとにほんとに大丈夫か?」


「しつこいよ」


 俺を突っぱねて、カグヤは修行を再開した。

 すると、一人の門下生がカグヤに近付いてきた。

 カグヤと同い歳ぐらいの獣族の少年だ。


「カグヤちゃんは何処から来たんだい?」

 

「メイルイ王国だよ」


「そんな遠くから!?」


「旅人だからね。色んなところをまわっているうちに、ここに行き着いたんだよ」


「じゃあ一緒に旅をしているあの人は、君のお父さんかな?」


「あー、アビルは違うよ。パパはとっくの昔に死んだから」


「そ…そうなんだ。悪いこと聞いちゃったね。ごめんね」


「いいよ、気にしないで」


 二人は仲良く修行に勤しんでいた。

 だが、ちょいとばかし私語が多い。

 そこを見逃すリンファでは無い。


「ほれ、そこの二人。ヌシらは晩飯抜きじゃ」


 リンファは二人をずっと監視していた。

 俺の頭の上で胡座をかきながらな。


「なあリンファ。カグヤは伸びると思うか?」


「ヌシと違って伸びるじゃろうな」


「根拠を聞いておこう」


「そもそも、魔女の霊峰は魔力濃度が濃すぎて常人には耐えられない瘴気が漂っておるのじゃ。ヌシは龍族の血が混じっているからわからんじゃろが、あーしにはわかる。ここに居る奴らはみんなわかっとる」


「つまり、カグヤは即日で適応したと…?」


「さあのぅ…その日なのか、或いは既に免疫があったのかはわからん」


 リンファの口振りから察するに、多分どちらでもない。

 人知れず努力していたのかもしれないな。


「晩飯抜きはしんどいなぁ…」


「後でこっそり渡すよ」


 二人の会話をリンファは聞き逃さなかった。


「ヌシが隠しとった非常食は昨晩全て没収したでの」


 リンファのサラッとした言葉に唖然とする二人。

 修行は建前ではないからな。

 当然だ。


---


 午前の部を終え、昼になった。

 カグヤは目がくるくると回っている。

 獣族の少年もまた床にへばりついている。

 他の門下生達は午前の修行を振り返っていた。


 リンファがおにぎりを握っていたので俺は汁物を作ることにした。

 根菜は腐るほど自生しているらしいので、適当に食べれそうな物を見繕って味付けし、煮込んだ。

 振る舞われたおにぎりと汁物を皆美味しそうに食べている。


「アビルの手料理とか懐かしすぎる」


「三年ぶりだ」


「そっか、もうそんなに経ってるんだ」

 

 カグヤは残さず食べてくれた。

 門下生達からも評判は良かったそう。


「すみませーん、リンファさん居ますかー?」


 コウが手荷物を持ってやって来た。


「おん? リンファはあーしじゃが?」


「初めまして、姐さんの付き人をしているコウといいます。今日は、ささやかながら差し入れを持ってきました」


「できた子だのー! あんがとさん」


「……」


「どした?」


「あ、いえ! なんでもありません!」


 コウはリンファの髪を見ていた。

 お団子の辺りだ。

 手をピクピクと揺らしながら伸ばしている。


「触りたい的なやつかの?」

 

「はい!」


「面白い奴じゃの、ほれ」


「ありがとうございます…うわぁ柔らかぁい」


「そら、時間かけとるからのう」


 リンファが瞳を閉じて頭を傾けた。

 セットに時間をかけているとのことだが、安易に触らせていいのだろうか。

 そろそろ解けるぞ。


「あ…」


 コウの表情に曇りが。


「あー、まあしょうがないの」


 とうとうリンファの髪の毛が解けた。

 肩を覆うぐらいには長い髪だ。

 前はこんなに長くなかった気がする。


「伸ばしたのか?」


「ちょいとばかしな。雰囲気を変えようと思って」


 今、そっぽを向かれたのは何故だろうか。

 なんて考えている内にお昼は終わった。

 午後は剣術稽古だ。


---


 どういう流れか、俺も参加することになった。

 午後は、木剣を使用した対人戦を行う。

 俺はカグヤと組まされ、手取り足取り教えるようにリンファに言い渡された。

 リンファは他の門下生に手一杯らしく、特に、劣等生のケインに目を光らせるそうだ。

 さっきカグヤと仲良く話していた子がケイン。

 敏捷性の一点において他の追随を許さない獣族の少年だ。


「カグヤちゃんと一緒が良かったなぁ…」


「ぼこぼこにされるでの。やめとけ。まあ、あーしとやってもぼこぼこじゃが」

 

「はあ…じゃあまたね。また生きて会おうね」


 ケインが重い足取りで離れていく。

 失言を理由に拳骨を喰らっていたが大丈夫だろうか。


「仲良いんだな。お前ら」


「同い歳だから話しやすいんだよ」


「種族間の壁は無いのか?」


「あるなら、私がぶっ壊すよ」


「はは…勇ましいことだ」


 俺は木剣を構えた。

 そして、カグヤも同じように構えた。

 

「そう、それでいい。足は自然体。重心は真っ直ぐで構えるんだ」


「変わった構えだよね。というか構えなの?」


「そこら辺は、話すよりも見てもらった方が早いな」


 俺は構えを解き、リンファの対人戦に解説を挟む。


「あれはどう見える?」


 リンファはその場から動かず、視線を落とした状態で全ての攻撃を捌ききっている。

 全身を固定し、風圧から剣速と角度を割り出して、腕を鞭のようにしならせながら木剣を振り回す。

 傑醒流(けっせいりゅう)の本質は先手必勝。両利きを求める。

 リンファは二刀流なので、攻守ともに隙がない。


「躱さずに受けきってる。しかもカウンターも合わせた」


「そう。一対多でも対応できるのが傑醒流の強みだ。本来重心を下げるべき場面で下げないのは、溜めに費やす時間を到達時間に充てるためだ。つまり、自然体が最短最速。リンファはそれを体現している」


 改めて見ても、最高の手本だと思う。

 しかし、参考にはなれど目標にはなり得ない。

 リンファは右腕と左腕で別々の技を使用している。

 作業のように門下生達を次々とあしらっていく。

 こんな芸当、彼女にしか出来ない。


「あれは…どうやってんの?」


 カグヤが魚みたいに口をぱくぱくさせた。


「あれは真似せんでいい。本来二刀流は左右で別々の動きは出来ん。必ず鏡になる。リンファは神経の分離で無理矢理可能にしているんだ」


「?」


 カグヤの頭の上に、ふんわりとするモヤが見えた気がした。


「とりあえず頑張ろう」


 俺は距離を取って、再度木剣を構えた。


「今日は技を一つだけ教える。傑醒流の基礎だ。わからないところがあれば言ってくれ」


「わかった。見せて」


 カグヤが受けの体勢に入った。

 緊張しているのか、やや前傾姿勢。

 当てないから安心して欲しい。


糸線番(しせんつがい)


 俺は間合いを詰め、耳をギリギリ掠めない程度の早い突きをカグヤにお見舞した。

 イメージは槍術の剣版。それの二連撃と思ってくれていい。

 

「早…! 全く見えなかった!」


「お褒めに預かり光栄だ。で、どうだ? 簡単だろう?」


「できるかなぁ…?」


 カグヤは含み笑いを浮かべた。


「やってみろ」


 どうせ出来るんだろ。

 勿体ぶってないで早く見せろ。


 と、内心思っていたら、カグヤが正面にいた。


「糸線番!」


 その声の聞いた瞬間、俺は飛び退いた。

 条件反射だ。

 しかし、全くの無意味だった。

 イヤリングは砕かれ、両耳たぶから鮮血が舞った。


「やっぱり、アビルみたいに上手くはできないね」


 カグヤは、少しだけ残念そうだった。

 俺に傷を負わせた背徳感もあるのだろうが、本音は多分、負けん気。

 向上心が高いからこそ、目標を引っ提げて構える。


「目指すか。この俺を」


「うん。剣で負ける訳にはいかないよ」


 傷は完治。

 とことん付き合おう。

 カグヤがコツを掴むまで、日が暮れるまで教えてやる。

 遠からず、俺を超えるかもしれない逸材だからな。

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