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第三十六話 ようこそ、剣の世界へ

 カグヤと出会ってから早三年。

 彼女は順調に成長している。

 背は伸びて、髪も伸びて、胸部の発達が伺える。

 理知的に物事を考えるようになり、話し方や立ち振る舞いに女性らしさが出てきた。

 俺やコウと話す時は友達感覚だが、初対面や目上の人に対しては丁寧だ。

 多種多様な種族が入り乱れる国を渡り歩いて来たからか礼儀作法も身についた様子で、何処に行っても恥ずかしくないくらいには感情を上手く制御している。

 鬱憤が溜まった時は、度々影で愚痴を零す。

 俺に対しての愚痴もあったらしい。

 ここら辺はコウから聞いた。


 そして、剣術の腕前も急激に伸びた。

 急激というには些か時を刻みすぎたが、それでも目覚しい成長と言える。

 現在、カグヤは聖級魔導剣士。

 齢16で至った例は世界でも稀である。

 成人してから魔術分野に目を向け始め、物質に属性を付与するなどの搦手に興味を持ち始めた。

 多少の手ほどきで主要五属性は上級、派生の闇属性は聖級。

 不安定な陰系等の暴走は見られず、魔力出力も劇的に改善された。


 一方、コウは今年で13歳。

 カグヤと同様に背は伸びたし魔術の腕もあがったが、彼女と比べると些か平坦な道を歩いている。

 気休め程度に声をかけているが、焦りが見られる。

 まだ若いし、これから伸びるとは思うのだが、何故か焦っている。

 独り言を呟くようになったし、精神面に少しだけ不安が残る形だ。

 

 そして、俺はどうなのかというと…まあ変わらない。

 日々の鍛錬は怠らないものの、これ以上は伸びない気がする。

 凡人だし。

 というのも、人は自分よりも強い相手と戦うことで壁を乗り越え、一皮剥けるものなのだ。

 果たして、この世界で俺よりも強い人間はいるのか。そこら辺が未だにわからない。

 もしかしたらいるかもしれないが、多分負けることはないと思う。

 いるとすれば、天上か。

 雲より高きに位置する天界に、俺の求める強者がいるのかもしれない。

 

「もう少しで着きそうだね。アビル、手繋ご」

 

 カグヤが手を握ってきた。

 小さいけど大きい、指先は冷たいけど掌は暖かい。

 そんな感じの手だ。


「どうせならコウと繋げばよかろう」


「ダメ。あいつ今朝、よくないことしてた」


「見逃してやれ」


 さて、カグヤの言う通りそろそろ着きそうだ。

 この森を抜けた先に、俺が傑醒流を学んだ剣の聖地がある。

 今から約300年程前に来たっきりで、それ以降一度も顔を出していない。

 散々暴れ回った末破門された記憶だけが蘇る。


 では何故戻ってきたのか。

 カグヤの剣術修行にうってつけだからだ。

 山の奥深く、山頂付近にあるそこは、ある魔女を祀っている一風変わった剣術道場。

 種族差別もなければ魔族も断らない、誰でも受け入れてくれる心優しき道場主がいる。

 だが俺のことは嫌いだ。

 一度道場を半壊させた挙句、門下生を軒並み叩き潰した俺は彼女によって洗礼を受けた。

 道場主は女だ。

 俺は手も足も出ず、逃げ回るように、彼女に向かって魔弾を撃ちまくった記憶がある。

 なんであんなことしたんだ。

 覚えてないな。


「あ、見えて来たよ!」


 カグヤが興奮気味に言った。

 正面には木々が道を開けるようにして広がる景色があった。

 御神木と呼ばれる巨大な大木を背にして、数階建ての豪華絢爛な建物が見える。

 俺は嫌いだが、成金が好みそうな金一色の宮殿が建っている。

 ここは、剣神を志す者なら誰もが知る剣の山。

 魔族禁制に異を唱える豪胆な道場主が牛耳る世界屈指の中立地帯。

 その名も魔女の霊峰。


 神族で唯一人間に味方をした剣神が、とある魔女と寝食を共にした秘境である。

 ここで魔女は剣神の弟子となり、剣神は魔女の師匠となった。

 最初はただの師弟関係だったが、お互い少しづつ意識するようになって、やがて夫婦になったという。

 その後、魔女は剣神に教えこまれた剣術を世の人々に伝えた。

 噂に名高い魔女の一番弟子かつ直参が現在の道場主にして俺の剣術の師匠。

 少女と見まごう外見を数百年も維持し続ける通称ロリババアと呼ばれる女だ。

 そんな彼女が今日、俺とカグヤに手厚いもてなしをしてくれるらしい。

 

「カグヤ、止まれ」


「大丈夫。わかってるよ」


 破門された身ゆえ、当然と言うべきか警戒されている。

 索敵。

 約40から50。

 更に正確な数字を割り出す。

 …今、60を超えた。

 

「存外、門下生は多いらしい」


「しかも私以上に強いのが半数だ…」


「緊張するか?」


「いや全然。むしろこういうの好き」


 カグヤがニカッと愛くるしい笑みを見せてきた。

 その笑みに向けられる視線の数は30前後。

 体臭からして男だ。

 女からの視線は感じられない。

 ああでも、全く感じないわけじゃない。

 カグヤをまじまじと見つめる男達に冷たい視線を浴びせているのはわかる。

 仲のいい門下生達だな、おい。


「よく聞け貴様ら! 此度、俺達は貴様らの師、フォン・リンファに用があって来た! よって貴様らに用は無い! 白日のもとに死にたくなければさっさと失せろ!」


「ちょっ…! アビル!? いきなり挑発しないで!」


「むっ、ダメか?」


「ダメに決まってるでしょ!」


 カグヤに怒られてしまった。

 まあ、門下生達はしっぽを巻いて逃げたし、良しとしよう。

 なんて思っていたら、正面に懐かしい顔を見た。

 黄金色の髪をお団子結びにした小柄な少女だ。

 少女は古風で豪華な装飾をあしらった丈の短いスカートを履いていて、華のある上着を羽織っている。

 腰に携えた二本の刀剣は見るもの全てを魅了する絶光の神剣。

 少女は数十人にも上る弟子達を庇うようにして、俺とカグヤの前に立っていた。


「あーしの弟子に何してくれとんのじゃ! このたわけがァ!」


 邂逅早々。俺の剣術の師、リンファが激怒した。

 とてつもない怒鳴り声だ。

 甲高い声が森中に響き渡る。

 木の上で休憩していた鳥達は驚いて飛び立ってしまった。


「久しいなリンファ。元気してたか?」


「元気しとったわ! 帰れ!」


「愛弟子が帰ってきてやったのだ。もう少し丁重に扱え」


「ヌシなど弟子でもなんでもないわ!」


 リンファは唸り声を上げて威嚇する。

 だが不思議と殺気はない。

 オロオロとする弟子達も同様、敵意は感じられないな。


「つもる話もあるが、今日は折り入って頼みがある」


「なんじゃ…?」


「暫く厄介になる」


 というわけで、俺は宮殿の中へずかずかと上がり込んだ。

 カグヤが「ヤバいヤバい」と喚いているが、知ったことではない。


「ぬぉおおおい! 待てぇい!」


 リンファにローブを掴まれた。

 力負けしているにも関わらず、出て行けと言わんばかりに引っ張られる。


「おお…改装したのか」


 宮殿の中は恐ろしく広かった。

 そしてピカピカに磨かれている。

 金一色でありながら、所々鮮やかな花の絵が描かれている。

 奥の座敷には大きな掛け軸が掛けられており、その両脇には、欅製の硬い木剣が数十単位で掛けられていた。

 手前が木製のフローリングで、奥が畳の構造だ。

 

「出ていかんか馬鹿者!」


「この部屋にするか」


「ヌシに貸す部屋などないわ!」


「嘘こけ。どうせ余ってるだろう」


 そういうと、リンファは疲れた様子でへたりこんでしまった。

 

「ごめんなさいリンファさん。アビルが迷惑をかけて」


「おん? ヌシは誰じゃ?」


「カグヤです。アビルと一緒に旅をしています」


「ほほぅ。して、なにゆえここに?」


「はい。先程アビルが申しました折り入った話とは、私をリンファさんの門下に入れて欲しいという話でして」


 カグヤが落ち着き払ったようにそう言うと、リンファの顔はみるみる明るくなった。

 

「おお、入門希望か! 結構結構、なら構わんぞ! この先の部屋を好きに使えい!」


「ありがとうございます」


 カグヤはリンファの腕をクイッと持ち上げて、その後、固い握手を交わした。

 そして、俺はカグヤに睨まれた。

 わかる。わかるぞその気持ち。

 テメェはすっこんでろとでも思っているのだろう。

 3年も一緒にいれば、流石にわかってくる。


---


 俺とカグヤは正面の座敷に案内された。

 セレスティアでの反省から、一応目上となるリンファが座ってから座った。

 しかし、リンファの眉間に皺が寄る。

 不思議に思っていると、カグヤに膝をつつかれた。

 カグヤは正座していた。

 俺は胡座だ。


「めんどくさいな…」


「もう! 子供みたいなこと言わないで。ほら」


「はあ…」


 俺は渋々正座した。

 足が痛くなるから本当はしたくない。


「にっしっしっ! よくできました!」


 リンファは醜態を謗るように笑う。

 弾みで襖を締められたのだが少しだけ開いていて門下生達がこちらを覗いている。

 続々と集まってくる。

 リンファはこほんと軽く咳払いをして、緊張感ある面持ちに切り替えた。


「まずは自己紹介から始めるとするかの。あーしはここ黄閃堂堂主フォン・リンファじゃ。あーしは、ちと特殊でな、リンファが名じゃから間違えんように」


 リンファはカグヤに向けて言った。


「はい。リンファさん」


「よろしい。ヌシの名は聞いたが、そこの白髪頭の名は聞いとらんのぅ」


 今、リンファの奴、ニヤリと笑いやがった。


「アビルと言います」


「そうかそうか、アビルと言うんじゃな。ええのう、カグヤは。ヌシは真面目そうで」


「いえいえ、私なんて、そんな全然」


 カグヤはちょっとだけ照れている。


「いいや真面目じゃ、堅実じゃ。そこのあほんだらと違っての」


 リンファはすこぶる俺が嫌いらしい。

 さっきからずっと冷めた目で見てくる。


「この小娘…言わせておけば」


「あんあー? ヌシよりあーしの方が歳上じゃぞ?」


「だとしても、中身はさほど変わらんかろう」


「変わるわ(たわ)け。あーしは本堂を暴れ回ったりなどせんわい」


 リンファの言葉にズキっときた。

 痛いところを突いてくれる。


「ま、そんなことはどうだってよい。ではカグヤよ。ヌシの等級を教えい」


「はい。現在私は聖級です」


「ほう! 若いのに、なかなかどうして、凄いのう!」


「お褒めに預かり光栄です」


 あれ。

 なんかカグヤ、俺といる時より表情が柔らかい気がする。

 リンファは弟子が増える喜びを隠しきれないのか、やや興奮気味に話している。

 お互い楽しそうに話をしている。

 俺は蚊帳の外。

 いいけどな、別に。

 カグヤが笑ってるならそれで。

 

「うむ。なるほど…」

 

 リンファは物珍しそうな顔でカグヤの指先を見つめた。


「さてはヌシ、闇属性かじっとるな?」


「おっしゃる通りです。私はもとより、そっちの出ですから」


「妖魔とは、なかなか数奇な運命を背負ったものよな」


「半妖魔、ですけどね」


 二人は意味深な会話を始めた。

 聞き耳を立てみたが、さっぱりわからん。

 

「よし! ヌシのためにあーしが一肌脱ごう! やいアビル! ヌシらはいつまでここに居たい?」


「一年を目処に経つつもりだ」


「よろしい! それだけあれば十分よ!」


 リンファは腰に手を当てて、偉そうに立ち上がった。

 そして壁に掛けてある掛け軸の裏側から巻物を取り出して持ってきた。

 カグヤに見える向きで巻物を開き、一つ一つ教えていった。


「この黄閃堂には独自の階級がある。下から初剣(しょけん)中剣(ちゅうけん)上剣(じょうけん)練剣(れんけん)芳剣(ほうけん)凰魔(おうま)、そして天魔(てんま)。ヌシは聖級だそうじゃから上剣から始まる。上にいくにつれて席は狭まるから奥義習得まで気が抜けんのが特徴じゃ。奥義習得は練剣に上がるために必須だから十分に励むんじゃぞ」


「はい! よろしくお願いします!」


「いい返事じゃ。因みに、そこにいる白髪頭は芳剣止まりじゃから話にならん。ので、全てあーしが教えるでの」


「アビル…へー」


 カグヤに見下されたような気がした。

 舐めるな。

 今の俺は凰魔相当だ。


「口が達者だな老師。ま、くれぐれもカグヤをよろしく頼む。可能な範囲で俺も助力するつもりだ」


「はっ! ヌシの助けなどいらんわ! まあ…でも、ちっとばかし頼るかもな」


「金か? 湯水の如くあるぞ?」


「あー、金はあるからいい」


「だろうな。俺以上の成金趣味だし…」


 これにて話し合いは終わった。

 俺とカグヤは同室で寝泊まりをすることとなり、今日はゆっくり休めと、早めの解散となった。

 因みにコウは付近の古民家を買った。

 なんでも調べ物があるからと、頑なに同居を拒んだ。

 だから今回は俺達に着いてきていない。

 彼なりのプライバシーがあるのかもしれないな。


「よいしょっと…」


 荷物を部屋に置いた。

 黄閃堂は客人をもてなせる部屋が二部屋あるとのことだが、現在一部屋埋まっているらしい。

 リンファが呼んだ客卿だそうで、高名な武人だそう。

 ならいいやと思いつつ、俺はカグヤと同じ布団に入った。


「出てって」


「え…」


 カグヤにバタンと強く扉を閉められた。

 ここ最近ずっとそうだ。

 必要最低限の接触しかしてくれない。

 いや別に、お前に対して不純な感情は抱いてないぞ。

 なんて言葉は、今のカグヤには届かない。

 まあ…成人したしな、うん。

 大人になったってことだ。


 何にせよ、カグヤの剣術修行生活が始まるんだ。

 俺も気を引き締めて、全力でバックアップするぞ。

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