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第三十二話 戦いを終えて

 とある酒場にて、俺の栄誉を讃える儀式が執り行われた。

 かなりの大所帯だ。

 死ぬほど面倒くさい。

 何故酒場だし。


「はあ…」


 魔の手からセレスティア神聖国を守った英雄と揶揄されるのは百歩譲っていいとして、結果的に解決したのはカグヤとコウだ。

 当の二人は観光途中だから欠席しますと書き置きを残して何処かへ行ってしまった。

 ゆえに朝から二人を見ていない。


 現在ここに居るのは主に近衛騎士団やセレスティア教団の幹部といった面子。

 ラングステンは元近衛騎士団所属だったらしく、お目付け役として出席した。

 あとはそうだな…カルネラぐらいか。

 王女のくせに何故か平然と大衆酒場に出入りしている。

 自由人が過ぎるぞまったく。


「それでは! アビル様から一言頂きましょう!」


 カルネラの態度が嫌い。

 終始ノリノリで声を張り上げて楽しんでいる。

 みんな笑っているが、俺は笑えない。

 こいつ下戸だし。

 酒癖悪いし。


「俺は何もしていない。というかもう飲むな。吐くぞ」


「えー! わたくしのお酒が飲めないってんですかー!」


「飲めん。ほら、あっち行ってろ」


「ふぇええん! アビル様がいじめるー!」


 カルネラはラングステンに泣きつこうと飛びついたが、いとも簡単に躱された。

 テーブルの上にビタンと音を立ててへばりついて、そのままいびきをかいて寝る。

 ラングステンは呆れた顔で懐からハンカチを取り出し、カルネラの頭にかけた。

 おい、これって。


「惜しい人を亡くした…」


「聖騎士らしからぬ不謹慎な発言だ」


 ラングステンは俺と同じボトルワインをグラスに注いで飲んでいた。

 此度の一件、彼の助力がなければ戦況は泥沼化していただろう。

 首謀者はエークイラ、実行犯はセヴィン、協力者はエルバンノ。

 セヴィンは計画の直前に殺されていた。

 誰の仕業かは不明らしい。


 エルワスは計画に加担した事実を認めつつも、情状酌量を求めている。

 カルネラの甘さに付け込んだ往生際の悪い奴だ。

 他所の国なら真っ先に吊るされているだろう。


「くかー、こー、くかー」


 流石に可哀想になってきたので、カルネラを長椅子まで運び、寝かせてあげた。

 赤子のようにぐっすりと眠っている。

 俺のローブを掴んで離さない。

 頬をつまんでみるか。


「にょにょにょ…くすぐったい」


 手を掴まれた。

 か弱い力でしっかりと握られた。


「なあラングステン」


「なんだ魔術王」


「セラを社交界に参加させた理由はなんだ?」


 俺の問いに、ラングステンは少しだけ考える素振りを見せた。


「敵組織の人数を明確にするためだ。セラは龍族でも特に希少な蒼滴種、故に狙われやすい。蒼滴種はエルフに次ぐ寿命を持ち、魔力総量も然ることながら生涯美貌を維持し続ける金甌無欠の人型龍族。交配も可能となれば誰だって喉から手が出るほど欲しい」


 ラングステンは、そんなの当たり前だとでも言いたげな表情で語った。


「それだけじゃない。彼女は若く伸び代もある。大成するぞ」


「だといいがな」


 そう言い残しラングステンは酒場から出ていった。

 突っ掛かる物言いだったが、彼の神剣術のおかげでセラの肩に刻まれていた呪印が消えたのだから良しとせねばな。

 

「アビル様…ちょっとこちらに顔を近付けてくれませんこと…?」


 カルネラが艷めく瞳を見せびらかしながら言った。


「接吻か? せめて場所を弁えろ」


「では、わたくしの自室にて…」


「頼むからやめてくれ」


 カルネラは眠そうにこくりと頷く。

 その勢いで前のめりに倒れたので支えた。

 

人業転移(リストア)


 俺は転移魔術を使い、王宮へと転移した。

 そのまま以前カルネラに教えられた自室に向かい、解錠魔術で扉を無理矢理こじ開けた。

 高級感溢れる大きなベッドにカルネラを寝かせて、ついでに俺も横になった。

 王女の気分を味わいたくて。


「アビル様からお誘いを受けるだなんて、夢にも思いませんでした」


「状況証拠で判断するな。俺はただ単純に王女気分を味わいたいだけだ」


 そういうと、カルネラがよいしょと起き上がり、抱擁するように覆いかぶさってきた。


「お前な…」


「ちょっとぐらい、いいではありませんか。淑女のベッドに何の躊躇も無く入り込むような殿方に怒られる筋合いはありません」


 ぐうの音も出ない正論だ。


「セラが言っていたんです。マスターは、口では興味無さげなことを言うけど、心臓の音を誤魔化せない人だって。わたくしも気になってつい、胸に耳を当ててしまいました」


「それで、俺の胸は高鳴っているか?」


「はい…すごく」


「だろうな。俺は今、逆鱗寸前だ」


 俺は、嫌われるつもりでカルネラを乱暴に強く抱き締めた。

 これだけ強く締め付けられれば誰だって嫌がるだろうし、自然と距離を置くだろうと思って。


「あ…いい。すごくいいです…もっと」


 しかしそれは浅はかだった。

 逆効果だった。

 カルネラの心拍数は急上昇し、体温も爆上がり中である。


「奇っ怪な悪癖を持っているのだな」


「はい。変に思われるかもしれませんが、多少痛いぐらいがちょうど良くて…」


 俺は少しだけ力をセーブした。

 正直あまり好かない強引な抱擁だからだ。

 それにカルネラは寝不足気味で目の下に薄らとクマができている。

 近くで見ないとわからないが確かにある。

 当然だ。カルネラは四方から首を狙われていたのだから。

 過酷な状況下に置かれ精神的苦痛を和らげる暇もなく、戦い続けたのだから。


「今日は休め。ロクに寝ていないだろう」


「ええそうですね。それなら一緒に寝ましょう」


「やめとく。何をされるかわかったもんじゃない」


「…なんならして頂いて構いませんよ?」


 カルネラがゆっくりと接近してくる。

 俺はベッドから下りた。


「お酒の勢いならと思っていましたが、残念です」


 甘く上品な声。

 カルネラは天使のような微笑みで、シーツをぎゅっと掴んでいる。

 いっぱいっぱいの感情が隠せていない。

 俺はカルネラをもう一度だけ抱き締めた。


「王女は王女らしく高嶺の花で居続けろ」


 これで少しは落ち着いただろうか。


「…ずるいですね、ほんと」


 カルネラは霞がかった声で言った。

 ずるくなんてないと言い返せたらどんなに楽か。

 そんな度胸は無い。


「じゃあな」


 疲れたような顔で微笑むカルネラに背を向けて、俺は歓楽街に転移した。


 時計の針が進むよりも早く、一瞬にして到着。

 歓楽街は良くも悪くも賑わっていた。

 甲冑を脱いだ多くの兵士達が瓦礫や食料物資を運搬している。

 街の復旧作業は滞りなく進んでいるようだ。

 国を囲む外壁の修復と通行路の舗装はセアリーが陣頭指揮を任されているそうで、数ある魔術の中でも特に高等とされる物質転移魔術を巧みに利用し、運ばれてきたタイルや煉瓦をまるでパズルのように嵌め込んでいた。

 時折俺に手を振ってお任せアピールをしてくる。

 ここも問題なさそうだ。


 因みに。

 カルネラより提示された修繕費は莫大でセレスティア白金貨5000枚強。

 今朝の内に支払っておいたが、両替に手間取った。

 小規模な両替所ではこのような大金は用意出来ず、結局セレスティア神聖国で最大規模を誇る貴族雇用達の両替所にお願いした。

 普段から大金を数える者達でさえ、目を点にしていたな。


 もっとも、国中の至る所に亀裂を入れたにも関わらずこの程度でチャラになるのだから安いものだ。

 

「あれ? アビルの旦那じゃん」

 

 若い女の声と共に、ドンと強く肩を叩かれた。

 振り返ってみると手提げ鞄を持ったミゼルが俺の後ろに立っていた。

 鋭い歯で赤い実を齧りながら、暇そうに立っていた。


「ミゼルか。先日はセラの護衛ご苦労だったな」


「いいってこった。それにセレっちの頼みは断れねーからよ」


 ミゼルは普段通りの口調だ。


「社交界での勇姿も僭越ながら見させてもらったぞ」


「あー、あちきのあれ見たのか。どうだった? すげーだろ」


「ああ、実に様になっていた。機会均等に物事を運ぶ野蛮貴族にも見習って欲しいレベルだな」


「だろだろ! あちきはできる女なんだわ!」


 ミゼルは元気よく照れくさそうに笑う。

 褒められて嬉しそうだ。

 

「ところで旦那は何しにここへ来たんだ? 見回りか?」


「いや、ちょいと飲み直そう思ってな。先刻飲んだばかりなのだが、どうも飲み足りなくて」


「なら付き合うぜ。あちきも丁度仕事が終わったところなんだ。」


「それは嬉しいが…飲める歳なのか?」


「よゆーよゆー。こう見えてあきちは今年で24なんだぞ」


 こいつは驚いたな。

 四肢の成長速度から考えるに多く見積もっても15前後だと思っていたが、その実なんと23歳。

 酒の解禁は成人からとなるが、殆どの国で齢15から成人扱いとなる。

 つまり飲める。

 それこそ余裕で。


「結構いける口か?」


「リキュールなら毎晩飲んでんぞ」


「おおー」


「反応薄いな…」


 ミゼルは強いお酒を所望らしい。

 とするならば、何処がいいか。

 うーむ、悩ましい。

 ひとまず地図を広げて、ミゼルと相談して決めることにした。


----


 歩けど歩けど似たような道をひたすら進んだ。

 かれこれ、ミゼルに適した酒場を探すこと二十分。

 少しお高めの酒場を見つけた。

 

「よし、ここにしよう」


 独断で申し訳ないがもう待ちきれない。

 酒を。

 早く酒を呷がせてくれ。


「旦那は酒に強いのか?」


「ボトルワインなら一日最高7本だ」


「んな強ぇーなら、黙って強いの飲めばいいのに」


「それだと一杯あたりに時間を食うだろ」


「あえ? だからいいんじゃねーか」

 

「こういうのは何杯飲んだかを競うものだ。ちまちまとグラスに注ぐ余裕があるなら、一本でも多く開栓して血中に流し込み、足腰が立たなくなるぐらい身体を麻痺させた方が脳も喜ぶ」


「その飲み方はぜってー間違ってる!」


 顔面蒼白のミゼルに叱責されたが俺は絶対に間違っていないので、気にせず店内に入った。

 店内は外観とマッチした高級感溢れる内装をしていて、客層も上流階級の者ばかり。

 混んでそうで混んでない。空いてそうで空いてない絶妙な集客率だ。


 俺達はウェイトレスに案内された席に座り、各々が飲みたいお酒を注文した。

 ミゼルはキュラソーのストレート。

 俺はスティルワインをボトルで注文した。

 待ちかねた酒はすぐに届き、ジョッキに注いで乾杯。

 一気に飲み干す。


「旦那ぁ、体壊すぞー」


「え? 何を言ってるのか聞こえん」


「キマってんな…」


 今なら何を飲んでも美味く感じる気がする。

 ま、喜悦に浸るのはこれくらいにして、真面目に情報を集めるか。

 社交界の様子を拝見してから、ずっと引っかかってていた事があったんだ。

 

「ミゼルよ。お前が社交界で話していたホーミンス卿という男は王女派閥か?」


「いや違ぇ、ありゃ穏健派だ。エルワス派と王女派、どっちにも付かねぇ通称静観派閥とも言われるやつで、政権がどっちかに傾倒したら優勢な方に味方する小判鮫共よ」


「なるほど、つまり今は王女派ということか」


「そうなんな。まー、エルワスは失脚したけど生かされてっからな。またいつ脅かされるか分かったもんじゃねぇ」


「正鵠。詰めが甘いのは俺も同じだが、こればっかりはカルネラの意向を疑問視する」


「だよなぁ…セレっちは何考えてんだよ、ほんとに…」


 ミゼルがグラスの縁をなぞりながらため息をついた。

 こうしてみると女性らしさは見受けられる。

 礼儀正しい姿であれば尚更、目をかけられるだろう。

 あの日、あの場でホーミンス卿に凝視されていたのを確認した。

 下手な政争に巻き込まれないといいが。


「ところで今日はなんだったのだ?」

 

「あー、ホーミンス卿に言伝を頼まれてよ。そんで屋敷に呼ばれった」


 嫌な流れだな…。


「それで? 言伝の内容とは」


「んな事聞いてどーすんだよ」


「何も。ただの興味だ」


「はぁ…まあいいか。どうせ個人的な話だし」


 ミゼルは深いため息をつきつつ、続けた。


「縁談の話を持ちかけられたんだよ。あちきとホーミンス卿の子息との縁談」


「ほう、そいつはおめでたい」


「めでたくなんかねーっつーの。好きでもない奴と婚約なんかできっかバカヤロー」


 ミゼルもだいぶ酔いが回ってきたようだ。

 完熟した赤い果実のように、出来上がった顔をしている。


「堪らんなその顔。で、誰だ? 誰が好きなんだ?」


「…ルド爺」


「ルドじぃ?」


「リコルド…」


 そう言ってミゼルは肩を竦めて、胸をキュッと締めた。

 恥ずかしそうに下を向いていて、静かに呼吸している。

 リコルドって…こいつと同じカルネラの護衛だよな?

 右目に眼帯をつけた隻眼の老兵だったと記憶している。

 まさか。そんなまさかな…。

 だって歳が離れ過ぎてるだろ。

 ありえないだろ。

 恋する乙女に対して失礼なので言わないが、そう思った。

 

「リコルド…か。なるほど、では一つ聞こう。ズバリ、彼に惚れた理由は?」


 あ、これは俺も酔ってきてるな。

 自覚はある。


「…お姫様抱っこしてくれた」


「ほう、因みにいつ頃?」


「10年くらい前…だったかな?」


「そこに至った経緯について、もう少し詳しく聞かせてくれ」


 そう言うと、ミゼルは複雑な面持ちで話し始めた。

 

「あ、ああ…うん。まー、なんつーか、助けられたんだよ。昔な、あちきはアルストロメリア北西にある要塞都市レイテルカルテに住んでたんだ。そこそこ有名な貴族の元に生まれたから暮らしは裕福で、同年代の友達が沢山いた。毎日が楽しくて、勉強も進んで頑張った。ま、いわゆる貴族令嬢ってやつでさ、礼儀作法はそこで学んだんだ。成人前、両親が死ぬまでずっと。ここからが分水嶺。父さんと母さんが死んで身寄りが無くなったところに父さんの兄を名乗る男が急に現れて、親権を書き換えたあとあちきを売り飛ばしたんだ。目まぐるしくて意味がわからなかった。メイドも、執事も、友達も、誰も助けてくれなかった。そっからはもうどん底よ。色んなところに回されて、毎回あれやこれやと触られて品定めをされて、上着一つ着させて貰えない。地獄のような日々だったのを覚えてる。でな、ある日あちきが店頭販売されてたところをルド爺がたまたま通りかかったんだ。任務中だってのに、ボロボロで泣きじゃくるあちきを見兼ねて奴隷商人を店ごと潰して助けてくれたんだ。汚名を被る覚悟で、あちきを国外へ連れ出してくれたんだ。それからずっと、セレスティアに着くまでずっと、あちきを魔の手から守ってくれた。もう二度と故郷へは帰れないのに、指名手配されてるのに、あちきを助けてあげて欲しいって女王様に頭を下げたんだ。そして女王様からお許しが出て、セレっち直属の私兵になった頃には、もう好きになってた。止まらなかった。今でも伝えてる。歳も全然離れてるし、分不相応かもしれないけど、あちきはルド爺が好きだ、大好きだ。好きになる理由なんてこれぐらいしかないよ」


 ミゼルは最初こそ苦い顔をしていたが、最後は満面の笑みで締め括った。

 痛く辛い過去を持っているにも関わらず、嘘偽り無く話してくれた。

 虚飾を交えず愛を零す乙女の横顔は、なかなかどうして美しく見えてしまう。

 

「カッコイイじゃないか。お前の想い人」


「あったりまえよ! なにせ、このあちきが惚れるぐらいだからな!」


 ミゼルは残ったお酒をぐいっと飲み干し、その後もリコルドへの好きを教えてくれた。

 他者に向ける好意としては最上位に位置する恋慕。

 俺にもあったのかな。

 ここまでの愛は無かった気がする。

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