第二十九話 社交界当日の戦い(前編)
リラの捜索は秘密裏に行った。
カグヤとコウに国中を回るように指示を出して、カルネラ直属の部下三名にも協力してもらった。
俺は感知魔術を国中に張り巡らせて、足取りを掴むことにした。
しかし、魔術干渉を阻む広域結界が邪魔をした。
王女曰く、少し前に軍事部門のトップが結界の張り直しを家臣に依頼したんだそう。
軍事部門のトップとはエルワス。そして、その家臣とは大司教セヴィンのことである。
迂闊だった。
もっと早くに気づくべきだった。
国家転覆を果たさんとする計画は、こうも用意周到に行われていたのだ。
彼らは虎視眈々と、この時を待っていた。
主力陣営が分断されて、国力が削がれるのを。
セレスティア神聖国は魔族一切の立ち入りを禁ずる差別国家。
それは今現在まで、脈々と受け継がれている。
王女は違えど、兵士達は右に倣え。
そこを突いたのがエルワスの策だ。
大方、忠誠心の低い兵士達に坐視でも強要したのだろう。
恫喝でもなんでもしたはずだ。
でなければ、入国管理を担う彼女が連れ去られるなど有り得ない。
「ところでセラの様子は?」
「あまり芳しくないようです。実の姉が攫われたわけですから…」
「だろうな…」
カルネラは、まるで自分のことのように辛そうな表情を浮かべた。
夕刻、セラはミゼルを護衛に社交界へ向かった。
顔色が優れぬまま、おぼつかない足取りで宿を出た。
今にも泣き出しそうな顔だったと記憶している。
「火急ゆえ、多少荒っぽくなるぞ」
「修繕費はお支払い下さいね?」
「任せろ。これでも一応、一国を丸ごと買収できる額は持っている」
「なんと…! お見逸れしました。流石は元革命軍随一の成金」
「元をきちんと入れたのは偉いぞ」
最悪な通り名がついたものだ。
まあそんなことより、今一度状況を整理しよう。
現在、俺とカルネラはセレスティア神聖国中央に高く聳えるクライス時計台の屋上に居る。
龍族識別に特化した広域感知魔術を連続で使用しているが、未だリラを補足するには至っていない。
カグヤの言う行方不明は、まず間違いなく誘拐の類い。
本人に確認したら、手口がママの時とそっくりと言っていた。
なら間違いはないだろう。
仮に違ったとしても、誰に、何も言わずに姿を消すなどおかしいからな。
「よし、やるか」
俺は杖を置いて、突き出した両拳に魔力粒子を纏わせた。
細かい微精霊のような光の玉が、拳から腕へと無数に集結する。
そして、両腕が赤白く発光。
一気に解き放つ。
「啾啾龍鳴残響」
同時に、俺は拳を開いた。
円状に広がる無音の咆哮。
ビシリと時計台に亀裂が入り、国中の建物にヒビが入った。
この技は人と魔術をすり抜けて、木、石、砂、鉄に反響する特殊な音波を出す魔術である。
これにより反響した微細な音を聞き分けて周囲の地理地形を把握すると同時に、劣化した建物や城門に出入りする人間及び種族を割り出す偽属性魔術。
偽りを冠する理由は、単に分類が出来ないからだ。
それにこれは感知系魔術ではなく、本来は地盤破壊を目的とする歴とした攻撃系魔術。
それを応用しただけのこと。
では何故、人と魔術をすり抜けるのに対象を割り出せるのか。
単純な話、セラの血縁者だからだ。
本来なら同じ龍種でも生体エネルギーの色が被ることは無いが、彼女らは姉妹。
ゆえに近い。
どちらも、聖なる泉のように澄んでいる。
「あ…アビル様」
カルネラが足を震わせながらしがみついてきた。
「大丈夫か?」
「はい…いいですね、この感じ」
「ん…?」
背中に重みを感じた。
首も少しだけ苦しい。
もしや、おんぶをご所望か。
「ほら、乗るがいい」
「ふふっ…ありがとうございます」
微かに笑うカルネラを背負い、杖を拾った。
残響を頼りに目を凝らし、一際暗い街道の路地にリラを見つけた。
黒ずんだ毒蛇に囲まれる、若き水色の龍を見つけた。
「急がねばならんな。どうやら、戦っているのは俺達だけじゃないらしい」
「はい。では、どうするおつもりで?」
「リラの元へ飛翔する。振り落とされるなよ」
「なるほど……へ?」
「せーのっと!」
俺は時計台を粉砕する勢いで踏み込んだ。
我ながら凄まじい勢いで飛んだと思う。
飛行魔術を駆使し、目的地へ一直線だ。
「キャアアアア!」
カルネラの悲鳴が聞こえた。
五秒。
十秒。
十五秒。
そのぐらい経ったあたりで、
「あ…」
という蕩けた声が聞こえた。
これ以上ないくらい気持ちよさそうな声だ。
やがて厚手のローブを通過して、背骨を伝う生暖かい水気を感じた。
うん…まあ予想はしてた。
後で洗おう。
「すみません…つい」
「あ…ああ、気にするな」
「王女たるわたくしが、なんてはしたない…」
「いや、間を置かずに飛んだ俺も悪い」
「そんなことはありません! この際、どんな罰でもお受けします!」
「いや罰って言われても…」
…ん?なんかカルネラの呼吸が荒くなったぞ。
引き締める力も強くなった気が…。
なるほど、そういうことか。
無視しよう。
なんて思っている内に、リラの姿を視界に写した。
複数人の男に囲まれて、首魁と思われる女と言い合いになっている。
俺はリラを囲む男の一人に狙いを定めて、そいつの頭上に着地した。
男は最後まで俺の存在に気づかず、すり潰されるように肉塊となった。
約束を違えられた心痛よりも、凄惨な殺人現場を見せられたショックによりカルネラは気絶。
先程ダメにされたローブを枕にして、彼女を床にそっと寝かせた。
寝顔は本当に王女様だ。
髪の毛はサラサラで、指がすーっと通る。
俺を落とそうとした悪い口からは寝息がぽろり。
ゆっくり寝るといい。
「さて、並べ。順に引き裂いてやる」
俺は地面を踏み砕き、指を鳴らした。
すると、男達は後ずさりするように距離を取った。
恐怖に顔が歪ませる者もいれば、尻もちをつく者も。
あまつさえ首魁の女にしがみつく者までいた。
「チッ…しかたないね」
怖気付く男達を鼓舞するように、首魁の女はナイフを取り出した。
「この俺が、誰かと知っていての狼藉か」
「しらないね、あんたなんか」
「そうか。であれば摂氏1500℃程度で念入りに焼いてやろう」
俺は手を翳しつつ、セラを見た。
セラは自身の肩を強く掴み、足を震わせつつも、どこか畏怖を感じさせる表情を浮かべていた。
まるで夜明けを忌避するかのように。
「やるんだよ! お前達!」
女は遠吠えのように叫んだ。
背中を押され、瞬く間に押し寄せる男達。
「う…うぉおおおおおお!」
「惰弱」
かろうじて覇気を出す男から真っ先に始末した。
手刀で首を跳ねて、骸に膨大な魔力を流して爆散させ、次の敵へ。
「ひぃいい!」
「情けない声を出すな。男なら覚悟を決めろ」
俺は杖から光弾を放ち、男の心臓をくり抜いた。
「クボッ…!」
尋常ではない吐血を最後に、音を立てて倒れ込む男。
どくどくと流れ出る血は思ったより少ない。
傷口が塞がれたからだ。
光弾は火属性魔術から派生した光属性魔術であるため、超高音の熱気を帯びている。
かすり傷が黒焦げになるくらいには。
まして、くり抜かれたのなら絶命は免れない。
「あ…」
俺は、向かい合った男の瞬きに合わせて背後に回る。
「何もかもが遅い」
「クソが――ガハッ!」
俺は杖を剣に変えて、男を十字に斬り裂いた。
左側に立っていたもう一人の男には鞘を向けて、瞬間30連撃にも及ぶ打撃をお見舞し、滅多打ちにした。
いよいよ死兵となった男達は次々と暗器を取り出して襲いかかってくるが、まるで統率が取れていない。
ひれ伏す死体は増えていく一方だ。
気づけば、残るは首魁の女だけとなった。
「あんた何者だ」
震えた女の言葉と、つま先を擦る音が聞こえた。
「賊は部下に任せて自身は静観。万に一つも無い勝機に望みを託し、潰えたら逃亡か。実にくだらん幕引きだな」
「御託はいい! あんたは一体、何が目的なんだ!」
「その問いに答える前に、まずは正体を晒せ遇人」
俺は地面に剣を突き立てて、タイルがめくり上がるほどの巨大な水刃を首魁の女めがけて振り上げた。
咄嗟に防御障壁を3枚張られたが、難なく斬り砕いた。
水刃は直撃して、女が行使していた変身魔術は解除された。
首に黒いチョーカーを付けた若いメイド服の女。
過去に一度だけ見たことがある。
「エルワスの屋敷で見たな。それも数名」
「あたしをあんな奴らと一緒にするな!」
女は叫び、手に持っていたナイフを飛ばしてきた。
俺はそれを指先で弾いて、先程殺めた男の後頭部に突き刺した。
「…!」
女は床にへたりこんだ。
「ふむ。で?」
「で…って、お前…」
「話は終わりか? ではそろそろ…」
「ちょ…ちょっと待て! なあ! ほら、あたしから聞いておきたい事とか、なんかこう、あるだろ? な?」
女がすっかり怯えきった様子で、急に距離を縮めてきた。
「リラを攫おうとした目的について教えろ」
「わかった教える! だから見逃してくれ」
「情報の価値次第だ」
「わ…わかった! ありがとう!」
この女は、やたらと触ってくる。
上手く取り入り、切り抜けようと必死だ。
「さあ言え」
そういうと、女はリラに視線を移して話し始めた。
「リラはあたしらの協力者だったんだよ。エルワス様が秘密裏に依頼していた魔導兵器が到着したら、審査をパスして搬入し、あたし達に流すように指示されていた。なのにこいつときたら、直前になってダメですとか抜かしやがったんだ。妹も巻き込むですって、んな当たり前のことを言いやがったんだ。頭にきたよ、ほんと。だから取り押さえて、エルワス様の眼前に叩きつけてやろうと思ってさ。裏切り者なわけだし、遠慮はいらないだろ? どの時代だってそうだろ」
女は観念したように視線を落とした。
これで聞きたいことは聞けた。
魔導兵器と裏切り者のリラ。
入国管理を任された理由は、これがためか。
「もう一つ聞かせろ。魔導兵器は誰に依頼した」
「それはわからない。てか興味も無いし!」
女は目を細くして嘲笑う。
そして、ケタケタと道化師のように腹を抱えて笑いだし、もう話せることは無いとでも言いたげな態度を取り始めた。
頭に血が上る俺は女の首を掴んだ。
「なっ! グ…グッ!」
「取捨選択を誤った愚行の最果てを知らぬ無知無学な人間風情が、偽善の象徴たる俺を前にして笑みを浮かべるな。身の程知らずが」
俺は絞める力を強めていく。
でも思うように力が込められない。
腕に鉛が付いているみたいだ。
…いや違う。
この女が、泣いているからだ。
「ま…って」
「待ったとして、お前は次の策を講じるだろう」
「そん…こ…しない。あたしは…ここ……わり」
「ああ、そうするつもりだ」
「なら…」
女は、自身の首に繋がれた手に触れた。
冷えきった手で、優しく包み込むように。
俺は彼女の首から手を離した。
咳き込む彼女に杖を突きつけて、見下ろすように立った。
「なら。なんだ?」
「エルワス様だけは助けて欲しい」
女は強い眼差しでそう言った。
「なに故、黒幕を生かせと?」
俺の言葉に、女はぽつぽつと続けた。
「あの人はちょっと前まで、本当に少し前までは悪い人じゃなかったんだ。いや勿論、野心はあったよ。いつかワシが国王になってやるんだって言って息巻いて、色んな所に根回ししてた。金は好き、酒も好き、女も大好きで、何一つ良い噂はなかったけれど、実は誰よりも努力家で、国家転覆も嘘じゃなかった。でもさ、誰かを殺してとか、誰かを使ってとかはなかったんだ。いつだって正々堂々、自分から訴えかけていたんだよ。この国をもっと良くしたくて、悪い人をわざと引き付けて、後で一網打尽にするつもりで。それなのに、一人の魔族に出会ってから人が変わってしまった。まるで取り憑かれたように、力づくで国を手に入れようとし始めたんだ。そりゃ、あたしも怖くなったよ。みんなも同じ気持ちだったんじゃないかな。でもね、あたしはエルワス様に救われたんだ。身寄りの無いあたしを、暖かく迎え入れてくれたんだ。だから…その恩だけは返したいんだ」
そして、彼女は一筋の涙を零した。
風前の灯火を最後まで燃やし尽くした上で、俺の足にすがりついた。
「あたしは殺してもいい! でも…エルワス様だけは!」
「……」
「助けてください…」
死を目前にして、どうしてそう涙を拭って強い目をしていられるのか。
俺には分からない。
だから。
「リラ。お前はどうしたい」
リラに聞く。
つい最近までは仲間として行動を共にしていたのだろうし。
「……」
リラは視線を落として、難しく複雑な表情を浮かべている。
ここから先のことを考えているのだろう。
「俺は、お前の意思決定に従う」
「…見逃して欲しいです」
「了解」
俺は、泣きじゃくる女に肩を貸した。
王女は鞄を持つように乱暴に持った。
一先ず宿へ戻り、シャワーを浴びて着替えをしよう。
話はその後だ。




