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第二話 二手に分かれて

 カランド領は過ごし易く、居を構えるのにうってつけだ。

 しばらくの間厄介になろうと、俺は簡易的な家を自力で建てた。

 土属性魔術と風属性魔術の合わせ技だ。

 本来であれば職人が設計から資材の運搬から何から何まで何日もかけてやっと建つものなのだが、俺は数分で終わらせた。

 つまり欠陥住宅。

 誰を招く訳でもないし、一人暮らしならこれで十分と思ったからだ。

 しかし、俺はある問題に直面している。

 …カグヤが帰らないのだ。

 

 時は一週間前。

 あの日、俺はカグヤに泊まっていけと言った。

 夕刻を過ぎた上に自宅までの順路を忘れたと言われたら泊めるしかないだろう。

 仕方無く家に招き入れ手料理を振舞った。

 「美味しい美味しい」と感動しながら米一粒残さず平らげてくれたのは嬉しかった。

 その後、水浴びをしてくると言って裸で野を駆ける彼女を全力で止めた。

 羞恥心は既に崩壊していたようだ。

 夜分は人通りが少ないとはいえ、人攫いが無いとも言い切れない。

 まして少女、裸、無垢。ご馳走様になるのは必然。

 何を考えてるんだ俺は…。

 ともかく家に連れ戻し、火、水属性を駆使したシャワーもどきを彼女に浴びせた。

 したらなんだ「アビルの聖水を浴びる」とか言うじゃないか。

 やかましくて追い出してやろうかと思った。

 寝巻きを貸し、着替えさせ、髪を念入りに乾かしてあげた後、二人で寝室に入った。

 ベッドは一つで、俺は床に布団を敷いて寝た。

 するとどうだろう、彼女が布団の中に潜り込んでくるではないか。

 じゃあベッド返せよと、俺はベッドで寝た。またしても彼女が潜り込んできた。

 後はその繰り返し。お陰で一睡もできなかった。

 手のかかる子を持った父と言えば想像しやすいだろう。本当に頭が下がる。

 問題はその後、翌朝になってカグヤが言った。


『今日からここに住む!』


 この言葉の意味について考えてみて欲しい。

 カグヤと…? 二人で…? 暮らす?

 無理無理病む病む。増築したら奇行の歯止めが効かなくなる。

 それに母親はどうなる。

 鬱なのだろう。一人にしておくのは良くない。

 娘の存在に支えられている可能性だってある。

 許諾なしに鉢合わせになれば、あらぬ疑いをかけられる。

 よくも娘を拐かしたなと、思い切り殴られる。

 抵抗しようものなら尚更だ。

 どうしたものか…。


「アビルぅ…ひーまー」


 カグヤは退屈を隠さない。

 木製テーブルの上に横になり、猫のようにゴロゴロしている。

 服は最高級品を見繕ってやったものの、既に泥を付けているし怪我もしてる。

 似合いの赤ジャケットが台無しだ。

 毎日着れるよう予備含め8着購入したが、この様子では足りない。

 バリエーションも増やしたいところだ。

 どうせなら母親の服も買い与えようか。

 いい手土産になるだろうし、友好的な関係を築けるかもしれん。

 絶賛友人募集中なので。


「丁度いい、そろそろ自宅に案内してもらおうか。雲一つ無い快晴の今日なら、手当り次第で着くだろう」


 この聞き方でいいのだろうか。

 節操の無い獣に思われても致し方ない。

 違うけど。


「あー…ママと喧嘩してるから今日は帰りたくない」


 カグヤは眉をピクリと反応させた。そっぽを向き、考えた上で答えた。

 あからさまな嘘だ。


「喧嘩だと? 聞いてないぞ」


「言ってないもん! もういいからここに置いてよー!」


「ダメだ。お前の母が心配する」


「別にしないよ。私が強いってママ知ってるもん」


「なら翌日に帰れただろ…」


「それ言っちゃダメ! ねー置いてよー! 何でもするからさー!」


 駄々をこねられ、しがみつかれる。

 耳元で叫ばれると流石に頭が痛い。

 

「仕方ない……ではカグヤ。お前の母に一筆したためる。悪いが紙を買ってきてくれ」


「おっけー! 任せい」


 カグヤはテヘと笑った。

 いちいち誤魔化さんでいい。


「はぁ…では頼んだぞ」


 無駄使いしてもいいように金貨50枚を渡した。

 一ヶ月は遊んで暮らせる額だ。

 この娘に貨幣価値がわかるかは知らんが。


「わお! ほんじゃま行ってきマース!」


「おう。ゆっくりしてこい」


 玄関を閉めただけなのに、バタンと馬鹿でかい音が部屋に響いた。

 力強過ぎだろ。

 もっと静かに閉めろ。


 と、まぁ不満はあるがやっと一人になれた。

 育児から解放された感がある。

 残留する香水の匂いが強いせいで、今も居るのではと思ってしまう。

 嫌な匂いではないが鼻がおかしくなりそうだ。


 さて、彼女が帰るまでにやるべき事がある。

 辺境の地図を更新するのだ。

 十年も経てば地形はおろか新たな集落が誕生していても不思議では無い。

 師匠が行方をくらましてから半ば野放し状態であるカランド領は、多数の貴族が所有権をめぐり争いを起こしている。

 俺が代理になれば済む話だが、定住するつもりは無いため無意味に終わる。

 誰に渡ろうと下手に荒らさなければいい。

 師匠もそう思っているはずだ。

 とりあえず外へ出て、近くの村へ向かった。


---


 広大な森を抜けて一本道が続く。

 隅々まで見て回る時間は無いので、作図は大雑把に済ませる。

 必要か否かは別として、また訪れた際に変化があると面白いので描いている。

 ここが変わったとか、ここは前と変わらないとか。

 そういう変化を大事にしていきたいからだ。

 何百年と生きていると、知識を除いて全ては忘却の彼方であり、感情も希薄になるので適度に体と脳を動かすことが重要。

 数ある手段の内、俺は作図を選んだ。

 記録に残しておくことで頭から抜け落ちていたものを思い出すことができるし、いつしかの情景を懐かしむこともできるから。


「もう着いたか。意外と早かったな」


 村の入口に来た。

 モルロス村という小さな村だ。

 岩山で囲まれている土地ながら、一年を通して暖かい気候が続く住みやすい所だ。

 等間隔で木造の家が建ち並び、岩から切り出した石造りの倉庫もある。

 こういう構造なら風通しも良く、夏は涼しい顔をして過ごせるだろう。

 流れる川の音は、辿れば滝に行きつく。

 この地域に伝わるパワースポットだ。


 早速、切り株の上に座りスケッチする。

 我ながら絵は上手い方だと思う。

 何百年も描いていればそりゃあな。

 しばらくして見覚えのある老人が近づいて来た。


「おやおや、アビル殿ではござらんか」


 髭をたくわえた茶髪の老人。名をアルフォルド・コールマン。

 モルロス村の村長として昼夜見回りを欠かさない真面目な男である。

 元は名のある騎士団の団長を張っていた男で、一時期、行動を共にしていたことがあり親交は深い。

 細身の体躯を活かした秘技[俊足抜剣(しゅんそくばっけん)]王国随一とまで言われ、その名は国内外に轟いている。

 その腕を買われ、老境に達してからも剣術指南役として王宮へ出入りしていたが、指南役を引退してからはモルロス村へ移住。

 現在は村長という名目で隠居している。

 

「久しいなアルフォルド。戦死したのではなかったのか?」


「なーハッハッハ! そんなわけないでしょうが! わたしを狩れる者など、この近辺にはおりません」


 アルフォルドは、えらく上機嫌だ。

 俺が冗談を言っても巧みに返す。

 厄介事がある時は決まってそう。

 つまりはそういう事だ。


「だろうな。して、どうした。俺の元へ来るからには依頼があるのだろう」


「ええまぁ、大したことでは無いのですがね」

 

「前置きはいい。要件を話せ」


 アルフォルドは周囲を見渡した後、ぽつぽつと話し始めた。


「実はですね。数年前から村が二つに分かれまして、知り合いが向こうに居るのです。彼女を此方へ移住させたいのですが、上から圧力がかかりまして難航を極めております。つきましては、アビル殿のお力で上を説得していただきたいのです」


 アルフォルドは落ち着きのある口調で言った。

 上とは、貴族または王族を指す。

 アルフォルドの権限で太刀打ちできない者達は、この二つに限られるからだ。

 かくいう俺も権限は持っていないが、恫喝するくらいならわけない。

 連中が消極的な姿勢を見せれば、邸や王宮を壊乱して回ればいい。


「説得だけでいいのか? いっそ潰しても構わんぞ。ああいう手合いは生殺しにすると厄介だ」


「いやいやいや! それではモルロス村に牙を剥く連中が出るやもしれません。あくまで穏便に、穏便にお願いしたいのです」


「むぅ…そうか…」


 その方が手っ取り早いのだがな。

 アルフォルドの懸念する理由も頷けるし、ここは大人しく従っておくか。

 抗争になるのだけは避けたい。

 救出するにあたって、彼女の名前を聞かなければ。


「彼女の名はなんと言う」


「ミコと言います。旦那は、とうの昔に故人で、今は娘と二人暮らしかと」


「外見的特徴は?」


「黒く長い髪に、赤い瞳をしておりますな」


「…は?」


 思わずペンを落としてしまった。

 カグヤの母親だろそれ。

 間違いなくそうだろ。

 身体的特徴があまりに似過ぎている。

 黒い髪に赤い瞳が、そう何人も居てたまるか。

 アルフォルド…こやつめ、知っていて依頼したな。

 俺がカグヤと接触したのを見計い、入念に調査した上で揺さぶりをかけた。

 そういう奴だ。こいつは。

 昔と変わらん。


「貴様。カグヤを知っているな」


 アルフォルドは企みの笑みを浮かべた。


「勿論ですとも。頻繁に顔を合わせております」


「では一つ問う。あの娘に身辺上のトラブルは無いか?」


 少し間があった。


「……あり過ぎて何から話していいのやら」

 

「一つに絞れ。後はこっちで調べる」


 どうせ依頼に連なる話だろうからな。


「では…」


 アルフォルドは眉をひそめて話し始めた。


「今でこそ平和を謳う我が国メイルイ王国ですが、数年前までは、そうではありませんでした。王族を筆頭に圧政を敷き、貴族達もそれに呼応し破綻。これに関してはアビル殿もご存知でしょう。そして、あの子の父はメイルイ王国軍に指名手配されておりました。罪状は反逆罪。圧政に耐えかねた人々を束ね、導いた者こそ、あの子の父カミノです」


「レジスタンスか」


「その通りです。ゆえに命を狙われる身となりました。一家共々逃げ続ける日々を送っていたそうで、秘密裏にわたくしが受け入れました。ですがすぐに見つかり、カミノは翌日処刑され、ミコとカグヤは流刑。カグヤがまだ幼かったことでミコは処刑を免れた形です」


「受け入れただけか? 他には何もしなかったのか?」


「したから村が二つになりました。旧知の法官が恩情をかけてくださり、わたくし自身は不問となりましたが…」


 そこでアルフォルドは下唇を噛んだ。悔しさが滲み出ている顔だ。

 彼なりに頑張ったのだろう。


「そうか…疑ってすまなかった」


「全くの無駄でしたがね。ミコとはそれ以来ですし」


 ん?

 どういうことだ。

 カグヤは来ているのに、母であるミコは来ていないのか。

 行動に制限をかけられている…そう考えるのが自然だ。


「ところで、アビル殿は何を描いていらっしゃるので?」


 話題を変えられた。

 地形をスケッチしているだけなのだが…あ。

 絵を描いていた。

 髪の長い美しい女性を描いていた。


「春画とは、また変わった趣味をお持ちになられて」


 声色から口角が吊り上がっているのがわかる。

 今、こいつの顔を見たくない。


「違う。貴様が変に隠し立てしたせいで、特徴を描き出してしまった」

 

「なーハッハッハ! いいんですよ、わたしには隠さんでも」

 

 人の失敗を笑うとは堕ちたなアルフォルド。

 と、言いたいが言えない。

 恥ずかしくて涙が出そうだ。

 話は聞けたし、続きはまた今度にしよう。

 俺はペンと地図を革製の箱に収め、立ち上がった。


「最後にもう一つ。ミコとやらは何処にいる。手探りで探せならば依頼料を取る」


 俺の問いに、アルフォルドは聳え立つ岩山の方を指さした。


「この壁のずっと向こうに彼女は居ます」


 あとは行って確かめろと目配せしてきた。

 了解だ。

 同伴などハナから期待していない。

 誰に見られ、誰に告げ口をされるかわからない状況下では派手に動けないだろうし、立場上巻き込まれるわけにはいかないのだろう。

 数少ない友人の頼みだ。聞いてやるさ。

 それに、俺自身気になることもある。

 一旦自宅へ戻り、作戦を練るとしよう。

 アルフォルドと別れ、村を出た。


---

 

 村の外は雨が降っていたようで、ぬかるんだ一本道が続いた。

 帰り道の方が長く感じたが、着いた。

 日も暮れてきたし、もうくたくただ。

 早く家に入ろう。


「…?」


 玄関扉に手をかけてすぐ異変に気がついた。

 隙間から吹き抜ける鉄の匂い。

 何故だ。

 俺は中に入った。

 するといきなり、ドサドサと音を立てながら白い壁が飛んできた。


「おっかえりー!」


 喋る壁が迫ってくる。

 俺は防御障壁を張り、迎え撃つ。

 

「あ痛ァ!」


 弾き飛ばされた黒髪の少女。

 カグヤだとは知っていた。

 障壁にヒビを入れるとは、恐ろしく石頭だ。

 白い壁の正体は彼女に頼んだ紙。

 上等な品質であることは間違い無いが、一体何枚購入したのだろうか。

 数百、数千の単位ではなかろうか。


「お釣りは?」


「無いよ! ピッタリ!」


「全てこれに使ったのか?」

 

「うん! 褒めて褒めて!」


 明る過ぎて怒れない。

 一般家庭であればどつき回されていると思うが、俺は一国を買収出来る資産を持つ心優しき人間なので、カグヤの頭を撫でた。

 嬉しそうで何より。


「さて、そろそろ夕飯にするとしよう。何かリクエストは無いか?」


「ステーキ食べたい」


「ほう。して、肉はあるのか?生憎俺は用意してないぞ」


「ふふっ…ここにあるよ。ジャン!」


 ドヤ顔で皿に乗せたお肉を召喚したカグヤ。

 妙な匂いの正体はこれか。

 にしても臭いな。何の、どこの部位だ。

 牛肉にしては形が歪だし、クセの強い羊肉とも違う。

 豚肉よりも脂が多い気がする。


「初めて見る肉だ。どこで買ったんだ」


「………んー、お肉屋さん」


「そうか。まぁありがとう」


 この時、カグヤは視線を合わせてくれなかった。

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