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第二十八話 社交界前日

 社交界前日の朝。

 俺は王宮を訪ねた。

 王女カルネラに、エルワス上級大臣が謀反を企てていると伝えるために。

 謁見の間に案内されてからかなり待たされたような気もするが、持参した懐中時計を見る限りそんなに時間は経っていない。

 謁見の間にはカルネラと、他四名が集められた。

 この四名はカルネラが最も信頼を置いている部下だそうで、数々の任務を遂行してきた戦闘のエキスパート。

 名前も教えてもらった。

 真朱に近い赤色の隊服を着た中性的な顔立ちの少年剣士レイド。

 群青色のローブを羽織った女魔術師のセアリー。

 濡場色で統一された暗器を身に付ける、元神聖国軍第二軍隊隊長の男、リコルド。

 純白の戦闘服に大剣を携えるオッドアイの少女、ミゼル。

 この四名だ。

 彼らは第一王女派閥の中で構成された少数精鋭であり、仲間同士の付き合いも長く結束は強い。

 機密は絶対に漏らさないだろう。


 俺は、彼らを信頼した上で全てを打ち明けた。

 国家転覆と密輸品。

 エルワスがセラに手を出そうとしたことも含めて。


 するとカルネラが、


「わたくしが捕まったらどうなるのでしょうね」


 とか言い出した。


「まあ…国家転覆の暁には市中引きずり回されるか、大衆の面前で首を跳ねられるだろうな」


「痛そうですね」


「痛いで済むだろうか…」


「何をされるんでしょう」


「…そんなことはどうでもよかろう」


 カルネラは、そわそわとしてて落ち着きが無い。

 頬も赤らめているし呼吸も荒い。

 気味が悪いな。

 なんて思っていると、カルネラが突然ハッとした表情で視線を戻した。

 

「こほんっ、失礼しました。とりあえずお詫びしておきましょう。かような愚か者に大臣を任せてしまったことについて」


 カルネラが深々と頭を下げた。


「王女自らが謝罪されるとは。中々どうして、気分がいい」


「ええ、わたくしもです」


「頭おかしいのか…?」


 カルネラは満足そうだ。

 これを仕切り直しとして、話を戻す。


「まずはエルワスについて話そう。前提として、あの男は国家転覆を目論んでいるようだが、本当の目的は違う。あいつは政権のみならず、リラも手篭めにしようと卑劣な策を講じている」


「十中八九そうでしょうね。あの御仁は、ずっと彼女を付け狙っておりましたから」


「そうなのか?」


「はい。彼女が修道院にいた頃からずっと声をかけておりました。使いの者を寄越しては、毎度ラングステン様に追い返されていたようですが…」


「結局は軍門に降った、と」


「ええ…妹のセラを人質に取ったことで、交渉が有利に進んだのでしょう」


 カルネラが話をずばずばと切り開いていく。


「その口振りから察するに、セラの左肩に刻まれた呪印を知っているな?」


 そういうと、カルネラの傍にいた四人の内の一人が重い口を開くように割り込んできた。

 赤色の隊服を着る少年、レイドだ。

 彼は、光を乱反射する金色の髪に癖の強いカールがかけられていて、肩にかからないくらいの中途半端な長さの触覚を持つ。

 左腰には二本の黒剣を携えていた。


「あれは、なんなんですか…?」


 レイドが剣幕な表情で訴えかけてきた。


「正式名称は傀儡術式。その名の通り従属を傀儡化する呪いだ。魔導に精通する奴隷商人が好んで使用する魔術でもある」


「解除は出来ないのでしょうか?」


「できる。方法は簡単で、術者の息の根を止めるだけだ」


「……」


「安心しろ、必ず俺がなんとかする」


 そう強く断言すると、レイドは軽く会釈して下がった。

 彼は正義感が強いな。

 もしくは、ある程度親しい仲だから感情的になるのか。

 真偽は不確かだ。


「つーか今からぶっ殺しにいかね? その方手っ取り早いっしょ!」


 突如乱入してきたこの狂気的な声は、ミゼルから発せられたものだった。

 右目は金色、左目は青色のオッドアイの少女だ。

 俺と同じ白髪に黒のメッシュが入っていて、獲物を食いちぎるかのようなギザギザで鋭い歯を持っている。

 

「威勢がいいな。そういう奴は嫌いじゃない」


「じゃあ一緒に行くべ! ついでに昼飯奢ってなー」


「え…ちょっ…!?」


 ミゼルに髪を掴まれて引っ張られた。


「んだよー、早く行こうぜー」


「痛い! よせ、やめろ!」


「おっせーなぁ…早くしてくれよ」


「うぉあ!」


 俺はとうとう椅子から蹴落された。

 頭部を抑える右腕を振り解けず、まるで荷車のように引き摺られていく。

 これでも体重はある方だと自負しているが、ミゼルの力が半端じゃない。

 八十斤は超えようかという大剣を背負いながら、いとも容易く俺を引っ張っている。

 何者なんだ、こいつ…。


「やめなさい、ミゼル」


 カルネラの一言に、ミゼルの足がピタリと止まった。


「先手必勝、百戦錬磨。これ、あちきの鉄則」


「それはいいから、アビル様から手を離しなさい」


「連れてったほうが早く片付く」


「…わたくしの言うことが聞けないのですか?」


 カルネラは、額に細く薄い血管を浮かび上がらせながら、凄みのある声で言った。

 氷のように冷たい目で、ミゼルを睨みつけている。

 予想だにしない空気の変わりように、場が静まり返った。

 ただ一人。女魔術師だけは、平然としていた。


「あらまあ、いつぶりかしら。カルネラちゃんが本気で怒るなんて」


 セアリーだけが、おっとりとした雰囲気を漂わせる。

 肉付きの良いわがままボディに、スタイルもそこそこ。

 期せずして色欲の女神に見えてしまう桃色の髪を靡かせていた。


「客人の前では王女と呼ぶように」


「はーい」


 相変わらずカルネラの表情は固い。

 

「すみませんなアビル殿。我々、王女直属の私兵ゆえ、このような態様でありまして」


 右目に眼帯をつけた隻眼の老兵が、困り果てた様子で言った。

 白みがかった茶色い髪色が特徴的な男。

 リコルドだ。


「構わん。然る者は皆、自己中心的な考えを元に行動するもの。その点、貴様らはまだ利口だ」


「そう言っていただけると助かります」


 リコルドは、やや控え気味に応えた。

 こいつが一番まともそうだ。

 それに比べて…この二人は。


「セレっちはさ、いつもいつも甘過ぎんだよ。あんなの、さっさと消したほうがいいに決まってる」


「いいえ。現場を押さえた後、悔い改めてもらいます」


「温情をかけたって、ああいう手合いは反省なんてしねーよ。むしろ恩讐に囚われて歯止めが効かなくなる」


「だとしても、殺してはなりません」


「セレっちは死にてーのか?」


「ご冗談を。死ぬつもりなど毛頭ありません」


「だったら…!」


 カルネラに掴みかかろうとするミゼルをセアリーが止めた。

 物凄い力で正面から抱き締めている。


「はいはい、怒らない怒らない」


「おっぱい怪人は引っ込んでろっ!」


「あらあら、嫉妬かしら」


 火に油を注ぐセアリーだったが、抱擁してから時間が経つにつれてミゼルは大人しくなった。

 というか窒息してるな、これは。

 暖かい目で見物するには些か刺激が強すぎる光景だ。

 特にレイドには。

 リコルドも同感らしい。


「はぁ…ミゼルはちっとも変わりませんな」


「わたくしに対する態度も、昔のままです」


「良いのか悪いのか…」


「気は楽ですけどね」


 カルネラは特段気にしている様子は無い。

 むしろ、この賑やかさを楽しんでいる節がある。


「さて、アビル様」


 カルネラがゆっくりと立ち上がった。

 不安そうな表情を浮かべながら。


「言わんとしていることはわかる。殺生を控えろというのだろう?」


「はい。どうかよろしくお願いいたします」


 再度、カルネラは頭を下げた。


「…かつて、曙光の戦乙女セレスティアは連合国から遣わされた万の軍勢を丸々消し飛ばしたという。斬らず、殴らず、見向きもせずに。それは無頼の生き方ゆえでは無い。禁獄が、そう望んだからだ」


「先代様が…ですか?」


「そうだ。といっても俺は会ったことがないし、彼が存命の時代を歩んでいない。多分。正確な年表を見ていないから詳しいことはわからん。まあ案ずるな、後始末はする」


「わかりました。くれぐれも大虐殺だけは、お止め下さいね」


「あー…事と次第による」


 と、最後にふざけてみた。

 こちらとしては和んだ空気を持ち上げる気持ちで言ったのだが、この場にいる全員が硬直して静まり返っている。

 だが唯一、カルネラだけは違った。

 カルネラは口元を不自然に抑えて、ぶつぶつと何かを言い始めた。

 ぶるっと身震いをして、感極まったような変な声も漏らした。

 目元は色っぽい。

 

「それで…事と次第とはどのようなものでしょうか?」


 吐息がかかる至近距離でカルネラに問い詰められた。


「…帰ります。ありがとうございました」


 俺は謁見の間を出た。


「ちょっと! まだ続きを聞いておりません! それに何故、最後だけ敬語に直したのですか!?」


「ありがとうございました…」


「ちょっとー! お待ち下さーい!」


 なんて奴だ。

 先程の気迫は、もう面影も無い。

 ふと後ろを振り返ってみると、カルネラがレイドに羽交い締めにされていた。

 苦笑しつつ手を振るリコルドの姿も。

 奥には、ぐっすりと眠るミゼルを介抱しながら彼女の髪を解いてあげるセアリーもいた。

 全員が全員、お互いを信頼しあっている。

 彼らなら、このお転婆王女を守りきれるだろう。

 そう思いつつ帰路に着いた。

 

---


 気づけば、あっという間に昼だ。

 事前にカグヤと取り決めていた喫茶店に入った。

 多くの人で賑わう店内。

 その中に一席だけ、対面が空いている席があった。

 向かいに座るのは華奢で可憐な少女。


「待たせたな、カグヤ」


「うん。待ちくたびれちゃったよ」


 カグヤは嬉しそうにニカッと笑った。

 この国での生活にも慣れてきたのだろう。

 俺は彼女の向かいに座り、ローブの右ポケットから小さな石版取り出した。


「早速だが、これを渡しておこう」

 

「何これ?」


「これは伝令石(ランナーストーン)という、離れた相手と会話ができる優れものの魔道具だ。神界大戦真っ只中の帝国軍より産み出されたものらしい」


「へー、あーそー」


 興味無さそうだな。


「もし窮地に陥ったら迷わず俺の名を叫べ。そうすれば勝手に俺と繋がる」


「おけ。じゃあ早速」


「やめてくれ。頼むから」


 店内で大声を出されるなど、たまったもんじゃない。

 しかも俺の名前だし。


「私だけにくれるの?」


 カグヤは、きょとんとした顔でそう言う。


「ああ、万が一にも死なれたら困るからな」


「それはどうして?」


「どうしてって…」


「アビルにとって私はなんなのかな?」


 心做しか、カグヤが怒っているように思える。

 声質は変わらないのに、何故かそう見える。


「弱者救済の姫君。に、なってくれると助かる存在」


「意味わかんね。というか、答えになってないよね」


「可愛いってことだ。もう少し有り難がれ」


 そういうと、カグヤはあからさまにそっぽを向いた。


「別にそんなの分かりきってるし…コウもメロメロだし」


「好きなのか?」


「ああ、それは無いよ。あいつエッチだもん」


 あいつ呼ばわりか…。

 コウも不憫よな。

 やらかした内容によっては、同情の余地は無いかもしれんが。


「その点アビルは、一定の距離を保ってくれててすごい楽」

 

「まあ相手は女の子だしな。詮索は慎重になる」


「でもさ、セラお姉ちゃんは別っぽいよね。なんで?」


「いや、同じだよ」


「お、な、じ、ならさ。ケーキをあーんしないでしょ」


 カグヤに、凍てつくような瞳で睨まれた。

 まさか…見られていたのか?

 いや、見ていたんだ。

 カグヤは、全部知ってるぞって顔をしている。


「ちがっ……彼女と距離を取るために、ケーキを口へ運んだのだ!」


「何急に焦ってんの? やましいことでもあるの?」


「待て! こんなの誘導尋問だろ…!」


「…ふーん、あっそ。じゃあいいよ。じゃあもう、教えてあげない」


 カグヤの面倒臭い態度にため息が出た。


「どういう意味だ…?」


「気になる? じゃあ謝って。カグヤ様をほったらかしにして他の女にうつつを抜かしておりました、申し訳ございません、て」


 謝るだけでいいなら、幾らでも謝るぞ。

 なんて言ったら、また怒られるんだろうな。

 カグヤの言い分はよくわかる。

 ほったらかしにしたのは事実だ。

 ここは素直に謝ろう。


「はあ…カグヤ様に――」


「あのね、リラお姉ちゃんが行方不明」


 カグヤが食い気味に言った。


「おい、ふざけるなよお前…って、え?」


「だーかーらー、リラお姉ちゃんが行方不明なんだってば」


 頼もしいぐらい冷静なカグヤに対し、俺は混乱している。

 あまりに突然の話で、脳の処理が追いつかない。

 行方不明だと?

 どうしていきなり…。

 この国は、思った以上に影が伸びているかもしれない。

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