第二十七話 陰と陽
黒いカーテンが日差しを遮るように閉じている。
敷地面積は王都の一区画に過ぎないが、国中あらゆるところに土地を所有してるため、執事とメイドの数は多い。
国章を刺繍した真紅の垂れ幕は、黄金の椅子へ続く赤いカーペットとうまく調和し、灰色の煉瓦壁を照らすかの如く優雅な異彩を放っていた。
主人の存在感を引き立てる宅邸構造がひと目でわかる。
内装のみで判断するなら王宮より立派だ。
そんな屋敷を我がものとする横暴な男が一人。
「カッハハッ! このような礼儀知らずが魔術王とはな。聞いて呆れる」
黄金造りの椅子にふんぞり返るエルワスは、首にチョーカーを付けた数名のメイドを侍らせつつ、名だたる称号を小馬鹿にした。
俺に代わって握り拳をつくるセラに向けて放たれたものだ。
「弱者を虐げることでしか存在を証明できん与太者風情が、偉そうな口を叩くな」
「こ…まあよい。欲するものはなんだ? 金か? それとも女か?」
ぶくぶくと太った豚に良く似合うフレーズだ。
不摂生な生活が祟ったのだろう。
「双方既に、我が手中にある」
「ならなんだ。申してみよ」
「逆だ。貴様が今、なにを欲しているのかについて聞かせろ」
エルワスはいやらしく目を細めた。
「国家だ」
「ほう、温室育ちにしては随分と大層な野望だな」
「なぁに、もうすぐ叶うわ。そこの女が大人しくしていれば、かねてより所望していた密輸品が手に入る。国家転覆など造作もない凶悪な兵器だ」
「聞いておいてなんだが、話してもよかったのか? 俺が王女に告げ口をする可能性だってあるだろうに」
「それをしたらどうなるか、わからん愚王ではあるまい」
「まあな、限界はあろう」
エイワスには余裕がある。
前衛に盾があり、攻撃手段があり、逃げ道だって確保しているだろう。
大司教も加われば、この国は更に悲惨な結末を迎える。
王女はどうなるのだろうか。
手元に残しておく理由は無いし、即刻処断するだろう。
誰よりも民の幸福を願う人間が真っ先に散っていく今世。
度し難い。
「あの…閣下」
恐る恐るセラが前に出た。
「なんだ?」
「エ…エークイラ伯爵との婚約をは――」
「あぁん?」
「ヒィ…!」
エルワスに威喝され、すっかり怯えきった様子で俺の背中にしがみつくセラ。
カチカチと歯が噛み合わない。
「今更何を言う小娘。貴様はエークイラ五番目の妻に迎え入れられたのだ。取るに足らん妾であろうと、その責務を全うせずして、この国で生きていけると思うのか?」
「お願いします…白紙に戻してください…」
セラは涙ながらに訴えた。
それなのに、エルワスは口の端を吊り上げるだけ吊り上げて、まるで聞く耳を持たない。
視線の先は、セラの下半身、上半身、顔の順に移動した。
舐めまわすように、唇を濡らしながら。
「エークイラに渡すには、少しだけ勿体ないな」
エルワスが狙いを定めて言う。
すぐさま、俺はセラを庇い立てた。
「彼女の言葉を聞き、考えた末の返答がそれか」
「何を焦っている魔術王。どの道売られる身だ。何をしようと構わんだろう?」
「その言葉、もう撤回効かんぞ」
俺は杖に魔力を込めた。
この際、国賊となろうが構いはしない。
結局のところ、こいつは話を聞く気がない。
まるで無い。
私利私欲の権化のような男に、期待した俺が馬鹿だった。
「ま…待て!」
狼狽えるエルワスに耳を傾けるな。
メイド達は一目散に逃げた。
阻むものは何も――、
「そこまでだ」
俺は手を止めた。
聞き覚えのある男の声が聞こえたからだ。
若く渋い声だ。
コツコツと歩く足音も聞こえる。
やがて暗闇から、純白の戦闘服に身を包んだ男が刀剣六本を携えて現れた。
ラングステン…。
「随分とタイミング良く現れたものだ。お陰で手間が省ける」
「一網打尽にできると、そう言うのか」
「無論だ」
俺は再度魔力を込めた。
ラングステンは構えていないようで、その実、全身から力が抜け落ちてる状態。
抜剣に備えた脱力だ。
「……」
ラングステンは何も言わない。
この期に及んで、剣を抜く素振りすら見せない。
だが、この尋常ならざる魔力は、間違いなく臨戦態勢に入っている。
特に、両腕に流し込んでいる魔力量は異常だ。
非才では到底扱えない剣の術理を、この男は持っている。
俺が技を放とうとした瞬間、セラが二人の間に割って入るように立った。
「持ってください! ここで二人が争う理由はありません! それとマスター、乱暴はダメです!」
セラに、少し強めに怒られた。
「いや…お前のためにやってるんだが」
「だとしたら許されない行為です! 師匠は、ただ止めに来ただけなのに!」
「まあ…そうだな」
これ以上反論しても頭ごなしに否定されるだけなのでやめた。
というかセラは間違ってない。
俺が早計だった。
「はぁはぁ…! おのれ!」
何かと思えば、エルワスが椅子から転げ落ちていた。
憎悪に満ち溢れた顔に、小心者らしい足の震えよう。
見ていて滑稽。
それでいい。
「絶対に許さんぞ! 貴様は、貴様だけはワシの手で殺してやるからな!」
そんな腰を抜かした姿で言われてもな。
「その言葉、そっくりそのまま返そう」
「ラングステン! 今すぐ、こやつを叩き斬れェい!」
エルワスは床を這いずるように駆け出し、ラングステンの足にしがみついた。
「なにゆえ斬れと?」
「ヌシも見ておったろう! こやつはワシに魔弾を打ち込もうとしたのだ! そこのセラも同罪、猶予は無い!」
「………」
「何をしている! 早く斬――」
ラングステンがエルワスの首筋に素早く手刀を打ち込んだ。
エルワスは眼球を上向きにして気絶し、うつ伏せで倒れた。
その一部始終を目撃していたメイド達は、心做しか穏やかな表情をしていた。
誰も、主人を介抱しに来ない。
それどころか、主人を痛めつけたラングステンに羨望の眼差しを向けている。
「畜生が…」
ラングステンがぼそりと呟いた。
エルワスに触れた手を絹製のハンカチで丁寧に拭きながら、床に転がる彼を睨む。
「まあそうなるわな」
「魔術王。貴様は何故そこまで他人の人生に介入しようとする。何が目的だ」
ラングステンに、強い目でそう言われた。
「目的は無い。ただ、この国の景観を損ねる腐者がいるのなら、消しておこうと思っただけだ」
「それは誰の為だ?」
「自分の為だ」
俺がそう言うと、ラングステンは顔を曇らせた。
これ以上、長居はしたくない。
なによりセラを危険に晒す。
俺はセラを連れて屋敷の扉に手をかけた。
「待て、最後に一つだけ聞こう」
ラングステンの言葉に俺は足を止めた。
「なんだ?」
「お前の元にいる妖魔の娘。あれはこっち側か?」
意味のわからない質問だ。
それは、生殺の世界に身を置くかどうかの話だろうか。
だとするならば。
「そうだ。カグヤは…俺よりも強い」
「そうか…」
最後、ラングステンの声は穏やかだった気がする。
引き止める様子もなく、ただ静かにその場に残った。
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屋敷から出たことで緊張がほぐれたのか、セラはどっと息を吐いた。
疲れが一気に出ているな。
ふと顔を覗き込んでみると、怒ったようにそっぽを向かれた。
原因は俺らしい。
というか、ラングステンは何をしにエルワス邸に来たのだろうか。
俺達が来るタイミングを見計らっていたような気もするし、偶然とは思えない。
さしたる問題ではないが、一応な。
あと、あの六本の剣。
材質がおかしい。
というのも、総重量が並の刀剣の18倍から24倍はある。
つまり一本あたり、3倍から4倍の重さがある。
小手調べ程度の魔術では傷一つ付かないであろう密度の剣を六本。
どう考えても普通じゃない。
「あいつだけは敵に回したくないな」
「ラングステン様のことですか?」
「ああ、かなりの化け物だ。て、お前の方がよく知ってるか」
「そうですねぇ、あの人は凄いですよ。長らくこのセレスティア神聖国を一人で守り抜いてきたんですから。六晶剣の異名は伊達ではありません」
「六晶剣?」
「そうです。神聖国の守護神に相応しい異名だと思いませんか? この名前、私が考えたんですよ!」
子供のように飛び跳ねながら嬉々として語るセラの姿に、眩い情景が頭をよぎった。
彼女は、昔の俺だ。
守りたいと思った理由はこれか。
ずっと胸にしまい込んでおいた記憶が、再び呼び起こされた気がする。




