第百三話 国家ぐるみの迷子
空いた週末をマルセルタ王国に捧げる。
今居る場所は、送られてきた書状に記載されていたところ。
「……はぁ」
何故だか知らないがため息がこぼれた。
書状の差出人はギルバート・シン・マルセルタ。
先代のマルセルタ国王の甥にあたる人物だ。
「お師様宛の書状なんて珍しいですね」
「どういう意味だ」
うっかり聞きそびれてしまいそうな無礼を働かれた。
リスティナは、たまにそういう事を口走る。
「おー! ピッツァ、イタリアァァンヌッ!」
目元にクマを蓄える少女が、クハァと酒癖悪く店から出てきた。
カグヤと一緒に出てきた。
絶賛、個人依頼受付中の私立探偵、ミサだ。
飲酒解禁の反動で、ここ最近は昼夜逆転の生活を送っている。
「ほんと、お前はなんでも知ってるよな。これにも目を通したのか?」
「うん。マルゲリータ王国のモッツァレラさんがチーズ焦がして牛さんに頭下げてたんでしょ?」
「全然違う。マルセルタ王国のギルバートさんが国庫を尽かして俺に頭下げてるんだよ」
「うわっ、そっちかぁ。惜しい…!」
「惜しくない」
旧国王マルセルタ・ドーランとは古い付き合いだ。
できることなら協力してやりたいが…。
「マルセルタと言えば、世界一王宮が広い事で有名ですよね?」
まさしく、俺が今言わんとしたことをセラが代弁してくれた。
「その通りだ。国家緊急常民避難機構、との名目で建てられたハリボテの祭典がこれになる」
王都までの道のりを転移魔術でカットし、セラの瞳に壮大な景色を投下した。
街ゆく人に横見されながらも、セラの隣で愛想を振り撒く。
「お知り合いですか?」
「全然」
マルセルタでも俺の名前は周知されている。
なんなら、でかでかと新聞に載った。
天撃の魔術王がマルセルタ王国を滅ぼした、と。
事実とは異なる記事を書かれた。
でも、それを俺はでっち上げとは思わない。
先代国王の処分から、軍事機能を麻痺させるところまでは事実。
最終的には経済以外の全てを掌握した、てのは盛りすぎだ。
「広い……住みたい」
「掃除が大変だ」
「敷地面積だけでも相当ありますもんね。見た感じ、セレスティアの数倍はあるかもしれません」
「だな。騎士団程度なら数百は収まるだろう」
「たしか、マルセルタの圧政を正した魔術師もマスターでしたよね。懐かしいんじゃないですか?」
「……その話は、あまり」
「あ……私ってば、すみません。お気を悪くしましたか?」
「いや、そこまでではないが、思い出したくはなかったな」
前代未聞のカオス時代。
敵味方に裏切り者が大量発生して、泥沼化した記憶がある。
はっきり言うぞ、ヤバかった。
反乱軍のリーダーが王国軍の内部抗争に巻き込まれて死んだと、いの一番に話してくれた女性が、まさかの王国軍の軍団長だったりと、もはや敵味方がぐっちゃぐちゃになって、人間不信に陥る時もあった。
唯一親身になってくれた修道女も結局は王国側の人間で、「ねぇ? 断罪教って知ってる?」などとぬかす右翼派の狂信者だったりと、地上の悪意を蜂蜜ばりに濃縮したハッピーセットだった。
あの頃は、ほぼ毎日のように胃薬を飲んでいたな。
不老不死なのに。
「反乱軍の暴走を止めたところまでは知ってるけど、実際のところどうなのよ」
「……」
「え、何その間」
「今まで散々苦しめられてきたのだから、思い切りやり返してやれと、発破までかけてしまった」
「あー……グッチョブ!」
「グッチョブじゃない」
そもそも反乱軍のリーダーが王国軍の内部抗争に巻き込まれる時点でおかしい。
考えれば考えるほど精神が摩耗する戦いだったな。
「あー、やばい。ピザの話してたらピザ食べたくなってきた」
「ピザの話はお前しかしてないけどな?」
ミサの自由行動が物語っている。
結局のところ、変わりやすい土地なんだ。
年がら年中気候が安定しなくて、住民にも気分屋が多い。
ただ、囚徒の再犯率が他の国と比べてずっと低いのは褒めるべき点である。
更生の余地があれば猶予を設ける方針に変わったのが大きいだろう。
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マルセルタ随一の迷子スポットに到着。
世界的にも有名な、世界一広い王宮に着いた。
初めは入口が分からなくて色んな人に聞いた。
建物の周りをぐるっと一周する頃には、一時間過ぎていた。
やたら恰幅のいい女騎士が書状を確認し、案内役をかってでてくれたのだが…。
ご同行願えますね? と言われた。
俺は罪人なのだろうか? と思った。
第一印象は人それぞれだからな。
「ここも違う。ああ、ここも…うーん」
リスティナが王宮を見て回る。
ついて行くと、歩幅が変わった。
俺のペースに合わせてくれている。
「にしても広いな…」
華美な装飾こそないが、本当に広い。
まず部屋の数が恐ろしい。
西と東だけで2000室を超える。
余裕でセレスティア以上だ。
「何を探してるんだ?」
「えーっと……秘密です」
「そうか」
リスティナの行動が読めず、今しがた無力感を覚えた。
でもまあ、楽しいっちゃ楽しい。
こうして色々な部屋を見て回って、たまに豪華な部屋に行き着くと興奮して……。
「あ…」
不可抗力で開けた扉が俺にとっての正解。
そして、セラにとっての最悪かもしれない。
「遅かったね、アビル」
カグヤの存在は確認。
やっぱり可愛い。
「お久しぶりです、アビル様」
ドレスをつまみ上げる上品なお辞儀。
幼い仮面を取り払った美の極地。
セレスティア神聖国第一王女、カルネラ・フルリクト・セレスティア。
「……」
美貌と、貫禄が人の域を超えている。
思わず見とれてしまった。
髪を結わずとも、剣を持たずとも。
その瞳はセレスティアと重なる。
「臆病な妹は姉の背中を見て育った。お前はどうだ?」
「わたくしは、誰よりも自由な姉の存在を疎ましく思っております」
「だろうな」
カルネラの冷笑的な薄笑いは健在だ。
その自信、嫌いでは無い。
「ところで護衛はどうした? まさか一人で来たとは言わんよな」
「え、一人ですけどなにか?」
「は…?」
「明日に向けての重要な打ち合わせですもの。お忍びに決まってます」
カルネラはぷんぷんと怒ったように頬を膨らませた。
あざといにも程がある。
「あー…はい」
打ち合わせ、とはなんだろうか。
マルセルタ王が来ればわかるだろうか。
書状には、金を貸してくれとしか書かれてなかったし、謎だな。
というかカルネラに聞けばいいか。
「なあ。その、打ち合わせってなんのことだ?」
「……知りたいですか?」
「知りたい。是非とも教えてくれ」
「教えて、くれ?」
「……」
やっぱり、マルセルタ王が到着するまで待とう。
高くつくから。




