第二十一話 謁見
芸術を感じさせる豪華絢爛な王宮内は広さにしてメイルイ王国の5倍はある。
水捌けのいいツルツルの床は埃が無く、天井を埋め尽くす絵画がぼんやりと映し出されている。
謁見の間に続く通路の壁際には女性を象った銅像があった。
長い髪を結んだ若い女性の銅像だ。
これがセレスティアなのだろうか。
気になったので、少しだけならいいだろうと眺めていたら、とびきりの笑顔で迫り来る何かを感じたので先に進んだ。
メイド服姿だった気がする。
それはそうとして。
歩きながらこっそり数えていた部屋の数にも驚いた。
片側でざっと200室。総数は1000を越えよう。
敷地面積も相当なものだ。
客人をもてなす特別室には使用人や近衛兵がいて、巡回をする兵士は特に屈強。
それに加え、不気味なぐらい笑顔を絶やさない。
初めは傀儡かと思ったが、精神干渉を受けた形跡が見られなかった。
つまり素で笑っている。
そんなに幸せな生活を送っているのだろうか。
「引き返したいな…」
俺は足を止めた。
まるで罠でも張っているかのように謁見の間が開いていたからだ。
玉座に座る豪華な服を着た女も見える。
仰々しい兵士が磐石となり、右方と左方で向かい合う。
そこには一切の油断も隙も無い。
神経を研ぎ澄まし、王を守るために忠誠を尽くしているのだ。
玉座に最も近い列席側には、兵士とは違う装いの男女が四名。
同じ系統の服でありながら、全員が違う色を着ていた。
東西南北を死守する護衛か、もしくは序列により決まっているのかは定かでは無い。
それを遠くから入らずに見ていると、金属的に輝く金色の髪をした女が玉座から降りてきた。
「何をしていらっしゃいますの?」
王女と思しき女が困惑した様子で聞いてきた。
「暑苦しくて入るのを躊躇した。今はもう平気だ」
「左様でございますか、ではこちらにお越しください」
「いや…ここでいい」
俺は、またしても躊躇った。
兵士達が声を上げて大盛り上がりし始めたからだ。
歓迎されているようで嬉しいことは嬉しいが、詮索はされたくない。
手短に済ませたいのもあるし、そもそも観光をしにここまで来たわけじゃないからな。
「まあまあそう仰らずに、入ってください」
「じゃあ…」
抵抗するだけ無意味だから入る。
ぐずる子供に思われたくないから。
俺が入った途端、兵士達の目の色が輝き出した。
「おお…! この方が、かの有名な天撃を倒した魔術王様ですか!」
「魔女の弟子とは本当ですか!?」
「革命軍の英雄だぞ! 本当に決まってる!」
兵士達はてんやわんや。
言い争いまで始める始末。
期待を裏切るようで申し訳ないが、返事は割愛させてもらう。
軽く会釈したところ、更に追加で質問が飛んできた。
「戦乙女は実在すると思いますか?」
小柄な若い女兵士が言った。
たった一人だけ、この兵士だけ真剣な顔だ。
これには答えてあげよう。
「実在する」
「どうしてそう思われるのですか?」
「先代魔術王は長らく戦乙女と共にあった。後に道を違えたが、お互いがお互いの思想を否定したことは一度として無く、個々が示した理想の全ては力によって証明され、良い意味で世界情勢を大きく変えた。文献にそう記されている。これに関しては、お前らの方が詳しいんじゃないか?」
「詳しくなんてないです。歴史書は嘘ばっかりですから」
「それは否定できんが、筋書きは概ね当たっていると言えよう。歴史書とやらは結局のところ、大望に羽をつけて飛ばしたものだからな」
俺がそう言うと、女兵士は絵に書いたような薄笑いを浮かべた。
「だとしたらヘンテコな人なんですね、魔術王って。何処へ行くにも王冠なんて付けて王様気取り。いや、凄い人だとは聞いてますよ? でも、変な人だなって、ふと思ったんです」
そう言って女兵士は視線を落とした。
俺を気遣ってか、言いたいことを胸の内にしまいこんだ感じがする。
本当は、あまりいい気分じゃないのだろう。
感じ方、捉え方は人それぞれだからな。
「王冠は戦乙女から贈られたものだ。魔術王はそれを生涯大切に持ち続けていただけのこと。大方、ずっと付けていて欲しいとでも言われたんだろう」
俺の言葉に女兵士は少しだけ明るく反応した。
「…え? そうなんですか?」
「そうだとも。最後の最後まで不器用で、一途で愚直な男だったのだ。死を目前にして王冠だけは守ろうとしたくらいに」
「馬鹿な人ですね…」
「そうだな。まあ、俺が憧れている人の一人だ。当然と言えば当然か」
「あ、いや! あなたを悪く言いたいわけじゃなくて! えーっと…その」
「わかっている。その魔術王と俺は別人。真似ているから似たのだろう、俺がな」
「…なるほど」
女兵士は満足気に後ろに下がって、頭を軽く下げた。
文献に記されていた事の大部分を省いて説明したが、彼女にとっては十分過ぎる回答だったらしい。
先代。禁獄の魔術王か。
一度でいいから会ってみたいと、心の底から思ったものだ。
「あの…そろそろ宜しいでしょうか?」
王女が眉間に皺を寄せて頬を触る。
そうとうご立腹な様子だ。
「すまんな。つい、感慨にふけっていた」
「ええほんと…反省してくださいね」
「あ…ああ、本当にすまない」
次は無いと念を押された気がした。
かなりの罪悪感を滲ませつつ、俺は王女が玉座に着くまで少し待った。
兵士達は通り道をつくり、神妙な面持ちで平伏した。
謁見の間に、まったくもって馴染まない張り詰めた空気が満ちていく。
早く終わってほしい。
もし長くなるようならカグヤのところに戻ろう。
どの辺をほっつき歩いてるのかは知らんが、索敵能力を使えば一瞬でわかる。
コウも一緒だとはいえ少し不安だ。
不安は顔に出て、王女におでこを突かれた。
冷笑的な薄笑いに身の毛がよだつ。
「では改めまして、わたくしはセレスティア神聖国第一王女カルネラ・フルリクト・セレスティアにございます。現魔術王アビル・スターマイン様をかねてよりお慕い申し上げておりました。こうしてお会いできた幸運、光栄を噛み締めておりますわ」
王女カルネラは豪華絢爛なドレスを上品につまみ上げ、片足を一歩引いた魅せる挨拶をした。
花咲く笑顔の仮面を貼り付けた顔に堂々たる立ち振る舞いが上手い具合に調和して、高級人形のような美しさを醸し出している。
カルネラは王女らしからぬ目下の物言いで場の空気を鎮め、支配。
貫禄は、もはや女王の域である。
「隠居の身だ、栄光などありはしない」
「お戯れを。アビル様の栄誉は百も二百もあります。それになにより、わたくしが謁見したという事実こそが本命。願ったり叶ったりというものでしょうか」
カルネラは、とろけそうなほど甘い笑顔で話を続けた。
「神聖国の王女、まして第一王女が狙われたとなれば周辺諸国の動きはより活発になります。そう遠くない未来、我が国に次々と花束が贈られる事でしょう」
側近がいる手前で、平然と企みを明かすカルネラ。
ようは国土を伸ばしたいのだろう。
周辺諸国を取り込み、一つの国にしようと目論んでいる。
俺を背後につければ交渉がスムーズに進むと考え、教皇を通じて謁見の場を設けたのだ。
賢王からの入れ知恵の可能性もあるが、カルネラは結末までの計画を暴露した。
予め決めていたようだ。
セレスティア神聖国は周辺三カ国では最大の規模。
懐柔に成功したら、後に実権を握るのは間違いなく彼女だ。
女王制の弊害が、こんな形で切り札になるとはな。
「こう見えてわたくし野心家ですの。どうです? 嫌な女でしょう?」
「いや、美辞麗句で取り繕う人間より、本心をさらけ出す人間の方が好みだ。程度によるがな」
「わたくしの野心は深海よりも深く、望みは天よりずっと高い…ずっとずっと高いものです。どうでしょうか?」
「手中に収められたのなら、それは栄光といえよう。お前の口ぶりから察するに、それは俺の手など借りずとも届く範疇だと推測できる」
嫌な流れになりかけたので、俺は鼓舞するように激励を述べた。
すると、カルネラが前額部に細い血管を浮き上がらせて、影のように暗い笑みを浮かべた。
「のらりくらりと躱すのですね。捜し物、手伝ってあげませんよ…?」
背後から聞こえたなら間違いなく鳥肌がたったであろう引き攣った声。
脅しか。
容赦のないやつめ。
「それは困るな。もうこの際、俺の名前は好きに使っていいから助力を願おう」
「感謝致します」
カルネラの機嫌は元通り。
むしろさっきより顔色がいい。
側近四名が椅子とテーブルを用意してくれたので、カルネラと向かいあわせで座った。
先程少しだけ話をした若い女兵士は目をぱちぱちと開閉させて驚いたように口を開けていた。
「むっ…ああそういうことか」
見上げた時、カルネラは満開の笑顔だった。
普通は王女が座るまで待たなければいけないのに、俺は傲慢無礼を働いたのだ。
だから兵士達が青ざめている。
室内温度は急激に下がった…ような気がする。
思えば、こんな性格になったのはいつからだろう。
記憶は鮮明なのに、はっきりこの日だと断言できない。
「すまん王女」
「お気になさらず」
カルネラは静かに席についた。
紅茶と高級そうな菓子が二人分卓上に置かれた。
優雅にお茶を楽しむ淑女と、華やかなセット一式。
先代も同じことをしてたのだろうか。
そう思い、じっと彼女を眺めていたら目が合った。
カチャンと微かに音がして、俺は姿勢を正した。
「アビル様がお越しになられた理由はメイルイ王から伺っております。ある女性を探しておいでだそうで」
カルネラは見透かしたように言った。
おそらくメイルイ王は電報を怪文書形式で送ったからだろう。
傍から見れば意味のわからない、薄気味悪い文章だが、ある法則に従ってなぞれば読み取れる文章を彼女に宛てた。
万が一にも情報を漏らさないために。
文面から情報を読み取る労は計り知れない忍耐を必要とする。
鼻を高くするには十分過ぎる理由だ。
「ミコ。俺が連れてきたカグヤという娘の母親だ」
「妖魔族、それも純血だそうで」
「ああ、だからカグヤは半魔に該当する。大目に見てくれたのはこれが理由だろう?」
「違いますよ。単にアビル様と一緒だったからです」
「…どういう意味だ?」
「これまでアビル様が手を差し伸べられた方々は善人ばかりですので問題ないかと思い、滞在を許可したまでですよ」
有難い言葉に、俺はそっと胸をなでおろした。
カルネラは席を立ち、側近四名に目配せをして兵士達全員をさげた。
女兵士一人残して、側近四名も出て行った。
三人だけが残された。
「自由は保証します、ですが安全は保証できません。この国の治安は良いようで悪いですから、事件は度々起こります。特に殺人、誘拐は年々増加傾向にありますね。つきましてはアビル様と、そのお連れ様に護衛及び監視官をつけさせていただきます。ここにいるセラと入国審査を担当していたセラの姉リラが日替わりで担当しますので覚えておいてください」
カルネラは、もう決めたからと言わんばかりにキッパリと言った。
そんな風に突きつけられたら誰だって断れない。
カルネラは最後に女兵士に何かを耳打ちして、謁見の間を後にした。
深々としたお辞儀からは何も読み取れなかった。
耳をすませておけばと少し後悔。
「セラ…だったか。今日からよろしくな」
悩ましい現状だ。
自由とは一体。
「はい。よろしくお願いしますマスター」
俺は耳を疑った。
この声は、この女兵士から、セラから出ていたものなのに言葉がおかしかったからだ。
マスター…? 誰だそいつ。
スターマインを略したのか?
まだ愛称呼びする仲ではないはずなのだが、セラは無表情ながらも嬉しそうな頬をしていた。
薄く着色されたような桃色の頬だ。




