第二十話 入国審査と神聖国
城門前では、多くの人がふるいにかけられていた。
魔族は勿論のこと、魔族を崇拝している人までもが立ち入りを禁止され、あまつさえ高名な工芸士が作ったであろう物品までもが押収されていた。
包み隠された馬車の荷台をくまなく詮索して、次々と掘り出していく様は見ていて悲痛。
その場に呆然と立ち尽くすものや、泣き崩れる者さえいた。
順番待ちがあるようだが、列はそう長くなく、すぐに俺達の順番がきた。
谷間を露出させた、けしからん見た目をした女性入国審査官。
背は高く、淡い瑠璃色の髪は肩にかからない短さで、煌々たる太陽を反射していた。
彼女は俺から杖を奪い取り、鋭く疑り深い黄金色の瞳で俺を見た。
「ダメです」
冷淡な口調で一言、そう言われた。
「何故ダメなのだ、賄賂が欲しいのか?」
「そんなもの要りませんし受け取りません。ダメな理由は、お連れさんにあります」
彼女は、菓子箱を抱えたカグヤに俺の杖を向けた。
「あの子です」
さも当たり前のように、他人の杖を他人に向けるなと言いたい。
しかし、高圧的な態度に出れば追い返されるだろう。
ここは気持ちを抑えて、慎重に詳細を尋ねるべきだ。
「あの娘がどうかしたか?」
「妖魔族ですよね、あの子。だからダメです」
「妖魔…? 知らんぞそんなもの。あやつは人…」
ちょっと待て、カグヤが妖魔族だと?
聞いてない聞いてない、意味がわからない。
匂いは人間、体つきも人間。
妖魔とは原型をとどめないもののはず。
仮に俺の情報が古いとしても、数百年程度で身体構造が変わるわけがないし、そもそも生殖方法が違うのだ。
人は交配、妖魔は憑依。決して交わらない二つ。
でも、この女が嘘をついているようには見えない。
なにより嘘をつく理由が無い。
優秀な門番が、ここまで憎らしいものとは思わなかった。
「正確には半人半魔です。でもダメです」
「貴様は、それしか言うことがないのか…」
「入国審査官ですから。さあ帰った帰った」
女に背中をずいずいと押されて、カグヤの前まで連れてこられた。
荷物をまとめて共に去れということか。
なるほど。
巫山戯るな馬鹿者。
このまま、おめおめと帰れるものか。
こちとら一ヶ月かかったんだぞ。
「カグヤ。お前は混血なのか?」
「うん。ママ妖魔」
「うん、じゃない。そういう事は早く言え」
「はい」
まるで関心が無いのか、カグヤはポカンとしている。
コウが菓子箱に手を伸ばすと、意地汚く手を払った。
独り占めしたいらしい。
「なんだか変な子です。娘さんです?」
「いや、拾い子だ」
「なるほど。ダメです」
女の言葉には抑揚がなかった。
一貫として通す気はないらしい。
なら、こちらにも考えがある。
「隻眼侵食従者」
俺は女を操ることにした。
隻眼侵食従者とは、視線を合わせるだけで相手の思考を掌握する精神干渉系の瞳術。
障壁を張ろうと何をしようと、瞳が合えばそれで終わり。
の、はずなのだが…。
「残念、ワタシには効かんです」
ふうとため息をついた女の額には角が生えていた。
龍族特有の渦巻く年輪の入った角だ。
「チッ…同種族には通用しないか…」
「当たり前です。龍族舐めたらアカンです」
女は、ふふんと鼻を鳴らした。
自身が龍族であることに誇りを持っているようだ。
「なあ、どうしたらここを通してくれる」
「ダメです。その子いる内はダメです」
「中身は完全な人間だ。ダメか?」
俺は力強く頼み込んだ。
交渉に次ぐ交渉を重ねていく内に、女が悩み始めた。
「うーん…ちょっと待つです。相談しにいくです」
女は、そそくさと城門の中へ入っていった。
今なら入れるのでは…?
いや、やめておこう。
彼女なりに譲歩してくれたんだ。
せっかくの厚意を踏みにじっては、無作法というものだろう。
「ねーねーアビルー、まだ入れないのー?」
退屈が限界に近いカグヤ。
なぜかコウの襟袖を千切らんばかりに掴み、仕置きのように引き摺っていた。
「姐さん…ごめんなさい…」
「許さない。お菓子返して」
「うう…」
「返して返して」
「ひぃ…!」
コウが涙目で橋際に追い詰められた。
今、カグヤはどんな顔をしているのだろうか。
後ろ姿でわからない。
やがて口論に発展した二人は、どつきあいを始めた。
あ、そろそろやばい。
止めに入らないと。
まったくコイツらは……て、誰だ?
コウの髪を掴むカグヤを治めた男がいた。
牧師、神父のような格好の男だ。
明るい香色の髪に、おっとりとした顔立ちをしている。
「まあまあ、続きはセレスティアに入ってからにしましょう」
二人を仲裁する一人の男。
傍らには、先程の女審査官いる。
上手く事を運んでくれたみたいだ。
神父はカグヤとコウを女審査官に案内させてから後任と思しき青年に軽く頭を下げていた。
青年は快く引き受けてくれたようで、神父はほっとした様子。
神父の胸元には十字を象る首飾り。
先端がやや鋭利に見えた。
明滅する光が胸元から出ており、装飾品の手入れを日々欠かさない周到さが伺える。
いつの間にか、神父は自然な笑顔で会釈をしていた。
「お待たせしまい申し訳ありません。わたくし、セレスティア神聖国教皇のエルバンノ・サーチスと申します。メイルイ王国より電報を頂きましたので、お迎えにあがりました」
視界を染め上げる後光が差している。
まさかこの神父が教皇だとは。
これまた、どえらいのが出てきたな。
「俺のことを知っているのか?」
「ええ勿論。といいますのも、アビル様は有名ですから知らぬ方はおらぬかと。それに、ここはかつて、曙光の戦乙女が先代魔術王と共に過ごした思い出の聖地。通り名ばかりが先行しておりますが、真名は存じて上げております。アビル様もその一人です」
「この俺も有名になったものだ。まだ何も成し遂げてないというのに」
「お戯れを。因みに、ご存知かとは思いますが、一部界隈では懸賞金がかけられていますね。アルストロメリア金貨5000枚だそうで」
「いや、それは知らなかった」
世界屈指の魔術大国アルストロメリア。
その名前が今、なぜここで。
大枚はたいて何がしたいんだ。
「そうでしたか。まあ積もる話は後にして、早速ですがご案内させていただきます」
「一人でも構わんぞ」
「申し訳ありませんが、上の指示に背くわけにはまいりませんので」
「異な事を申す、お前は教皇だろう」
「この国では王女の命が絶対です。王女より、すぐにアビル様をお連れしろとの勅命を賜りまして」
「ひとつ聞かせろ。なぜ俺の存在が王女に知れている」
「王女に伝えるように仰せつかりました。メイルイ国王に」
「…………」
「アビル様?」
「あの…策士王」
教皇エルバンノは、自身が何かまずいことを言ってしまったのかどうかを心配しているようだが、そうでは無い。
こやつは何も悪くない。
俺が怒る理由はただ一つ。
あの賢王に、手のひらで転がされてる気がしてならないからだ。
あやつは俺の理解の及ばない範囲から盤上を見て、最適な人材を最高のタイミングで動かす。
生殺を厭わない暴君と違い、最も堅実な道を選ぶ。
驚くべきことに、それらは実績が伴っている。
並大抵の人間では実行できないことを平然とやってのける人間。
度し難いほどの正道をいく男だ。
その上、手の内は明かさないとくるもんだ、本当に腹が立つ。
「はぁ…まあいい、案内してくれ。二人も待ってることだしな」
「ええ、では参りましょう」
エルバンノの後に続くように、俺は神聖国内に入った。
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門を抜けた先、正面には赤く長い垂れ幕が純白の城壁にかけられていた。
かなり遠くにあるが、はっきりと見えるぐらい大きい。
周囲に視線を向けると、今度は近代的かつ上品な建造物が建ち並ぶ街並が目に飛び込んできた。
住居をまたいで等間隔でお店があり、祭事が催されているのか人通りが多い。
出店も多く、声をだいにして客を呼び込んでいる看板娘や店主などが多数見受けられた。
なんならサウロの街ぐらい活気がある。
下手に着飾らない一際大きい教会は、神聖国きっての憩いの地だそうだ。
ここらへんは、エルバンノが色々教えてくれた。
歩き続けるうちに、段々と街全体が明るくなっていく。
王都に近づいているのだ。
少しづつ、少しづつ人の流れも変化していた。
そこで気付く。
なんと、王都は獣族や亜種族の居住区域になっていたのだ。
これにはかなり驚いた。
寸刻前に通過した街にも、たしかに獣族はちらほらいた。
しかし、ほとんどは人族。人間だ。
にもかかわらず、少し進んだ先にはこのような別世界が広がっていた。
人族の男が、猫人族の女と手をつなぎながら歩いている。
エルフの男が、人族との間にできた娘を肩車して一緒に遊んでいる。
さらには、ドワーフの男と人族の女が一緒に花屋を営んでいたりと、他にもこういうのが沢山いた。
共生というよりは、本来あるべき姿はこれなんだろうな。
差別など絶対にあってはならないし、もししてしまったら、自分の知らないところで、自分の知らない誰かに飛び火する。
それが世の中だ。
「ここか…」
「ええ、ここです。話は通してありますので、このままお進み下さい」
国内に入りすぐに見えた純白の城壁が、もう目の前にある。
聳え立つ壁は厚く、低級魔術では傷一つつかないであろう魔法陣が刻まれていた。
門番は強面の男二人。
筋骨隆々で笑顔だ。
ゾッとした。
どうして笑っているんだ。
なぜ笑っていられるんだ。
「ではわたくしはこれで」
エルバンノが一礼して、背を向けて歩み出した。
「お…俺一人でいくのか?」
「そうらしいです」
「まさかそれも…」
「はい、メイルイ国王からです。では」
美しい所作でお辞儀をするエルバンノが憎らしく思えた。
門番が重厚な鉄門を力強く押していく。
血管が浮き出るほど重いらしい。
汗だくになりながらも笑顔を崩さない屈強な門番に見送られ、俺は王宮の中に入った。




