第五十六話 光と影
レグリクス公国、首都レグレアス。
革命軍の本拠地がある場所だ。
昨日、ここで開かれた会議は罵声に罵声のカラオケボックスと化した。
音に聞く閻魔大王が議長を勤めていたからである。
「一体いつになったらあの馬鹿は帰ってくるんだ! えぇ!?」
怒り狂うレヴェストリカを止められる者は、もうこの場にいなかった。
大公フォルワードはレヴェストリカの顔色を窺うやいなや、一目散に逃げ帰ってしまった。
彼女の衝撃的なまでの憤怒を前に、しり込みしたようだ。
残された兵士達はみな涙目で書類の回収作業にあたる。
「うわっ…今度はテーブルを投げたよ。怖いなぁ」
「パパもこんな風に怒られてたのかな」
カグヤとリスティナは飛び散るテーブルの破片をぺちぺちと払い、冷静に状況を見ていた。
一方でルインは冷や汗をかき、ハンカチが手放せない様子。
「まあまあ落ち着いて。諸般の事情があったにせよ、結果的にルーセント殿のお陰でセレスティアが救われたのです。並み居る法輪の邪教徒を守護神が、頭目のランマを鬼哭流星群たるルーセント・スターワークスが退けた。革命の功績としては申し分無いでしょう」
「そんなことはわかってる! わたしが言っているのは報告だ! 上司のわたしに何の断りもなく、過去の約束がなんだかんだと、うろ覚えてるのかすら怪しいわけのわからない理由をこじつけして笑った奴の舐め腐った態度が気に入らん!」
レヴェストリカの鬼気迫る怒鳴り声に、ルインがあららと圧されてしまう。
元はと言えば彼が悪いのである。
厳密には、彼と彼の祖国が。
「あーもう! 同盟の件は白紙だ白紙! やってられるか、こんちくしょう…!」
レヴェストリカの八つ当たりは、いよいよもって手が付けられない。
折角手入れした髪をぶちぶちと、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
しまいには、潤う瞳を乾かすより先に腕をひっ掻いた。
「その、髪の毛は大事にした方が…」
カグヤがそう咎めると、レヴェストリカは露骨に嫌そうな顔をした。
「うるさいな…半妖風情が」
そうぼやきつつも、レヴェストリカはカグヤを糾弾しなかった。
ガキ一人の戯言と一蹴したのかもしれない。
「そもそもなぜ流星までも引き入れた。法輪への牽制なら、セレスティア一つ抱き込めば十分だったはずだ」
「今までならそれで良かったんですがね……帝国が表立って動き出す兆しが見えてきたので」
「……誰からの情報だ?」
「宰相アバドンより仰せつかっております」
「あんの…! 一国に付きっきりの先代か……」
レヴェストリカは歯噛みする。
そして、だらんと肩の力を抜き椅子に腰掛けた。
「アバドンさんを知ってるんですか?」
とカグヤが疑問を投げかけ、レヴェストリカは答えにくそうに口を開いた。
「腐れ縁だ。昔世話になった」
「へぇ。じゃあルインと同じなんですね」
「まあ……こいつほど荒くれては無かったけどな」
レヴェストリカがそう言うと、ルインはうへへと気持ち悪い二ヘラ笑いを浮かべた。
「あいつは腹の底が読めんが、嘘をついたことは無かった。きっと帝国の話も本当なのだろう」
「今まさに、アビルが調査してる場所でもありますからね」
「魔術王か…」
レヴェストリカの落とす呟きは、不思議にも黒い風をリスティナに見せた。
「あの…お師様と何か因縁が?」
「お師様? ああそうか、お前は奴の弟子なのか。そうかそうか……」
「あの…」
「奴はな。わたしの息子を殺した男なんだよ」
レヴェストリカの発言は、周囲に憎しみの存在を知らしめるものだった。
同時に、笑顔でもあった。
ふっと懐かしむような、滅裂な感情がさらけ出されている。
「あ…えっと」
カグヤが言葉に詰まる。
今は、何を言っても地雷に成り代わる。
そう思った。
「ふふふっ……おいおいどうした? 誘引の香気が垂れ流しだぞ」
「その、どういった経緯でそうなってしまったのか。それ次第では…」
「………」
「あ、いえ! 別にアビルをかばってるとかじゃなくて! その……」
「人の子を殺しておいて、情状酌量があるとでも?」
レヴェストリカは、ゆらりと黒い霧を纏いつつ立ち上がる。
カグヤは指一本動かせずにいた。
「おいルイン。たしか貴様の主は私たちと同盟を結びたいと言っていたな?」
「はい。それで、もし可能であればリーグス王国にも声がけをして頂きたく」
「フッ……いいだろう。ならこうしよう。奴がもし、生きて帝国を出られたのなら、わたしの元に連れて来い。それが条件だ」
「のみましょう」
カグヤとリスティナの驚いた反応を無視し、ルインは承諾した。
なにも、状況を理解してなかったわけじゃない。
この場では、それが最善だった。
即答が命と知っていた。
「お願いします…これ以上アビルを苦しめないでください…お願いします」
カグヤが地面に手をつき、レヴェストリカに頭を下げた。
いきなりの土下座に、周囲の視線は一気に彼女の方へ向いた。
泣きっ面を隠すが如く、その土下座は深く縮こまっていた。
何が彼女をそこまで駆り立てるのか。
泣いてまで、守りたいものは何なのか。
どれ一つに絞ろうと、彼女の背中に落ち着きが戻ることは無いだろう。
そんな彼女を抱き締めたのは、他ならぬレヴェストリカであった。
レヴェストリカはカグヤを胸いっぱいにまで大きく包み込み、優しく背中を摩った。
魔族特有の高い体温が、カグヤの警戒を易々と飛び越えた瞬間――、
「お前にはわたしと同じになって欲しくない。だからわたしに任せろ、な?」
「え…?」
レヴェストリカの緩い抱擁は、何故か心の奥底まで染み渡った。
カグヤの瞳がゆっくりと暗がりに沈んでいく。
それはまるで、死に別れの親子を見ているようだったという。




