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第十九話 コウの過去

 時は西暦2XXX年。

 ある少年が、何処かで、何かをしていた年だ。

 白く高い建造物の最上階。

 上は曇天、下には灰色の地面と、真っ直ぐに引かれた白線がある。

 少年は、背丈と同じほどの高さの網を越えて、見下ろすように、ただ立っていた。

 少年の瞳には光が無く、身に付ける白い服には赤い液体がまばらに付着しており、その赤い液体は時間経過で粘性を帯びていた。

 少年は、それを気にもとめない様子で、何もかも諦めた目をして立っていた。



---



 少年は大陸の東に位置する、とある島国にて誕生し、白い建物の一室で日がな一日天井を見つめて過ごしていた。

 この世に生を受けてから長いこと、ずっと。

 暇つぶしをしようにも体は重く、手足は動かない。

 余命は幾ばくも無いらしい。


 親兄妹の顔はしばらく見ておらず、来た時に限って少年は睡魔に襲われた。


 ――痛い、辛い、眠い、早く死にたい…。


 少年の心はそれでいっぱいだった。


 ビッピッピッと電子的な音が流れる中、少年は死ぬことばかり考えていた。

 それでもまだ死ねない。

 自死を許されない世界だからだ。

 せめてお腹は満たしたいと、少年は戸棚の上に据えてある果物カゴに身を近づけた。


 当然の如く少年は落ちた。

 戸棚は倒れ、けたたましい音が鳴り響いた。

 食べたかった果物は床に落ちてしまった。

 数多の衝突音は建物中に響き渡った。


 その音に引き寄せられように、白衣を着た女性が慌てた様子で部屋に入って来た。


幸太郎(こうたろう)さん! 大丈夫ですか!?」


「う…あ…」


「すぐにベッドに戻しますね!」


 少年は白衣を着た女性に抱きかかえられて、ベッドに戻された。

 その女性は先生を呼んでくると言って足早に去っていった。


 ――ほっとけよ…畜生。


 少年は自己嫌悪するほどの酷い暴言を心の中で吐いていた。

 本当は思いたくなかった。

 助けてくれたのは嬉しいけど、どうせなら楽にして欲しかったから。

 でもそれは叶わぬ願い。

 少年は諦めていた。

 だからお腹を満たそうとしたのだ。


 それから家族の見舞いが増えたのもあり、少年は少しづつ考えを改める。

 愛されていたと知る。

 両親と腹を割って話して、妹とも久しぶりに話をした。

 見ないうちに妹の背丈は伸びていて、女性らしさが滲み出ていた。

 少年は何故か嬉しくなった。

 こんな体は自分だけで良かったと。

 きっとこれから、多くの人と出会うのだろうと。

 彼氏はいるのか、いるなら結婚は考えているのか、将来の夢は何か。

 聞きたいことは山ほどあった。


「お兄ちゃんが良くなったら、みんなで魚釣りに行こうよ」


「釣りはちょっと…てか、お前彼氏いるんじゃないのか? 勘違いされるだろ」


「え? わたしは別に構わないけど?」


「…は?」


「お兄ちゃんが一番だもん。どうってことないよ」


「ちょっとまって意味がわからない。て、まっ――!!」


「ていやー!」


 少年の制止を聞かずに、妹は飛び付いてきた。

 そして、そのまま眠った。


「はあ…」


 頭を痛めつつも、少年は嬉しそうだった。

 妹の行動に、思うことがあったのかもしれない。

 こんな日々が続くなら、と。


 しかし、人生とは山あり谷あり。

 突き詰めれば大海に身を落とし、海高をもがいて深海に行き着く。

 笑顔を取り戻したつかの間、妹が死んだとの連絡が入った。

 どうやら、彼氏との交際関係に亀裂が入ったのが原因らしい。

 

 少年は突然の訃報に衝撃を受けたが、不思議と涙しなかった。

 ただ、その日の夜。少年は病室に、ある人物を招いた。

 生前、妹が崇拝していた宗教の教祖だ。

 彼に何かを頼み、本来動かないはずの足を動かして闇の中へと消えた。


 それから二日後。

 彼――帯野幸太郎(おびのこうたろう)は命を落とした。


 飛び降りだった。



---



 真っ暗な霧の世界。

 少年は死んだのに意識があった。


 辺りを照らすかのような、眩い光が前方にある。

 少年は視線を向けた。


 そこには一人の人間がいた。

 たった一つしかない豪華な椅子に、誰かが座っていた。

 椅子の骨組みは黄金で出来ており、座面と背もたれには赤いクッションが敷かれている。

 退屈そうな表情を浮かべてそこに座る人間がいた。

 

 恐る恐る少年は近づいた。

 そして知る。座っているのは男だと。

 艶やかな赤いマントを羽織った男がそこにいたのだ。

 でも何故か、全体像はぼやけていた。

 男は、幾数十の宝石が散りばめられた王冠を指にかけて、それをつまらなそうに投げた。酷く冷たい目で。

 やがて少年の存在に気づいた男は、ふと笑顔を見せる。


「やあ、キミが次の来訪者かい?」


 男は薄ら瞳でそう言った。


「来訪者…? 誰です、それ」


「キミのことだよ。他に誰がいるのさ」


 少年は周辺を見渡した。

 男の言う通り誰もいなかった。


「さて、キミは死人となった迷える子羊。このまま行けばあの世だけど、僕に従うならばキミは生き返れる。どうする?」


「は…? え?」


 戸惑う少年を歯牙にもかけず、男は続けた。


「どうするか聞いてるんだけど」


「どうするもなにも、地獄行きでしょ。さっさと送ってください」


「んまあ、ある意味地獄じゃないかな? オッケー」


「は? 何を言ってるんですか?」


 少年の言葉は、男に届いたのか否か。

 霧に覆われた世界は光を帯びた。


「キミの人生、利用させてもらうよ。演目は…大勇者紀行とでも名付けようか」


 男は指先一つで霧を晴らす。

 たちまち、世界は白く輝いた。


「ちょっと待って! あなたは――」


 少年の叫びは届かず、世界は反転した。

 ガラス細工のように、バラバラに砕けた時空に吸い込まれていく。



---



「ガハッ…!」


 突如として、少年は地面に叩きつけられた感覚を覚えた。

 視界に映るは満点の青空。

 今のは悪い夢だったんだと、少年は信じて疑わなかった。


「…なんだよこれ」


 気づけば、少年は大森林の中にいた。

 たまたま大きな陽だまりに身を落としただけで、現実は、現実世界ではなかったのだ。

 見たことの無い自生植物。

 不自然にへし折れた大木を噛み砕く、牙を持つ芋虫達。

 木陰で眠る角の生えた白猫や、空から落ちてきた羽の生えた黒い人間。

 聞いたことのある咆哮までもが初めて知る情報であり、同時に、少年は二度目の諦念に至る。

 

(また死ぬのか…オレは)


 今度は殺される。

 少年の周りには、血に飢えた獣が群がる。

 当たり前である。

 非力で矮小な人間の子どもなど、彼らから見ればこの上ないご馳走。

 水たまりに映る自身の姿が、明らかに生前と違えど少年は気にもとめなかった。

 どうでもよかった。

 

 でも――どうせ死ぬのなら、足掻いてから死んでやる。


 少年は走り出した。

 目的地は無い。

 ただ闇雲に、緑をかき分けてひた走る。

 そこに一切の思考はなく、猶予も無く、体力なんてあるはずも無かった。

 それでも、少年は足掻くことに決めた。

 

 少年は一心不乱に野を駆けて、樹木を押し倒しながら進む巨獣から必死に逃げた。

 砲弾のような岩が飛んできた気がする。


 地響きが鳴り、正面に聳え立つ岩盤の要塞が目に入った。

 トンネルを塞ぐように、丸みを帯びた巨大な岩が刺さっている。

 これは現実。

 投岩は幻覚ではなかったのだ。

 

 失意に打ちひしがれた少年は、その場に立ち尽くした。

 崩落したトンネルの向こう側には、確実に光があったはずだ。

 村があったはずだ、街があったはずだ、国が、世界があったはずだ。

 どう転ぶか分からないけど絶対に挫けたりしないと誓ったのに、無情にも隔つ壁は、どこか笑っているような気さえ感じた。

 少年の灯火に影ができた。


 もう、時間切れだ。

 劈く咆哮に吹き飛ばされた少年は、壁に叩きつけられた。

 しかし、少年はすぐに立ち上がり、血反吐を吐きながら巨獣に爪を立てた。

 

「うぉおああああああああ!!」

 

 少年は獣に匹敵する大声を上げ、巨獣の足に自身の爪をめり込ませた。

 そのまま腕を思い切り振って、微かに傷をつけた。

 イメージするのは、いつか見た御伽噺の主人公。

 少年は満身創痍でそれを再現した。

 流血を厭わず、爪が剥がれようと少年は足を止めない。

 猛攻は止まらない。


「グォオオオオ――! ガァッ…!」


 やがて、巨獣は片膝をついた。

 逆鱗に呑まれた巨獣は、大木と大差ない太さの腕を頭上に振り上げた。

 狙うは赤髪の少年。

 狙いは必中。

 振り下ろされた剛腕に、少年は手を翳した。


「負ける…もんかあああ!」


 そう叫んだ刹那。

 少年の背中に小さな円環が出現した。

 そして、その円環から無数の光の玉が発生し、巨獣めがけて飛んでいく。

 激しい衝突音が鳴り響き、辺り一面は荒地へと変貌をとげた。


「グ…グル…」


 巨獣は右腕を消し飛ばされ、胴体に大きな風穴を空けて倒れた。

 現状を理解できない少年は、なんとか頭を振り絞って考えた。

 コンマ数秒を渡り、一つの結論に至る。

 これは魔法なのではないかと。

 オレが今使ったのは、魔法なのではないかと。

 だとしたらなんと素晴らしいことか、と。

 身を焦がす達成感と激しい高揚感が少年を満たした。


「さて…あ…あれ?」


 少年は、力なく倒れた。

 魔力切れというやつだろうか。

 答えは否である。

 

 ――ああ…そういうことか…。


 少年の四肢は既に正常ではなかった。

 右腕は千切れ、左腕は手首から先が無い。

 右足と左足は黒く焼け焦げていて、少年が足を崩したと同時に灰になった。

 

 ――なんだよ。なんなんだよ…畜生…。


 さんざめく太陽の下で、少年は死んだ。



---

 


 そして。

 またしても少年は真っ暗な霧の世界で目を覚ました。

 四肢は再生していて、痛みも取れている。

 でも気分は最悪だ。

 見覚えのある男がいたから。


「あーらら。意外とあっけなかったね」


 男はくすくすと笑い、王冠を頭の上に乗せた。

 まさに王様といった風貌だ。

 それを見た少年の顔は引き攣っていた。


「ふざけないでください。なんなんですか、あの狂った世界は」


「これからキミが住むところ」


「は? 意味がわかりません」


「あの程度で狂っていると思うなら、この先心配だな」


 男は、鋭い眼光で少年を睨んだ。


「キミは今、怪物を知った。そして、次に知るべきは人間だ。先程見せてくれた術理をもって、生き延びてみせてくれ」


「あんな世界、二度とゴメンです」


 少年はキッパリと断った。

 それに対し、


「お願いだ」


 男は頭を下げた。

 本当に、心からそう思っているのではと思わせるほど、美しく洗練された所作で、地に頭をつけたのだ。


 さすがに断れなかった。


「わかりましたよ…ったく。ならせめて、一つくらい武器を下さいね。じゃないとまたすぐに死ぬ」


「オッケー! 任せろ!」


 男は飛びつくように少年の手を握った。

 呆れる少年の足元は、瞬く間に光に覆われた。


「もし可能なら…」


 男が頭を掻きながら、複雑な表情を浮かべていた。


「なんです?」


「あー…いや、なんでもないよ」


 男は困ったように笑い、霧を晴らせて、空虚を照らした。

 


---



 光が収まり、景色が移ろう。

 少年は瞳を開けた。

 酷く荒れた大地が目に飛び込んできた。


「ハハハッ…まるでサハラ砂漠だな」


 ともかく、少年は歩き出した。

 何も無い、生き物もいない死んだ土地だ。

 でもきっと。

 ここは昔、緑で埋め尽くされていたのだろう。

 ふとそう思わせる、壮大な景色だった。


「武器って言ったのになぁ…」


 しばらく歩いて気づいたのは、胸の辺りに水晶体のネックレスをかけているということ。

 少年は、思いもよらぬギフトに少しだけ気分が落ちた。


 そして、空から雷が落ちてきた。


「なっ…! あっぶねー!」


 咄嗟に身を捩って交したものの、腹部を少しだけ掠った。

 焼けるように熱い、耐え難い痛みだ。

 少年は崩れ落ちるように、仰向けに倒れた。


「……!?」


 少年は体を硬直させた。

 さっきまでここには誰も居なかったはずなのに、一人の少女が自分を見下ろし立っているからだ。

 金色の長い髪と青い瞳が、異国の物であると瞬時にわからせた。

 少女はじーっと無表情で、興味深そうに顔を近づけてくる。

 好奇心が抑えられないのか、少女はしゃがんで、少年のお腹をつついた。


「ひゃんっ!」


「あっはは! 可愛い!」

 

 少年は飛び起きた。

 改めて少女の姿を見ると、背格好が良かった。

 背丈を越える長さの十字剣を背負っているのに、彼女にしか目がいかないぐらい、綺麗。

 初めは金色の長い髪しか知れなかったが、実際は後ろで編み込んでいて、背中を伝うように伸ばしていた。

 彼女からすれば、少年は子供みたいな体躯に見えよう。


「あなたは?」


「わたし? わたしはシャンロン! 泣く子も黙る、天才剣士だよー!」


 そう言って少女は嬉しそうな顔で少年を持ち上げた。

 泣く子も黙るであろう凄い力で。

 

「おお…おー、凄いですね」


「うんうんうんうん! 凄いんだよ」


 なんとも中身のない会話だ。

 でも、少女は楽しそうに笑顔を見せている。

 少年は不思議に思ったが、それよりも、その強引さに惹かれつつあった。

 少年は惚れ症なのかもしれない。


「ねぇねぇ。あなたはなんて言うの?」


「オレはコウ――」


「コウね! わかった!」


「……」


 せっかちな少女だと少年は思った。


 ――でもまあ、あだ名を付けるのならコウだよな。


 少年は苦笑しつつも、嬉しそうだった。

 

「あ…あの!」


「ん? どったの?」


「オレ、住むところ無いんです。だから…」


 少年は、オレはなんて情けないんだと深く自己嫌悪した。

 藁にもすがる思いで少女の裾を掴んだ。

 離したくなかった。

 一人にしないで欲しかったから。


「ならわたしと旅しましょうよ!」


 少女は少年の手を強く握りながら、眩しい笑顔で言った。

 そこから少年少女の旅が始まった。


---


 少女は、世界を救うという漠然的な夢を持っていた。

 本当ならもう一人仲間が居たらしいが、その仲間は数年前に消息を絶ったらしい。

 少年と出会うまで、彼女も一人だったそうだ。


「ほら! これでよし!」


「グスッ…ありがとう、お姉ちゃん…」


「よしよし」


 ある日。

 少女は、ある男の子の右腕に包帯を巻いた。

 

「これでよかったですか?」


「ええ、ありがとね」


「いえいえー」


 この日も、少女は老人の片付けを手伝っていた。


「チッ…! こいつは手強いね」


「た…助けてくれ!」


「任せて! ちゃんと家に送り届けてあげるから!」


 辛くても苦しくても、たった一人で、休まずに、来る日も来る日も困っている人を助けていた。

 その姿を少年はしっかりと目に焼き付けていた。

 一週間、一ヶ月、或いはもっと。

 長いこと一緒にいる。


 今日を終えて疲れた少女は、少年に体をあずけて無防備な姿で眠りついた。

 少年は、ふと夢に落ちる。

 

 ――オレはお荷物だ。彼女が一人頑張っているのに、何も出来ない。


〝キミは何になりたいんだ?〟


 ――彼女が誰かを助けるなら、オレは彼女を守る盾になりたい。


〝それはなりたいものなのか?〟


 ――違います。そういう道を歩きたいんです。


〝その道は破滅だぞ〟


 ――出会いと別れは瞬きの正夢。添い遂げられなくても、傍ら見守っていたいんです。


〝彼女は死ぬ。それは変わらない〟


 ――死ぬ…なんで?


〝それは言えない。言わない。ボクはもう思い出したくない〟


 男の声に、力は無かった。

 何もかも諦めた声だった。

 その声を少年は知っていた。

 他の誰でもない、自分の声に似ていたのだ。


 ――だからって諦めるんですか? 今ここで諦めたら絶対後悔しますって。


〝キミは絶対に間に合わない。けど…もし可能なら、共に戦って散って欲しい。勿論、キミは生き返れる。それが最後の転生になるけど…いいかな?〟


 ――短い付き合いですけどね、あなたよりはずっと長いですよ。彼女のためなら、この命惜しくはない。


〝そうか…なら、キミに力を授けよう〟


 最後、男は微かに嗚咽を漏らした。

 その時、拳を握っていたのか唇を噛み締めていたのかはわからない。

 少年は知る由もない。


 彼女が死ぬ。

 シャンロンが死ぬ。

 時はすぐに訪れた。


 宿から出てすぐにある長閑な高原。

 そこに落ちた雷霆が、人の形を成して佇んでいたのだ。


「コウ! さがって!」


 少年は少女に蹴り飛ばされた。

 刹那、天変地異にも等しい爆撃が辺りを襲う。

 

「な…なんだよこれ…」


 平和な日々は一瞬にして灰燼と化した。

 少女は辛そうな顔をして人型の雷と向き合う。


「帰ってよ。わたしはもう関係ないんだってば」


「貴様らしくない弱音だな。愚王と手を結んでいた頃は、もっと堂々としていたぞ」


「彼は…愚王なんかじゃない!」

 

 少女は、最高最速の太刀を男に浴びせた。

 男はそれをギリギリで捌き、すかさず空拳を放つ。

 雷を纏う空拳は、大地を掘り進んで少年の方にも向かってきた。


「このッ――らぁ!」


 少年は障壁を張って軌道を逸らした。

 後方から爆風を伴う爆発音が、けたたましく鳴り響いた。

 

「貴様…!」


 男の標的は少年に変わった。

 それと同時に、男の姿が鮮明に見える。

 逆立つ承和色の髪、恐ろしい眼光を放つ瑠璃色の瞳。

 全身に光り輝く紋章が刻まれていた。


「あんたがシャンロンを狙ってんのか?」


「然り。セレスティア・シャンロンを抹殺しに来た」


「なんでそんなことを…」


「我らが悲願をあの憎き魔術王が潰したからだ。まあ…結局は無意味だったがな。こうして我が直々に誅を下しに来たのは、一重に、その女も加担していたからだ。曙光の戦乙女、実に忌々しい」


 男は眉間に皺を寄せて悪態をついた。

 聞き捨てならない言葉を彼は吐いた。

 少年は背中に円環を召喚し、目にも止まらぬ早さで雷を纏う男に接近。


「シャンロンは正義でお前は悪だ!」


 少年は拳に魔力を溜めて、殴ると同時に一気に爆発させた。

 夢で得た力をここで使った。

 しかし、男には傷一つつけられなかった。


「ふむ…悪くない拳だ。が、直線に向かうのであれば如何様にも対応出来る。我は雷神ぞ? この程度、痛くも痒くもないわ!」


 地上にて、雷神が咆哮を上げた。

 バンッと強烈な破裂音が鳴り、景色を紫電に塗り替えていく。

 少年は戦慄し、その場から動けなくなった。


「あ…ああ…」


「死ね。非力な凡人よ」

 

 雷神は雷を槍に変えて、振り被った。

 

「なっ…!?」


 雷神が飛び退いた。

 二人の間を割くように、龍を象った金色の雷が地表を駆け抜けた。


「先に始末すべきは、やはり貴様か」


「わたしは始末されないし、コウは非力じゃないよ」


 少女は十字剣を鞘に戻して、腰を落として深く構えた。

 刹那。

 少年は呼吸が出来なくなるほどの動悸を覚えた。

 心臓が握りつぶされる。

 気温さえ下がった気がする。

 思考はそれでいっぱいになった。


 少女は白い息を吐いて、十字剣を全力で振り抜いた。


地神雷霆戦剣エクスカリバーイレーズ


 キィンとした金属のかち合うような音。

 世界がゆっくり進み、雷神の慌てた顔が見える。

 雷神は地面を蹴り抜いて天に昇っていった。

 よく見ると、片腕がない気がする。

 前方に聳え立つ山は、不自然にズレている。

 少年は、状況を忘れて時を止めた。


「避けて! コウ!」


 少女の叫ぶ声がした。

 手を伸ばして、その後も何かを叫んでいるようだ。

 少年は振り返った。

 そして、太い雷に貫かれた。


「ゴハッ…! ゴボッ……」


 少年は滝のように血を吐いて、もう無い胸に手を当てた。

 腕が通るぐらいの大きな穴が、心臓の位置に空いていた。

 ネックレスも、消し飛ばされていた。


「―――・―・・・――!!」


 少女の声は聞こえた。

 でも、


 ――ごめんな。もう、キミが何言ってるのかわかんないんだ…。


 少年の瞳から、一筋の光が消えた。



---



 次で最後の転生。

 でも、そんなことを考える余裕なんて少年にはなかった。

 玉座に座る男は、自身の太股に爪を食い込ませていた。

 自傷にも思える力の入れようだ。


 少年は虚ろな目で、男に尋ねる。


「あの後…シャンロンはどうなったんですか?」


「……」


「どうなったか聞いてんですけど…」


「…死んだよ」


「ですよね…」


「別の誰かが、殺してバラして地に蒔いた。未来は結局…いや、もう考えたところで詮無いことだ…」


 男はゆっくりと立ち上がってふらふらと歩き、少年の前に来た。


「用済みってやつですか…?」


「違うよ、これからの事だ。大切なことだからよく聞いて」


 男は懐から二つの賽子を出した。

 白い賽子と黒い賽子だ。

 希望は無いけれど、それでも光を宿した強い目で、男は続けた。


「世界は二つの賽子で出来ている。白は陽、黒は陰。この二つを同時に投げて、出た出目の合計がその人の人生になる。白の六と黒の六なら、最終的には幸せになるけど、辿り着くまでの苦労は常人の比じゃない。一方、白の一と黒の一なら、幸も不幸も無く生涯を終える。とまあこんな感じに、初めから運命が決定づけられるんだ」


「シャンロンは、どうだったんでしょうか」


 男は下唇を少しだけ噛んだ。

 言いにくそうに、少し間を置いて話した。


「白が二で、黒が七だ」


 その言葉を聞いた時、少年は男に掴みかかった。


「七!? そんなの有り得ないですよ! 賽子は六面でしょう!? 第一なんであの子が、あの人が、彼女が、シャンロンが、なんで黒く塗り潰されてんですか!」


「…わからないんだよ。キミよりもずっと一緒に居たボクでさえわからないんだ…」


「どうして…!」


「だから、これからを頼みたいんだよ」


 男は震える拳で自信を殴った。

 そして、初めてあった時と同じような柔らかな物腰で、優しく少年に微笑んだ。


「キミの最後の転生、最後の人生を無意味なものにして欲しくないんだ。むしろ、苦しんだ分幸せになって欲しい。突然キミをここに連れてきて、死なせて生き返らせる男の言う事を信じてくれるかい?」


 後悔を募らせた男の願いは、頬を伝う雫が物語っていた。


「オレに何が出来ますか?」


 少年は男の顔を真っ直ぐ見て言った。


「キミが未来の戦乙女に力を貸してくれ。それが誰なのかはボクにもわからない。でもきっといるはずなんだ。まだ見ぬ世界に…きっと」


「探し出します。誰であろうと、必ず」


「ありがとう…本当に…ありがとう」


 男は少年を包み込むように抱き締めた。

 体は震えていて、手は暖かかった。

 夢の中なのに、体温があった。


帯野幸太郎(おびのこうたろう)。いや、コウ。キミの最後の人生、ボクが全力でサポートする。魔術王の名にかけて」


 少年を包む幾千万の光の束。

 泣き顔の魔術王は、強い力で拳を作った。

 すると光の束は一気に収束して、時計台のように真っ直ぐな光線に変化した。


「行ってきます」


 少年は、一人の王に軽く頭を下げた。

 これは感謝だ。

 自分に第二の人生を与えてくれた恩人に対しての感謝だ。


「キミは…彼に似ているね」


「え…?」


 少年は光に飛ばされて、瞳を閉じた。



---



 着いた先は静かな渓流。

 見たことの無い閑静な集落がある。

 結構人が居る。

 少年は話しかけてみた。


「あの、ここは何処ですか?」


 少年は、ある男性に話をかけた。

 しかし、男性は首を傾げて困った顔をしていた。


 ――あれ、どうしてうんともすんとも言わないんだろう。


 少年は項垂れた。

 その時、一人の男が少年の肩をぽんぽんと軽く叩いた。

 その男は、青くて長い髪をした優しそうな男だった。


「―――・・――・・?」


 男は目線を少年と同じ高さまで下げて話した。

 それでも、少年は何を言っているのかさっぱりだった。

 通じないのは双方同じだった。


 なので、少年は手の動きで自分の意志を伝えた。

 

「!」


 男はすぐに理解して、笑顔で歓迎してくれた。

 よくわからないが、同じ集落の人達も歓迎してくれている。

 ひとまずはいいだろうと、少年は肩の力を抜いた。

 短き集落での生活が始まったのだ。



---



 まず少年が感じたのは人の良さ。

 2回目の人生で味わえなかった人情味を肌で感じた。

 言葉が通じなくても、思いは伝わるのだとわかった。


 そして、己を見つめ直すいい機会でもある。

 少年は力を求めて山岳を目指し、立て続けに魔術を放った。

 時に、長である青髪の男にまで教えを乞い、実力を伸ばしていった。


 しかし、そこで大きな壁にぶち当たる。

 魔力量の大幅な減少が見られるのだ。

 現状、確たる証拠は無いが、息切れの早さからして間違いない。

 

 ――最後の転生だし、黒の賽子は四か五。或いは六でもおかしくないな。


 少年は持ち前の冷静さで、瞬時にそれを理解した。

 まずいとは思ってる。

 集落に戻る度に、みんな心配そうな顔で見てくるのは、自身がやつれているからだとわかっていた。

 だからもう、みんなが心配しないように少年は強さを求め続けた。



---



 それから一年が経ったある日。

 少年の心は大きく乱れた。


 集落を訪れた辺境冒険者の中に、自分の知る顔があった。

 金色の長い髪に、青い瞳。

 立ち姿はシャンロンそっくりだ。

 いや、もうむしろシャンロンだ。

 少年は再会できた喜びを胸に駆け出していった。


「シャンロン! シャンロンだよね!? ずっと会いたかったんだ! よかった…」


 気づけば、辺境冒険者の女に抱きついていた。

 何度も何度も、想いを伝えた。

 戸惑う彼女は最初こそ少年を優しく宥めていたが、次第に鬱陶しく感じて、少年を突き飛ばした。

 

「痛ッ! どうして!?」


「―・・・・―・―!」


「あっ…」


 少年は、忘れていた。

 言語が違うことを。

 通じない想いを延々と伝え、彼女を怒らせてしまったのだ。

 これは良くないと思い、少年は身振り手振りで謝罪をした。

 彼女は少年に視線を向けない。

 触れようとする手は払われた。


 ――どうして…どうしてわかってくれないんだよ。


 その日、少年は声を上げて泣いた。

 集落に微かに響く高い声は、どこか孤独を思わせるような音色だった。



---



 その翌日から、少年は山篭りするようになった。

 といっても一日二日程度。

 三日以上はさすがに無い。

 少しでも、シャンロンに似た女性と離れていたいから、そうした。

 彼女の顔がチラつくだけで胸が張り裂けそうで、痛くて、苦しくて、堪らなく愛おしいから。



---



 彼女に対する想いを募らせる度に少年は強くなり、動きは鋭くなり、瞳は輝きを増していった。

 ある日、少年は山篭り四日目に突入した。

 

 ――もう忘れろ。あの人は違うんだ。違うんだ…。


 念を込めて魔力球を放つ。

 技はいくつか編み出した。

 その内の一つが五法陣である。

 神話から拝借した名前を冠して、護法陣。

 転じて五法陣を編み出したのだ。


 山の上から地面手がけて雷霆を撃ち込む。

 自身に雷を纏わせて、全身を光の矢にする。

 地面に激突して、黒煙が上った。

 少年はすぐに体勢を整えて起き上がった。

 呑気に砂ぼこりをほろっていると、こちらに向かって山道を歩く男が見えた。


 若い白髪の男だ。

 手に杖を持っている。

 凄まじい魔力の奔流が体表に渦巻いている。

 

 白髪の男は足を止めた。


「予定よりも早く見つかったな。元気してたか?」


 白髪の男は、ほくそ笑んでいた。

 そして、少年の知る言語を使っていた。


「……?」


 なんでこの人は話せるのか。

 少年は疑問に思った。

 でも、白髪の男に手招きされたので寄ってみた。

 確認のために。


「ひょっとして、話せます?」


 少年は尋ねたが、白髪の男は首を傾げた。

 通じてないようだ。

 言語の一方通行など聞いたことがないと、少年は頭を悩める。

 それを見兼ねた白髪の男は、懐に手を入れた。


 ――殺られる!?


 少年は足に魔力を込めたが、白髪の男に触れられた瞬間に集中力が霧散した。

 

「!! 離して! 下さい!」


 暴れる少年を白髪の男は優しく抱擁した。


「安心しろ、取って食おうとはせん」


 少年は力を抜いて、彼の言うことを聞いた。

 そしたらいきなり、首飾りをプレゼントされた。

 これは、2回目の人生でつけていたものにそっくりだ。

 少年は瞳を大きく開いて、舞い上がった。


「どうだ? 俺の言葉が分かるか?」


 少年は自身の顔をぺたぺたと触った。

 悪いことされてないよな、と。

 内心疑っていたが、大丈夫そうだ。


「師匠!」


「は?」


「ありがとうございます!」


「感謝を述べれるのは良い事だ」


 少年は涙を流した。

 これで、みんなと話せるんだと、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。


 その後、白髪の男に連れられて一人の少女の元へ着いた。

 黒い髪に藍染めのリボンを付けた少女が、お菓子を食べていた。

 黒髪。

 これは、帯野幸太郎の実妹と同じ髪の色である。

 懐かしい色に、少年は自然と目を奪われた。

 まるで、本物の妹と再会できたみたいで。


「うまうま」


 少女は、なんか色々食べていた。

 少年を指さして白髪の男と黒髪の少女が話をし始め、やがて、冷たい目を作る少女と目が合った。

 引き寄せられるように、少年は前に出た。


「コウっていいます! 不束者ですがよろしくお願いします! 姐さん!」


 少年は腹の底から声を出して挨拶をした。

 どう見ても、この黒髪少女は姐さんと呼ばれる年齢ではない。

 それでも、少年は彼女を姐さんと呼ぶ。

 呼び続ける。

 妹はもういない。

 ならせめて、夢を見るくらいはいいだろう、と。

 少年は止まっていた時の歯車を回した。


 ――オレの人生を、もう一度ここから始めよう。

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