第十八話 目前
一ヶ月と9日目。
とうとうセレスティア神聖国が見えてきた。
まだ少し離れているので小さく見えるが、国を囲む灰色の城壁に埋められた十字架はしっかりと確認できた。
思い返せば結構長い道のりだった気がする。
順当に行けば一ヶ月もかからないと踏んでいたのに、地理や気候に翻弄されて挙句の果てには寄り道をしたりと、目的そっちのけで旅路を謳歌していた。
それはそれで面白くもあったが、計画が不十分であったと言わざるを得ない。
コウを弟子として迎え入れられたのは嬉しい誤算だったので、それでペイしたいところだ。
「うむ。てか、あいつ汚しすぎだろ…」
考え事をしている間にカグヤの服を乾かし終えた。
上着も下着も何もかも全部、俺が洗濯をした。
道中は自分で洗っていたのに途中から面倒くさくなったのか、集落を訪ねて以降恥ずかしがりながら「洗って」と夜中に渡してくるようになった。
まあいいけどさ、下着くらいは自分で洗えば? と思いつつ俺の役目になったのだ。
おかげさまで、すっかり母親気分だ。
わざわざ木を切り出して作った物干し竿に服をかけて、水気を抜く作業を延々とやるのだからな。
なんとも言い難い高揚感がある。
あ、そういえば。
コウは自分で洗濯をしていたな。
川辺で一人、黙々と砂汚れを落としていた。
カグヤはそれをじっと眺めていて、コウが下着を取り出してを洗い始めると、目を輝かせて金切り声を上げた。
目的と心模様は不明だ。
コウは「姐さんのも洗ってあげますよ」とマジトーンで言い放ち、彼女をドン引きさせて追い払った。
あしらい方は満点。
褒めてあげたい。
そう考えている中、
「ねーねー。今どんな気持ち?」
カグヤは寝転がりながら、鬱屈そうに空を眺めていた。
「怒りだな。人の善意につけ込みおってからに」
「いいじゃんよー、女性を身近に感じれるんだから」
「この服を買ったの俺だが?」
「下着は自前なのさ! 今度はそっちもよろ!」
図々しく叫んだカグヤは、いつものふてぶてしい顔に戻った。
「セレスティアに着いたら一緒に見てよ。私に似合うのを選んで、私に履かせて。アビルがッ!」
「え、普通に嫌だ。金は渡すから自分で買ってきてくれ。そして自分で履いてくれ」
「着せ替え人形カグヤちゃん」
「そんなもん、コウにくれてやるわ」
奇言がますます加速していく困った奴だ。
俺はカグヤの服を畳み終え、彼女の鞄の中に詰めた。
よし、これで全て終わった。
ここからは最終確認をしてから進もう。
まず一つ目。
食料が底を尽きたので、ここからはもう足を止めない。
というのも、コウがパーティーに加わったことで食料の減り方が加速した。
危うく足りなくなるところだった。
でも、好都合と言えば好都合だ。
中途半端に残すより一度底まで使い切った方が入れ替えが楽だし体にもいい。
古いのは中身が腐ってたりして衛生的に良くないからな。
二つ目は、入国審査の有無についてだ。
あったところでという話ではあるが、一応あそこは魔族の立ち入りを禁じている。
もし万が一、魔族がパーティーに居るなら即刻退去。
これに関しては問題は無いだろう。
しかし、邪教徒の場合は人族でも容赦無く追い出される。
獣族、龍族でさえも同じだ。
「カグヤ。お前の両親は何かを崇拝していたか?」
一応聞いておく必要がありそうだ。
最悪の場合、口裏を合わせてもらう。
「何も…あー! 一個だけあった!」
あったのか。
いやはや、これはまずいな。
「普通は一つだ。で? 何を信仰していた」
「昔住んでた村の村長さんがバカ強くて、パパが野仕合を申し込んだんだけど、手も足も出なかったんだ。それ以来パパは毎朝、その村長さんを象った彫り物に頭下げてたよ。ママは、そんなパパを引き攣った顔で見てた」
「ああそういうこと。ならいいや」
「何その言い草!」
要するにあれだ。
上下関係みたいなものだろう。
実力的な面で村長さんとやらに憧れを抱いていただけのことで、信仰とかでは無い。
まあ、傅いた時点で狂信徒と言えなくもないがな。
「コウはどうだろうか…聞いてみるか」
俺がそう呟くと、カグヤはニタリと笑った。
「私聞いちゃったんだよね。夜中にコウが、どうかもう一度会わせて下さいって言って泣いてるのを」
参ったな…。
もしそれが事実なら、針に糸を通すような作戦を考えなければならない。
ごく稀に、人の心を読める特殊な目を持つ人間が入国審査に立ち会う場合があるからだ。
厳重体制を問題無く通過できるように、どうか違っていて欲しい。
「そんなの、ただの願がけじゃないのか? たしかにあいつの純朴さは驚嘆の域だが、何かを一途に仰ぐような人間ではない気がする」
「それならいいんだけどさ。一応伝えとくよ」
「覚えておこう」
ここで悪い案を思いついた。
瞳術で入国審査官を操り、審査をパスする作戦を思いついた。
これはかなり危ない橋を渡る作戦だが、あくまでその時だけなので勘づかれることは無いだろうし、もしバレたとしても高圧的な態度で押し込めてしまえばいい。
我ながら酷い作戦だと思う。
でも、苦労の果てに行き着く壮観な街並みは格別だと二人に教えてあげたい。
場合によっては断行しよう。
まあ、それはいいとして、問題は三つ目だ。
俺の存在が王都に知れ渡ることが問題。
新顔の魔術師はあまりに目立ち過ぎるし、神聖国上層部を納得させる動機が必要となる。
建前は幾らでも思い付くが、名を明かした途端に国家転覆を疑われても不思議じゃない。
それだけの事をしてきたつもりだし、否定は出来ないからな。
「もし俺が王都から呼び出しを受けたら、お前はコウと二人で行動してくれ」
「私、コウに何をするかわからないよ?」
カグヤは木に手を当てて、至近距離で俺を見下ろす。
悪戯な笑顔が先の考えを示した。
「それは困ったな。できるだけ声が漏れないように配慮しろ」
「あいあいさー!」
「真に受けるなバカ。いいか? 絶対に目立つなよ。でないとミコに直結した手掛かりが失われる可能性がある」
「セレスティアにいるといいね」
「ああ、俺も最善を尽くすつもりだ」
情報収集に時間はかからない。
協力してくれるかは別として、入国管理記録なるものがあるはずだ。
実名は隠せたとしても種族だけは隠せない。
ここ二ヶ月の新規入国者の中から、人族に的を絞って洗い出せばいい。
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俺はコウの元へ向かい、彼にも同様の話をしておいた。
川辺で水切りをして時間を潰していたところ申し訳ないと思ったが、先を急ぐので連れていく。
草道に入ったあたりでカグヤが自由行動を取り始めたので一声注意しておいたが、大丈夫だろうか。
「はあ…まったく、緊張感の欠片も無いな」
「大人は気苦労が耐えませんよね」
「案外これが普通なのかもしれん。今までありとあらゆる種族や人間に出会ってきたが、子守りまではしたことが無い。故にそう見えるだけだ」
「なるほど、じゃあ初体験ですね」
「…お前もカグヤに毒されただろ」
「さあ…どうでしょうか」
コウはにへっと苦笑した。
頭を痛める時もあれば、楽しい時もある。
メルギアナ師匠も同じ気持ちだったのだろうか。
「あ、姐さんが止まった。ちょっと行ってきます」
コウは足早に駆けた。
遊び回るカグヤを連れ戻しに行ったようだ。
…でもおかしいぞ。
カグヤがぴくりとも動かない。
遠くからコウが大声で叫んでいるのに、振り向くどころか反応すら無い。
木の葉が舞い散り、カグヤと重なった。
カグヤは音も無く消えた。
「恐ろしい速度だ。来るなら来い」
地中が騒々しくうねりを上げている。
だとしたら上だ。
「ほらな」
「うぇあ! なんで!?」
カグヤの太刀を指先でつまんだ。
真剣白刃取りだったかな、この技は。
どうでもいいが奇襲した理由について聞いておこう。
「太刀筋からして首をなぞり肩ごと切り落とすつもりで振り落としたようだが、相手の不死性を加味した上での奇襲か? それとも殺せる算段がついた上でか?」
「そんなわけないじゃん、遊びだよ遊び。アビルならどう反応するのかと思って」
「そうか。で、お前の渇求に応えられたか?」
俺がそう言うと、カグヤは背筋を伸ばした体勢で考え始めた。
刀を握り締めて、曲芸師のように足をパタパタと動かす。
降りたそうに身を小刻みに震わせているが刀先を挟まれているので、叶わない願いだ。
今離したら切り返しの瞬間すら捉えられず斬られる。
絶対に離すものか。
「まずまずかな。アビルが陽動に引っかからないのは知ってたし、何より、私相手だと手を抜くからね。おこちゃま扱いは都合がよかったよ」
「というと…?」
突き付けられた疑問に思考を向ける暇もなく、脈打つように大地が揺れ始めた。
咄嗟にこの場を離れようとしたが、カグヤが刀身に力を込めてきて動けなかった。
地面が盛り上がり、逆流する滝の如く黒い腕が土石をかき分けて生えてきた。
これは…。
「私に陽動は無い! 残念でした!」
カグヤが勝ち誇ったような顔で笑う。
俺は抵抗を諦め、刀先をぱっと離した。
するとカグヤは刀身を鞘に戻して宙返り。
大気を蹴って間合いの外へ飛んだ。
黒い腕がカグヤを包みこむように守る。
「どうかな? コウの技に似てるでしょ?」
言われてみると、コウが使う五法陣に似てなくもない。
ただし、カグヤは黒一色で、五色を彩る魔力球とは一線を画す黒蛇といったところ。
思わず拍手をしてしまった。
「いや実に見事。コウに負けず劣らず、丹念に練り上げられているな。こと、守勢においては一個師団に匹敵するやもしれん」
「ほんと!? ねえ、もっと褒めて褒めて!」
カグヤが嬉しそうに頭部を擦り付けてきたので、撫でてあげた。
表情はとても気持ちよさそうなのに、どこか疲れている印象を受けたので、軽く治癒魔術をかけた。
あれ…目の下にクマがある。
寝れてないのか。
「頑張ったんだな」
「うん。コウに負けないぐらい、頑張ったよ」
身をあずけるようにカグヤは眠りについた。
やれやれと思いつつ俺はカグヤを背負い、コウと合流した。
コウは呆然と立ち尽くしていて、俺の背中で眠るカグヤを見て驚いた。
「急に消えたと思ったら、姐さんどこにいたんです?」
「意外と近くにいた。さあ行くぞ、セレスティアはもうすぐだ」
「はい! すごく楽しみです!」
興奮を抑え気味に、コウは楽しそうに言った。
セレスティアに着いたら、三人で美味しいものでも食べよう。
時期的に祭事が催されているかもしれないし、なんなら見て回るのもいい。
それは、自由行動を取れるようになってから追々考えよう。
うん、そうしよう。
次なる景色に心踊らせながら、俺たち三人はセレスティアの城門前に辿り着いた。




