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第九話 もう一つの世界

---???視点---

 

 僕のお師匠様は一体何処にいるんだろう。

 今日は仲間と大事な話をする日だから着いてくるなって言われたんだけど、お師匠様が居ないと退屈で退屈で仕方がないんだ。

 一緒に遊びたいし、修行の成果だって見せたい。

 何よりギュッてして欲しい。

 日課を欠かしたくないんだ。


 だから片っ端から探した。

 すると、時計台の一室から光が漏れていた。

 早速、入ってみる。


「失礼しまーす…」


 僕は声を抑えつつ中に入った。

 広くて綺麗な部屋だ。

 大きくて豪華な椅子に少女が一人。

 高そうなソファに男が一人。

 フードを深々と被り、変わった椅子に座る女の子が一人。

 そう、華奢で可憐な僕のお師匠様だ。


「お師匠様ー!」


「おおあ! なんじゃ!? 何しに来おった!?」


「ハグしに来ましたー!」


「んなもん帰ってからでいいじゃろ!」


 魔術で透明な壁を作られた。

 僕は激突して頭を打った。


「痛ッてて…釣れないなぁ…」


 少しだけ残念かも。

 今日のお師匠様はご機嫌ななめ。

 今日は、お預けかもしれない。


「愛弟子には見せたくなかったのではないか?」


 男は、ため息をついた。

 金色に光る紋様が腕と足に入っている。

 おそらく全身に魔力が通っているのだろう。見るからに強そうな男だ。

 名前はなんだったかな。

 前に会った時、聞いたような気がするんだけど。

 たしか…雷神? だったような。


「おぬしに話した覚えは無いのじゃが…」


「皇女がベラベラ話していたぞ。口の軽さが災いしたな」


「はあ…まったく。昔から隠し事が筒抜けになるのは何故なのじゃ」


 お師匠様に元気が無い。

 壁も消えた事だし隣に座ろう。

 僕はお師匠様にピタリとくっ付いて座った。


「?」


 椅子がゴツゴツしてて傾斜になっている。

 変に揺れるし、なんだろう。

 確認してみた。


「こ…うわぁあああ…!」


 それを見た時、思わず飛び退いてしまった。

 服を着ていない人間が、そこに居たのだ。

 中年男性だろうか、腕と足を折られて水平を保とうと必死である。

 

「お…お師匠様。こ――!」


 僕は口を塞がれた。

 お師匠様が塞いだ。

 体にまとわりついてきて、離してくれない。


「ん…なんじゃ?」


「ふぉふぇふぁ、ふぁんふぇふは?」


「これはな…悪しき人間の末路じゃ。おぬしの大嫌いな人間じゃよ」


 そう言って、お師匠様は手を離した。

 でも代わりに、服の中に手を入れてきた。

 

「人間は嫌いだけど、何もこんな事しなくたって…」


「まあ、一理あるの。じゃがもし、子奴らがわたしを甚振ったり嬲り殺しにしたら、おぬしは許せるか?」


「なっ…! そんなの許せないですよ!」


「じゃろう? だから、不安の目は詰んでおかないといかん」


 お師匠様は凄く優しい口調で教えてくれた。

 そして段々と、肌に触れるお師匠様の手が激しくなっていく。

 上も下も、唇も自由さえも奪われて。

 いつもそう。

 いつも気持ち良くしてくれる。

 

「何なの何なの何なの何なの何なの何なの」


 すると、少女が地団駄を踏みながら爪を噛み始めた。

 恐ろしい形相で僕を睨む。

 ちょっと怖い。

 まあまあと、男が少女を宥めてくれた。


「皇女よ。時が来るまで暫し待たれい」


「何時まで待てばいいんだよ! ふざけんな!」


 少女は男に掴みかかった。


「あと15年程お待ちを。さすれば我が直々に赴き、捕えて参りましょう」


「…その言葉、忘れんなよ」


「ええ、盟約を歯後には致しませんとも」


 男は強い口調で言った。

 何処か呆れた顔をしている。

 懐から薄い石版を取り出し、鋭い眼光を向けた。


「とは言え、地上に蔓延る雑種共を蹴散らすのは骨が折れる。特に、序列四位から上は厄介だ」


 何の話だろう。

 なんて考える僕を他所に、男は話を続けた。


「第二位に関しては我ら神族を殺した実績を持つ。抜剣されたら最後、おいそれとは間合いに入れん」


「何を言う。ヌシなら問題無かろうて」


「叛逆の魔女よ。我は対魔術において真価を発揮する。剣に対しては――」


「あー、はいはい。もう、その話は聞き飽きたのじゃ。して第一位はどうする。あの天撃が聞く耳を持つとは思えんのだが」


「屈服させればよい。半神半龍の半端者など恐るるに足らず。左目を抉り、戦意を削いだところで弱点を付く。如何に不老不死であろうと、完全無欠の存在では無いのだからな」


「そう簡単にいくかのう」


「才覚の皆無。所詮は凡人の域を出ん蛮王だ」


 前言撤回するように、馬鹿にするように男は言った。

 その時。

 突然、お師匠様の爪が僕の体に食い込んだ。

 おいたが過ぎた時にされる、お仕置によく似ている。

 怒ってるのかな。

 とか、考える余裕が無くなる程、耐え難い激痛に襲われた。


「お師匠様! い…痛いです!」


「おっとすまんすまん。つい感情的になってしまった。許しておくれ」


 キラリと光を反射する宝石の様な瞳。

 ああ、いつ見ても綺麗な瞳だ。

 その深紅の瞳に、僕はどう映っているのかな。

 愛玩動物かな。

 それでもいいな…。

 少女の殺気に気づくまでは、呑気にも、そう考えていた。


「いい加減にしてよ。さっきからそのガキが目障りで仕方ない…」


 この人、本当に僕の事嫌いなんだ。

 皇女だっけ?ウザイなコイツ。

 いっそ今、この場でバラしてやろうか。


「ふふっ…本当に昔と変わらんのう。皇女ともあろう者が魔女風情に嫉妬とは」


「抜け殻は頂戴よ。その為に協力してるんだから」


「左目さえ手に入れば後は要らんでの。好きにせい」


 覗き見えた二人の表情にゾッとした。

 でも僕のことでは無い…かな。

 何となくそう思った。


「さて、我はそろそろ行くとしよう。配下より報告を受けたのでな」


 男が立ち上がった。


「何の報告じゃ?」


「忌まわしき“魔”に魅入られた人間が、中央大陸に足を踏み入れたらしい」


「ほう。して、誰かの?」


「……」


 お師匠様は話の本筋を理解した上で聞いている。

 当然、議題に挙がった人物にも目星は付いている。

 だからこそ頭に来ているのだ。

 焦らす必要が無いから。

 不満は次第に膨れ上がり、幼子と見まごう小さな手は、僕の顔を覆った。

 そのまま頭蓋骨を割る勢いで、地面に叩きつけられた。

 

「うぐッ…!」


 紛れも無い八つ当たりだ。

 本当に痛いや。

 嫌な気持ちはしないけどね。

 意識が朦朧とする中、ズルズルと足を引き摺るように床を這いつつ、壁に手をかけて状況確認。

 お師匠様が男の前に立っていた。


「耳が遠いのう。誰が、と聞いとるんじゃが?」


 張り詰めた空気。

 一触即発までの秒読み。

 それを回避せんと、男は硬い口を開く。


「アビル・スターマイン」


 その名を滑らせた途端、お師匠様と皇女は大声を上げた。

 取り乱していたのは皇女。

 血の気を全身から放ち、男に掴みかかろうとしたが届かず、瞬く間に背後に立たれ、手刀を首に受けて地に伏した。

 それに比べ、お師匠様は大分穏やか。

 憤怒を態度に示しながらも、口の端が吊り上がるだけつり上がっている。

 素敵だけど不気味かもしれない。

 

「そうか…そこにおったのか」


 お師匠様は扉に手をかけた。


「待て。貴様が行けば宿願は果たせなくなる」


「別にいいじゃろ、一目見るくらい。おぬしの誘いが無ければ今頃どうしてたか分からんし」


「末恐ろしい女だ。だからこそ最も魔女らしい」


「人間が定める呼称は勘違いの宝庫。例に漏れず魔女もそう。嬉々として、わたしを魔女と呼ぶんじゃないわ」


「勘違い…か。果たしてそうかな」


 二人の睨み合いに恐怖した。

 大気中の魔力濃度が急上昇し、暴走の兆しが見える。

 止めなければ。


「お師匠様の興味に、僕も興味があります」


 嘘はついてない。

 本心から出た言葉だ。


「嬉しいことを言ってくれるのう。流石わたしの自慢の弟子」


「いやー照れますねぇ」


「おぬしも良く見ておくことじゃ。永遠を生きる人間が到達した極地。才能を否定し、噛み砕かんとした男の胆力。純然たる魔術本来の災禍を」


「僕は追いつけますか?」


「それは無理じゃの。あの者は日々の鍛錬を怠らぬ求道者。そもそも心の在り方が違う。おぬしみたいな怠け者とは違うのじゃよ」


 突き放すように言われた。

 でも優しく頭を撫でてくれた。

 飴と鞭が上手くて心地良い。

 ずっと一緒に居たい。

 あの日。僕が拾われた日から続く日常の一頁をここに刻んだ。

 

 お師匠様はフードを脱いで外を見た。

 艶めく青紫色の髪を光輝に晒し、純白の白衣を手でほろった。

 僕があげた髪油、ちゃんと使ってくれてるんだ。


「ふふっ…485年か。後15年で叶うのか。わたしの宿願が」


 太陽の光を一身に浴びたお師匠様は、うんと背伸びをして笑い――、


「楽しみじゃのう!」


 空虚な瞳で、そう言った。

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