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悲願のバレット  作者: むつき。
【一章】少女に残されたモノ
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【8話】組織

 足音に気づき瑠樺が顔を上げると、片手にマグカップを二つ、もう片方の手に菓子パンを持つ青年と目が合った。

 青年は机の前に座り、瑠樺の方へマグカップと菓子パンを差し出す。


 コーヒーの香りだろうか。マグカップからは湯気が出ており、その独特な風味を思わせる匂いに瑠樺は心を踊らせた。


 警戒しつつもお腹が空いていた瑠樺は香りにつられて恐る恐る机に近づく。その時、マグカップと同時に差し出された菓子パンのパッケージに『チョコクリーム入り』と書かれいる事に気づき、瑠樺は口角をわずかに上げる。


「……早速だけど君の家族を殺した犯人についての話をしようか」


 青年の言葉を聞いて目を見開く瑠樺。

 机を挟んで向かい合う二人の間に、沈黙の間が流れる。


「お腹すいてるだろうし、飲み食いしながら話を聞いてくれ」


 青年から次に放たれる言葉が気になりつつも、目の前に差し出された菓子パンが気になって仕方ない瑠樺。

 机と青年を交互に見つめていたからだろうか。青年は苦笑いを浮かべる。


 青年の言葉を聞いた瑠樺は、言われるがままに早速コーヒーを口にした。

 口の中に広がる独特の風味に瑠樺は満足気に息を吐くと、即座に菓子パンの袋を開けてパンを頬張る。

 そんな瑠樺の様子をしばらく見つめていた青年は、大きく息を吸って吐くと口を開いた。


「単刀直入に言うと、君の両親は組織によって殺された」


 青年の放った言葉に、瑠樺は食べる手を止めて素早く顔を上げる。

 “組織”という言葉の意味を理解できず、静かに次の言葉を待つ。


「組織ってのは、この間君を誘拐した奴らの事だよ。人の道を外れた者の集団。俺はそんなあいつらの事を組織と呼んでるんだ」


 ゆっくりと説明を続ける青年。

 その言葉ひとつひとつが、瑠樺の心にずっしりとした重みを与える。


「以前、組織のアジトで見つけた書類……いや、殺害リストには君たち家族の事が書かれていたんだ」


「だから、君の家族は組織が殺したとみて間違いないだろう」


 淡々と話す青年。静かに話を聞いていた瑠樺の心には、怒りや憎しみ――後悔の感情が渦巻く。

 どうしようもない思いに、瑠樺はスカートの裾を強く握った。


 両親は組織によって殺されたのは理解した。けれど、それなら――


「……どうして、私の家族は殺されたのでしょうか?」


「だって、みんな悪いことする人じゃなかったんです! 周りの人たちに愛されるような人で……だから……」


 深い悲しみの涙が、瑠樺の瞳に浮かぶ。

 色々と言いたいことはあったが、目から絶えず溢れる涙が邪魔をして上手く喋れない。


 涙を拭っている瑠樺を見ると、青年はマグカップを口に当てて程よい温度になったコーヒーを口に含んだ。

 コトン。青年がマグカップを静かに置く音が部屋に響く。


「悪いが、そこまでは分からない。……ただ、君も組織に狙われているのは確かなんだ」


「あいつら、一度狙った獲物は逃がさないからね。これからも君の事を殺しに来るに違いないと思う」


「そんな……」


 それを聞いた瑠樺は、肩を落として俯いた。

 今まで、ろくでもない人生を歩んでいた瑠樺。


 学校ではいじめられ、家に帰れば最愛の家族が殺されており、挙句の果てに知りもしない組織という存在に自分の命が狙われているのだと目の前の青年は言うのだ。


 一体自分が何をしたのだろうか。理不尽な醜い現実が、瑠樺を絶望に突き落とす。

 青年はそんな瑠樺を見つめると、コーヒーを勢いよく飲んでマグカップを机に置いた。


「……俺は、訳あってずっとこの組織の事を追いかけてる。目的は組織の全滅だ」


「そこでなんだが、文月瑠樺。君に協力を願いたい」


 協力――その言葉に分かりやすく瑠樺は顔を上げて反応する。

 その時に絡まった青年の瞳からは、燃え盛る炎のように赤くて強い想いを感じた。



「俺と一緒に、組織に復讐しないか」



 そう話す青年の声色は、どこまでも優しいようで冷たい。


「復、讐……?」


 瑠樺の脳裏を、その二文字が支配する。

 復讐――その言葉は瑠樺に、本人でさえも気づかないくらいに僅かな希望の光を与えた。


「そう、復讐。まぁ、一緒に戦ってくれる仲間が欲しいだけなんだけれど」


「……ただ、この間君が見たように俺は人殺しで犯罪者。共に復讐するということは、君も社会に戻れなくなる」


「もし君にその覚悟があれば、手を貸して欲しいんだ」


 左腕を強く握りながら、青年は淡々と話す。


 瑠樺自身、家族を殺した人達に復讐したい気持ちは山々だったが、青年の言う復讐のやり方は人の道を外れることになるだろう。

 この間の倉庫の一件で青年は、確かに数十人の人たちの命を迷いなく奪っていった。


 瑠樺は瞳を閉じる。これが正しい訳なんてない。

 それは瑠樺の家族だって望まないはずだ。


 ――でも。


 瑠樺は自分の心に問いかけた。自分が本当はどうしたいのかを。


 数秒の間に蘇る、瑠樺の記憶の中の家族。

 瑠樺に向かって満面の笑みを浮かべる、大好きだった家族。


 ゆっくりと目を開けると、瑠樺は青年を見つめた。


「……すみません。今はまだ答えが出そうにないです」


 しばらく考えたのだが、答えは決まらず申し訳なさそうに視線を落とす瑠樺。

 青年はその答えに頷くと、ニカッと笑った。


「いいよ。大事なことなんだから、ゆっくり考えて」


「はい……」


 しばらくの間流れる沈黙。

 瑠樺は途中で食べるのを止めていた菓子パンを最後まで頬張ると、勢いよく飲み込んだ。


 食べ終わった中身のない菓子パンの袋を意味もなく畳みながら、瑠樺は少し言いづらそうに青年の瞳を覗き込む。

 その瑠樺の様子に青年は“どうした?”と言わんばかりに首を傾げる。


「あの、家に帰りたいんですけど……」


 顔色を伺いながら口を開く瑠樺。

 それを聞いて表情を少し曇らせる青年の様子に、瑠樺は恐くなって畳んだ袋が元の形状に戻るのを見つめる。


「じゃあ、俺もついて行くよ」


「すみません、気持ちは嬉しいのですが、一人で帰りたくて……」


「……その気持ちは分からなくもないけれど、今君は組織に狙われているんだ。一人で帰すのは危険すぎる」


 青年が言い終えた際には瑠樺は肩を丸めており、その様子を見た青年は、どうしたものかと顎に手を当てた。


「……一度だけでいいんです。さっきの返事も考えたいので、少しだけ一人にしてくれませんか」


 少しの間を開けてから、瑠樺は真剣な眼差しで青年を見つめる。

 青年はその言葉を聞いてしばらく唸りながら頭を掻いていたが、やがて観念したのか立ち上がった。


 そして、机の近くにある棚の引き出しを開けたと思うと、ひとつのハンドガンを取り出して瑠樺へと差し出す。


「じゃあ、せめてこれ持っといて」


 平然とした顔を見せる青年に、瑠樺は慌てて首と手を振った。

 だが、青年はそんな瑠樺の右手を優しく掴むと、その手のひらにハンドガンを収める。


「なっ、受け取れないですよこんなの!」


「……護身用」


 ハンドガンをやや強引に渡された瑠樺は慌てて返そうとしたが、護身用の一言に負けてしぶしぶハンドガンを受け取ることにした。

 思ったより重みのあるそのハンドガンのあちこちに傷があるようすから、かなり使い古されている様子が伺える。


 瑠樺は荷物をまとめてハンドガンを鞄の中にしまうと、ついでに鞄からスマホを取り出して電源を入れた。


 普段からあまり使わないおかげかかろうじて充電が残っており、幼い頃の自分と家族が映し出される画面には『充電してください』と表記されている。


「そうだ。名前、まだ教えてなかったよね」


 その呟くような発言に、画面を眺めていた瑠樺は青年の方へ振り向く。

 確かに、青年は書類の関係で瑠樺の名前を知っていたが、瑠樺は青年の名前を知らない。


 青年は瑠樺の方へ歩み寄ると、右手を瑠樺に差し出した。


「俺の名前は暁羽あかばね れん。よろしく、瑠樺」


「文月 瑠樺です。よ、よろしくお願いします……?」


 瑠樺が青年の手を取った時、青年は嬉しそうにニッコリと笑う。

 その時に見えた青年の八重歯に、訳も分からずドキッとして思わず手を離す。


 瑠樺の手のひらに残る蓮の手の暖かさに、瑠樺は久々に笑みを浮かべていた。

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