5 近藤さん
前半は近藤さん目線でのお話しになります。 そして後半が健司目線でのお話に戻ります。
仕事の都合上、VRでプリンセスになった近藤玲奈は、自身の担当しているシルバーこと松原健司の事を考えていた。
すっかり忘れていたので、名前を聞いてもまさか彼だとは思わなかった。
でも出来上がってきたアバターを見て、それが私の知っている松原先輩だと気付いた。
髪の色や、目の色も違っていたけれど彼を知ってる人はそれが彼だとわかるだろう。
私が松原先輩を知ったのは私が高校1年の時、
松原先輩は私より2歳年上で同じ高校の3年生。
弓道部主将で、ロボット研究部の先輩はうちの学校では有名人で私の親友だった詩織も松原先輩の大ファンだった。
同じ学年ではカワイイと人気のしおりんだったが、松原先輩は当時しおりんの事は知らなかったようだ。
しかし大学を卒業して、しおりんが就職したのは大手の製造メーカーで同期に院卒の松原先輩がいたのだ。
しおりんは猛アタックを続けてとうとう松原先輩を手に入れた。
ある日のこと、私は会社の飲み会の後に、その時にちょうど会社の飲み会だったしおりんと偶然に会い、その後私達はカラオケに行く事にした。その時に一緒に来たのがしおりんの上司の田崎さんだった。
それからちょくちょく田崎さんから連絡があって2人で食事をするようになり、そして私達はお付き合いをするようになった。
その事をしおりんに話すと、
「田崎さんと玲奈はお似合いだよ。」と喜んでくれて、そして私達は同じ時期に婚約をした。
松原先輩の事を惚気るしおりんに、私も田崎さんの事を自慢した。
田崎さんのお父様はホテル経営をしている実業家で、田崎さんが学生時代から住んでいるマンションも東京の一頭地のタワマンだとか。
お母様も私を気に入ってくれてお正月用にと着物を作って下さったりと本当に良くして頂いたとか。
しおりんとウエディングドレスのファッションショーを観に出かけた時に、しおりんは私の婚約指輪を見て言った。
「それってヘンリーウィリントン」
しおりんはずっと婚約指輪はヘンリーウィリントンがいいと言っていたのだ。
私が「そうなの。田崎さんがね」と言った瞬間、
「ごめん、急用を思い出したから私帰るね。」
しおりんは私を置いて帰ってしまった。
その後しおりんとは連絡が付かなくなった。
田崎さんにしおりんの事を聞くも、言葉を濁すばかりで結局しおりんには連絡が出来なかった。
そしてクリスマスイブ。
私は田崎さんと待ち合わせのレストランに着いた。
先に席に座ってワインを飲んでいた田崎さんは私のグラスにワインが注がれたのを待って口を開いた。
「玲奈ごめん。僕は君とは結婚する事が出来ない。」
「…」
「僕は自分の本当の気持ちに気が付いた。だから………ごめん。」
「ここの食事代は2人分支払ってある。友人を呼んで食事して貰っても構わない。それから婚約指輪は慰謝料と思ってくれ。」
田崎さんはそう言ってレストランを出ていった。
そんな事わざわざクリスマスイブにレストランに呼び出して言う? こんな男とつき合ってたんだと思うと情けなかった。勿論直ぐにレストランを出た。
それから半年後田崎さんとしおりんが結婚したとの噂を聞いた。
昨年オープンした田崎リゾートホテルは田崎さん自身がオーナーのホテルだ。
当時、自分はホテル経営は向いて無いと言ってたのに…
まあ私には関係ないけど。
そんな事を思い出していたら、松原先輩がやって来た。
「松原さん、私です。タヌキだった近藤です。」
♦︎ ♦︎ ♦︎
ゲートで城に到着すると、プリンセスと思われる女性がいた。
ブロンドのゆるいウェーブの髪、桜色の頬、美しい女性が近づいてくる。
「松原さん、私です。タヌキだった近藤です。」
俺はとりあえずセバスチャンさんから習ったように騎士の礼をしてみせた。
近藤さんが恥ずかしいそうに困った顔をする。
「松原さん そんな事しなくても良いんですよ、今は誰も見てないですから。」
近藤さんは俺の腕をとって、
「さあいきますよ。」っと、ドアを開けると沢山のメイドや兵士達が並んでいた。
馬車のドアが開き近藤さんが先に馬車に乗り、その後俺が乗り込んだ。
「松原さん ごめんなさいね。今日私がプリンセスなのはレストランのオープニングでプリンセスがレストランで食事している写真を雑誌に載せるためなんです。このレストランはパリ、東京、そしてラスベガスに有るんですが、VLS内ではここが初めてです。」
近藤さんの話を聞きながら俺はふと思った。
俺が最後に女性と2人で会ったのは…4年前。
「なんかデートみたいですね。」
と俺が言うと、
「そういう設定ですからね。」と近藤さんが笑った。
レストランに到着すると馬車から俺が先に降りて、近藤さんをエスコートしてレストランへ入る。
正面には豪華な花が生けてあり、外装もそうだったが内装も歴史的建築物のようだ。天井にはフレスコ画が描かれている。
支配人らしき人と、シェフが迎えてくれて外のライトアップされた噴水が見える席へ案内してくれた。
俺が部屋の絵画や彫刻を見ていると、
「このレストランはフランス本店と全く同じなんです。建物から食器に至るまで完璧に再現されています。」と近藤さんが説明してくれた。
近藤さんが支配人に耳うちすると、支配人が頷き、ウェーターがワインをテーブルに数本並べる
すると近藤さんが近づいてきて、
「これなんですが、全てヴィンテージワインのワイナリーがVLS用に作ったライセンス商品です。」
「脳に送る情報だけって事ですよね?」
「そうなんです!このルマネシャンティを実際にレストランで購入すれば安くても1本百万円以上はするでしょうが、VLSで年間本数を限定して一本10万円で販売予定です。
他のヴィンテージワインはだいたい一杯1000円から5000円位の価格設定なんです。でもこれは一杯2万5000円です。」
いやー、俺絶対たのまないわ。そんな金無いし。
ウェーターがルマネシャンティを注いでくれた。
ワインはぜんぜん詳しくは無いけれど、とても香りが良く、美味しいワインだった。ちなみに他のヴィンテージワインもとても美味しい。
食事も本店で出されている品と同じメニューだそうだが1品ごとに手がこんでいて美しく、どれも美味しかった。
「実は今日、芸能人のザックさんがVLSで、このアストリア国に入居されたんです。それから米国のITの神と言われてるデルハイズ氏のご子息のブライアンハイズ氏もVLSで入居されました。きっとこの2人は本物のルマネシャンティをお飲みになってらっしゃるので、違いが分かるかもしれませんね。ザックさんとブライアンさんは7時から、この店で対談予定です。」
「ところで、なんでザックさんはVLSに入ったんですかね? 」
「聞いたところでは美容のためみたいです。VLSは活性酸素の発生を防いで老けにくくなるそうです。それに美食家なので、美味しいものをいくら食べても太らないのが気に入ったようです。」
「そうなんですね。もしかしてブライアンハイズ氏ってサムライブライアンさんでしょうか? そうなら今日会いました。」
「そうです。サムライブライアンさんです。」
「やっぱり。」
「アストリアはブライアンさんのような海外の富裕層のVLS利用者をターゲットにしているので、今後も有名ホテルやレストランの店舗を増やして行く予定です。」
「あっ、そういえばライセンスじゃないレストランは俺は無料なんですよね?」
「松原さんの場合、ライセンス商品で無ければ全て無料です。そうそう、今日のレストランのレビューを宜しくお願いしますね。」
近藤さん、それ早く言って欲しかったです…。
「あの〜ワインですか? それとも料理?」
「両方お願いします。」
あ〜 そうそう これは仕事でした…ちゃんと覚えてますよ。
お読み頂き誠に有難う御座います。