2 VLSへ入居する事に決めました。
髪の毛ボーボーだと恥ずかしいから市役所に行く前に髪切ってきてと母さんが言うので数年ぶりに美容室に来た。
「いらっしゃいま………せ。」
っと振り返った美容師さん達の顔が俺を見て引きつっている??
「あのー この頭に付いている巣みたいのは…?」
「えーと、寝癖?絡まってずっと取れないので切って下さい。とうぶんカットしなくていいように短くお願いします。」
「じゃあ全体的に短くカットしますね。」
カットが終わる頃には俺の顔に慣れたのか美容師さんは「凄い似合ってる。超イケメンになってるよ!」とお世辞まで言ってくれた。
昨日は風呂も入り、今朝髭も剃ったので 髪も切って全身スースーしてなんか肌寒い。
その後両親と待ち合わせして市役所に向かう。
ビルに入ると市役所というより近代美術館のような内装だった。
待合室で順番を待っていると、自分の予約番号がスクリーンに映し出された。
俺達は立ち上がり受付へと進む。
「あっ すみません。 えーと これ予約番号です。」
と言って俺は番号の書いてある紙を見せた。
「松原健司さんですね。VLSについてのご相談で間違いありませんでしょうか?」
「はい」
俺たちは半個室の事務室に通された。
「そこに座って。」
デスクの向こう側に中年で小太りの男性が座っていた。この人が担当の職員さんなのだろう。
「電話で相談された方だよね? 息子さんのVLS入居についての。」
「はい。これが息子に関する書類です。医師の診断書も入っています!」
と父さんは書類を市役所の職員さんへ渡した。
職員さんは書類の確認を済ませ、
「書類に問題は無いみたいだね。VLSで息子さんも一緒に3名で暮らすんですよね?」
と父さんの方を向いた。
俺は思わず口をはさんだ。
「あっ、あの、私は出来ればサンダーシャックのVLSに住みたいのですが…」
「サンダーチャック?」
いや、サンダーシャックなんですが…。
「あっ、それブランド扱い。 追加料金が発生するの。」
職員さんは呆れたように、
「ベーシックプランでも住居者は1か月で約3万円の追加料金」
無職の俺にそれは無理………
「あっ、待てよ。 VLS入居者対象にこの会社、VLS内の仕事で1日3時間で週5日の求人募集してるな。」
職員さんの話しでは1日3時間週5日の仕事で月20万円らしい。
「面接のリクエスト出す?」
「はい、お願いします。」
俺は即答した。
「ゲームばかりじゃ無くてさ、お父さん、お母さんもちゃんと安心させてあげなきゃね〜。面接は明後日でもいい?」
「はい…」
こうして仕事のバーチャル面接も明後日で決まった。
◆ ◆ ◆
面接はバーチャルで本当に助かった。
第一、第二次面接も上手くいき俺は採用となった。
契約条件は
勤務時間: 1日3時間 週5日勤務
1ヶ月: 20万円
VLS入居費用及びサンダーシャックコンテンツ移住権
契約更新: 1年毎
コンテンツ内での買い物はギルドカード提示で無料 *ライセンス商品は除く
王都の貴族街に邸宅支給
アバター : 本人をベースにしたキャラクターのデザイン
タイトル: ナイト 準貴族称号
コンテンツ内の職業: 騎士、冒険家
騎士 レベル: 1000 そして見合う装備レベルとアイテム
その他: 魔術 治癒
実際の業務は会社からの指示でコンテンツ内の各地を巡り、VLSユーザー向けの観光やアトラクションの下見やガイド 広告宣伝業務。
面接官いわく、この仕事はテーマパークにキャストとして住んでいるようなものだそうだ。
ちなみに貴族枠は販売している。既に購入した人もいるそう。
その後、サンダーシャック社よりゴーグルや手袋などのRV用のVLS体験セットが送られてきた。
入社から1週間は研修で、このVRを使って仕事を学ぶ。
指定の日時にログインすると、女の子のタヌキが目の前に現れた。
「こんにちは、私は担当の近藤です。」
「初めまして松原です。どうぞ宜しくお願いします。」
タヌキの近藤さんは頷きながら話しを続ける。
「松原さんのキャラは今はタヌキですが、VLSでは松原さんのお顔をベースに銀髪でシルバーブルーアイの美しいナイトに仕上がる予定です。大丈夫でしょうか?」
「はあ 銀髪とか、もう決まってるんですね。」っていうか今俺もタヌキなんだ。
「申し訳無いのですが、そうなんですよ。でもお嫌なら変更可能です。」
「あっ別に大丈夫です。」
「そうですか、良かった。 松原さんはサンダーシャックのVRはプレイされた事はありますか?」
「それが無いんですよ。」
VRのオンラインゲームは高額で手が出なかったので全くの初心者だ。
「分かりました。では左手首のリングに触れて下さい。 そして目の前に映し出されるコンテンツを手で触って選ぶか、同時にボイスコマンドも起動するので、言葉で指示も可能です。
急な敵との対戦は二回リングを叩くと、戦闘コマンドのボタンが現れますので、それを剣や手でタップしながら戦って下さい。勿論ボイスコマンドでも大丈夫です。では実践してみましょう。」
俺は近藤さんから一週間VLS内での生活に必要なコマンドや仕事についてみっちり教わった。
そしてとうとう俺達家族はVLSに入る日がやってきた。
荷物は持って行けない。
父さんや母さんは高価な物は全て兄さんと姉さんに渡して残りは全て処分した。まさに究極の断捨離。
有るのは今着ている服とオンラインの銀行口座だけだ。
このVLSでは孤独死は起こらない。いつでもAIのお世話係や望めば既に亡くなった伴侶がAIとなって最後まで側にいてくれるのだ。
いわば完璧な世界がそこには有る………。
俺もネトゲのギルメン達に引退を発表をし、PCのメモリーを破壊した。
どうしても捨てれ無いものは姉さんが保管してくれる事となった。
……心の痛み半端ないっす……。
もう後戻りは出来無い。
今日から社会に復帰しない、オンライン社会復帰をすることになった。
病院の様な大きな建物の入り口でチェックインを済ませる。
「次会う時はVLSの中でだね。」
と母が呟くと、
父さんは俺と母さんを両手に肩を抱いて、
「大丈夫だ、すぐに会えるさ。」と微笑んだ。
カーテンで仕切ったベットで手術着に着替えて横になる。
看護婦さんが健康状態を調べながら、手の甲にカテールを刺した。
そして「目が覚めましたらVLS内です。」と微笑んだ。
読んで頂き誠に有難うございます。
感想などを残して頂けましたら有り難き幸せです。