☆7 「防護のルーンです」
蘭が眠ったことを確認したつくしは――実際には蘭は起きているが――、自室に戻っていた。
「ゲーム、ゲーム~♪」
鼻歌を歌いながらつくしがベッドに腰掛ける。
さあ始めようとVRギアを手に取ろうとしたところで、同じVRギアが2つ並んでいる。
「あれ、どっちがつくしのだろ?」
片方は蘭が置いていったものなのだが、どちらも同じ製品なので見ただけでは区別がつかない。
つくしは近くにあった方をとりあえず頭にはめてみた。
「ふんふん……蘭ちゃんのニオイがする。これ、蘭ちゃんのだ。じゃあ、こっちがつくしの。わかんなくなっちゃうから名前書いておこー」
つくしは油性マジックを持ってきて白いVRギア本体に大きく「つくし」と名前を書いた。
「んじゃ、つづきしよーっと」
VRギアのスイッチを入れて頭にかぶると、目の前のディスプレイにスタンバイ中を示す画面が表示される。
「VR、オン」
つくしの発した音声コマンドをVRギアが認識する。つくしの意識は吸い込まれるようにVR空間へと潜っていった。
ファイナルフロンティアVRの世界へ戻ったつくしは、きょろきょろと周りを見回してログアウトしたときに自分がどこにいたのかを思い出した。
中央広場。賑わいを見せる町の中心地だ。
「なにしよーかなー」
つくしは広場を歩きながら、露店に目を向けた。
ちょっとした市場のようになっている露店エリアには、プレイヤーが出品したアイテムが所狭しと並んでいる。
武器防具はもちろん、ポーションなどの消費アイテムや、モンスターが落とす貴重品など、あらゆるものが出品される。
店によって並ぶアイテムの種類が違うので、武器なら武器屋、消費アイテムなら雑貨屋など、ジャンル別に探しやすくなっている。ただ、一等地に置かれる目玉商品以外は多くのアイテムの中に埋もれてしまいがちなので、目的のものを見つけ出すには相応の慣れと知識が必要になる。
樽を傘立てのようにして置かれた大量の剣の中からひとつ取り出しては戻す作業を繰り返すプレイヤーの姿を見て、買い物をするお金のないつくしは、楽しそうだなあ、と思うのであった。
「そういえばサーモンさんから新しい武器もらったんだった」
つくしはメニューを開いてインベントリを確認する。
装備欄の〈ビギナー用ナイフ〉を外し、空いたスロットに新しく〈ククリナイフ〉を入れる。
ベルトに装着していたナイフが消え、代わりに一回り大きい変わった形をしたナイフが現れた。
鞘から抜いて手に持ってみると、ずっしりと重い。ブーメランのように内側に曲がった幅広の刀身はぴかぴかに光ってよく斬れそうに見えた。
周りに人がいないことを確認して軽く振ってみる。
「おー、かっこいい。採取に便利かもー」
生産の材料に使うアイテムの多くは植物や鉱石だ。地面に落ちたものなら拾うだけで済むが、欲しいものが植物なら茎や枝を切ることもあるし、鉱石なら岩を掘ることもある。場合によって適した道具を使えば、それだけ作業効率が上がるのだ。
「試し切りしたいなあ。どこいこうかなー。――あ、そうだ。経験値。とりに行かなくちゃ」
つくしが死んだときにドロップしたアイテムは蘭が全て回収してくれたが、経験値は本人が直接行かないと取り戻すことができない。
失った経験値はレベルアップまでに必要な量の10%。諦めるにはちょっと大きい。
つくしは再び森へ向かって歩き始めた。
「……うん。森ってどっちだっけ」
つくしは方向音痴だった。
「そうそう。その石碑にさわって設定すればリスポーン地点がここになるから」
「へー。――あっ、ほんとだ。すごい便利だね! ありがとー。おねーさん」
つくしは二人組のプレイヤーにお礼を言った。
広場で森への行き方がわからないことに気が付いたつくしは、近くにいたプレイヤーに道を訪ねたのだ。
話しかけた二人組のプレイヤーが同じ方向に向かうというので、一緒に町外れまで連れて行ってもらうことに。
道中、話しながらリスポーン地点の変更の仕方を教わって、つくしはいまその設定を済ませていた。これで次に死んでもこの場所に復活できる。
「それじゃあ、私達はここで。がんばってね、つくしちゃん」
「うんっ。おねーさんたちもがんばってねー」
「あ、つくしさん。すこしいいですか。そこを動かないでください」
プレイヤーの一人がつくしを呼び止める。右手に持った指揮棒のような短い杖を素早く振ると、空中に光る文字が刻まれていく。
最後に杖を大きく振って文字を飛ばした。文字はつくしの体に当たり、体全体がぼうっと光ったかと思うと、すぐ元通りに落ち着いた。
「防護のルーンです。一定時間、防御力を上げる効果があります」
「お……おお~! 魔法だーー!? すごーい! おねーさん魔法使いなのー?」
「あ、はい。魔法使いの中でもルーンメイジっていう半分バッファーみたいな職業ですけど」
「あー! 一人だけつくしちゃんにいいところ見せて! ずるいっ。私ハンターだからなんにもできないのにーっ」
もうひとりの弓を背負ったプレイヤーがルーンメイジに文句を言う。
「はいはい。いいから行くよ。それでは、つくしさん、ご武運を」
「ばいばーい。またねー、つくしちゃーん」
ルーンメイジはハンターの腕を掴んで無理やり引っ張っていく。ハンターはつくしに手を振って、すぐに並んで歩き始める。
「おねーさんたちもがんばってねー」
つくしも大きく手を振って二人を見送った。