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☆1 「錬金術っていうのはね、煙が出るものなの」

 柔らかな木漏れ日の降り注ぐ森の中を、一本の小道が通っている。

 舗装こそされていないものの、獣道などに比べれば随分と立派なその道は、開拓者たちがこの森を抜けるために切り開いた冒険の証でもあった。

 

「んー。うーん……何かに使えるかなあ。これ。わかんないけど、一応とっとこう」


 つくしは手に持っていた赤いキノコをポーチに入れた。

 鼻歌を歌いながら地べたに座り込み、キノコや草花を摘む姿は、小さな身体や幼い顔立ちも相まって幼女にしか見えないが、実年齢は17歳だ。


「姉さんっ。黙って離れないでくださいって言ったじゃないですか。また迷子になりますよ」


 つくしの背後から、妹の( らん)が声をかけた。

 背丈こそ大差ないが、顔立ちや所作はつくしよりも大人びている。

 腰に長い直剣を下げているが、身体に見合わない長さなので鞘の先を地面に引きずりそうになっている。

 

「あ、蘭ちゃん。えへへー。ねえ見て見てっ、ほら、レッドマッシュルームとヒールハーブ拾ったの。薬の材料になりそうでしょっ」


 つくしは採取したばかりのキノコと葉っぱを両手に持って自慢げに蘭に見せた。

 幼女のように無邪気な笑顔を見せられて、注意するつもりだった蘭の力も抜けていく。

 

「はあ……。そういえば姉さんは錬金術師でしたね。もう何か作れるんですか?」


「んーーーと……。あとねー、ヒールハーブが2つあればヒールポーションができるみたい!」


「あと2つ、ですか。それならすぐ集められそうですね。この辺りでもう少し探してみましょうか」


「うんっ」


 元気よく返事をしたつくしは、森の中を走って草の生えている場所をあちこち見て回っている。

 そんな様子を、蘭は幸せそうに見守っている。

 

「ふふふっ、はしゃいでるなあ。姉さん」


 しかし微笑みを浮かべながらも、蘭の眼差しは鋭く周囲を観察していた。草木の立ち並ぶ森の中は死角が多い。ちょっとした油断が命取りになることを蘭は早くも学んでいた。

 

「わあっ、蘭ちゃんっ、あそこ! すっごい沢山生えてるよーっ」


 つくしが蘭を呼ぶ。

 指差す先には目当てのヒールハーブが群生している。木々がまばらで日当たりもいい。絶好の採取ポイントだった。

 まっすぐに駆けていくつくしの向かう先に、蘭は別の気配を察知した。

 

「姉さん、敵が居ます! 気をつけて!」


 奥の茂みから、何かが飛び出した。

 

「おおかみ!?」


 つくしは慌てて立ち止まる。

 つくしの前に現れたのは、大きな狼だった。茶色と灰色が入り混じった毛色で、体はつくしよりも大きい。

 狼は牙をむいて臨戦態勢を取っている。そして立ち尽くしたつくしを獲物と見るや、一息に踊りかかった。

 つくしは驚いて尻もちをついてしまった。もはや逃げ場はない。つくしはぎゅっと目をつぶって悲鳴を上げた。

 

「きゃあーっ」


 だが、狼の爪や牙がつくしに届くことはなかった。

 風のような疾さで蘭が駆けつけて、飛びかかる狼をロングソードで斬りつけたのだ。

 攻撃態勢に入っていた狼は、突然現れた蘭の斬撃を腹に受けて地面に叩き落される。

 狼はすぐに体勢を立て直し、今度は攻撃のターゲットを蘭へと変えて再び飛びかかった。

 蘭は落ち着いた動きでロングソードを正面に構え、突進を薙ぎ払うようにして防いだが、狼はひるまずに攻撃を続ける。

 張り付かれてしまうとロングソードのリーチが却って仇となる。蘭は狼を跳ね除けるようにして間合いをとった。

 すると、狼は攻撃をやめて空を見上げ、そして長く叫ぶように吠えた。遠吠えだ。それを聞きつけて別の狼が近づいてくる。

 

「姉さん! 私の後ろに!」


「う、うん」


 つくしは採取用のナイフを握って戦う準備をしていたが、蘭の気迫に圧倒されて後ろに下がった。

 2頭目の狼はすでに蘭たちを捉えて走り始めている。

 2対1になれば不利、そう悟った蘭が先に仕掛けた。

 蘭は小さな体の重心をさらに低くして一気に加速。またたく間に1頭目の狼との間合いを詰めた。

 狼が反応するよりも先に、蘭はくるりと体の向きを変え、背負投げのようにロングソードで斬り上げた。

 狼は避ける間もなく胸から喉にかけてを斬り裂かれ、力なく地面に倒れる。

 1頭を倒したのも束の間、新たに現れた狼が蘭に向けて突進を仕掛けた。

 蘭はとっさにロングソードを立ててガードするが、体勢が崩れた。

 追撃を加える狼に対して、蘭はロングソードを突き出して牽制する。

 狼の絶え間ない攻撃を受けて蘭は思うように攻撃ができずにいた。

 その間、つくしもただ見ていたわけではない。こっそりと狼の背後に近づいていた。

 両手でナイフを握りしめ、いざ切っ先を狼のおしりに突き刺そうとする、その瞬間、狼はぐるりと回転するように向きを変え、つくしに体当たりを食らわせた。


「ぐえっ」


 突き飛ばされたつくしは、またも尻もちをついて倒れた。

 狼は鋭い牙をつくしに突き立てようと、大きな口を開く。

 そこへ背後から迫った蘭のロングソードが一閃、狼は両断された。

 狼が倒れ、力尽きるのを見届けると、蘭は大きく息を吐いた。

 

「姉さん、無事ですか?」


 蘭が振り向くと、興奮したつくしが詰め寄ってきた。


「すごい! すごいすごいよ蘭ちゃん! つよいんだーー! どうやったの、さっきの! ねえねえ、下からずばあーって、剣士のスキル?」


「スキルじゃないですよ。前に姉さんがやっていたゲームの動きを真似しただけです」


「えー、見ただけでそういうのできちゃうんだ。やっぱり蘭ちゃんってすごい。つくしも蘭ちゃんみたいにかっこよく戦ってみたいよー」


 つくしから憧れの眼差しで見つめられ、蘭の頬に朱がさした。


「あの……そんなに……よかったですか?」


「うん! 蘭ちゃん世界一かっこよかった!」


「そっ、そうですか」


 蘭はきらきらと目を輝かせているつくしの視線を切るように、背中を向けてロングソードを鞘に納めた。

 声は平静を保てていたが、その口元には隠しきれない嬉しさがにんまりとした笑みとなって表れていた。

 

「――――私はクールでかっこいい妹、クールでかっこいい妹……ちょっと誉められたくらいではしゃがない……クールに、クールに……フー……」


「ん? なんかいった? 蘭ちゃん」


「いえ。なんでもないです。姉さんは、私を褒めてくれますけど、姉さんが一緒に戦ってくれなかったら負けていたかもしれません」


「つくし、なんにもしてないけど」


「そんなことありません。あのとき、姉さんが敵の注意を引きつけてくれたから勝てたんです。かっこよかったです、姉さん」


「えー、そうー? つくしかっこよかったー?」


「はい。姉さんはかっこいいです!」


「えへへー」


 二人は木漏れ日の下で笑いあう。


「姉さん、ハーブは足りましたか?」


「うんっ。おっけー、これで材料揃った。じゃあさっそく!」


 そう言ってつくしは手鍋ほどの大きさの錬金釜を取り出した。潰れた球形をした釜の外周には環状の取っ手が2つ付いており、見た目は小さな土鍋のよう。底部には安定感のある短い脚が付いていた。


「えっ、ここでやるんですか?」


 またいつ敵が襲ってくるかわからないと心配する蘭をよそに、つくしは初めて使う錬金釜をいじり始める。

 

「どやって使うんだこれ。んー…………。まいっか」


 錬金釜を地面に置くと、下から火が噴き出して釜の周囲を覆った。

 つくしは火の勢いに目を見張ったものの、すぐにそういうものかと納得する。

 鼻歌を歌いながらポーションの材料となるヒールハーブを錬金釜の中へ1つ、2つ、3つ、と入れ、続けてレッドマッシュルームを1つ放り込んだ。

 

「姉さん、ヒールポーションの材料はヒールハーブだけじゃないんですか?」


「ふふー、あれはねー隠し味だよー。ほら、お料理も隠し味入れたほうが美味しくなるでしょ?」


「え……ええ、そうですね」


 つくしは自信満々だが、蘭は以前つくしが作った炭化した目玉焼きのことを思い出して苦笑いを浮かべる。

 大きな木ベラでつくしが練金釜の中身を力まかせにかき混ぜていると、中の材料がどろどろの液体へと変わっていく。

 

「みてみて蘭ちゃん、いい感じになってきた!」


「面白いですね……。でも少し火が強すぎるような気がします。火力の調整はできないんですか?」


 練金釜は際限なく湧き上がる炎に包まれて、まるで火の玉のようだ。


「んー、わかんない! でも強火のほうが早くできるから良いんじゃない?」


「あっ、姉さん、煙が出ています。焦げているのでは」


「もう、お料理じゃないんだから大丈夫。こういう……錬金術っていうのはね、煙が、でるものなの……ケホケホっ…………あっ! ほら、見てみて! なんか光ってき――」


 練金釜は爆発した。

 強烈な破裂音とともに衝撃が襲いかかり、蘭は突き飛ばされるように背中から倒れた。

 そして森は何事もなかったようにもとの静けさを取り戻していく。

 蘭は頭を振って起き上がった。耳鳴りがきんきんと頭の中に響いている。

 煙の立ち込める爆心地には、つくしが倒れているようだった。

 

「姉さん……大丈夫ですか……?」

 

 蘭は立ち上がろうとしてよろめいた。怪我はないが、平衡感覚が麻痺している。

 爆発そのものは大したことなかったものの、一番近くにいたつくしが心配だ。

 煙の向こうにちらりと見えたつくしは、何か様子がおかしい。

 つくしの服は、こんなにも赤かっただろうか……。

 煙が晴れると、そこには仰向けに倒れているつくしが――真っ赤に染まったつくしが横たわっていた。

 

「姉さんっ」


「………………蘭ちゃん……」


 つくしが赤く染まった手を弱々しく伸ばすと、蘭はその手をやさしく握りしめた。


「ごめんね……。つくし、もう、だめみたい……体が動かないの…………このまま、死んじゃうのかなあ」


「――良かった。まだ喋れるんですね」


 蘭がほっと息をついた。


「うん……? 良くはないよね? つくし死んじゃうかもしれないんだよ?」


「もう死んでますよ。姉さん」


「ええっ、なにそれ、そんな衝撃の事実をあっさりと!?」


「自分のHPを見てください」


 つくしが自分の視界に表示されているステータスを確認すると、HPの残量を表すゲージは真っ黒に染まり、その数値はゼロを示していた。

 

「わあっ、ほんとだ! HPがゼロになってる!? でもどうして? しゃべれるよ。それに、ほら、ちょっと動ける」


「アイテムか魔法があれば復活できるんじゃないですか。でも、どちらにしても、いまはありませんから。無理ですね」


「そっかー。――あれ? 〈復活しますか〉ってメッセージが出てるよ? これおっけーしたら復活できるみたい! やったー」


「姉さん、それはこの場ではなく復活地点に戻ってしまうので先に――」


「よし、おっけーっと」


「あっ、待って! 姉さん!?」


 引き止めようとする蘭の言葉を待たず、つくしは迷わず〈はい〉のボタンを押した。

 すると、つくしの体は幻のように跡形もなく消えて、代わりに西洋風なお墓の石碑が現れた。石碑にはご丁寧に〈つくし〉の名前と死亡日時が刻まれている。死因は、〈爆死〉。

 森に残された蘭は、一人ため息をついた。

 

「姉さん……。迷子にならなければいいんですが……」

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