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第8話 違和感

   *


 一瞬のうちに回想した、あの日の地獄から来栖は現実へと立ち帰った。

 ブルーシートからいきなり入って来て、そのまま突っ立っている形の来栖を見て、そこにいた鑑識は皆ピタと作業を止めて、怪訝な顔付きで来栖を凝視した。そのうちの一人は、血溜まりのすぐ脇にしゃがみ込んで、ピンセットで何かを摘まんだままの形になっていた。

 来栖がここまで侵入して来る事を止められ無かった警察官は、手を合わせペコリペコリとその鑑識達に申し訳無さげに頭を下げてから、早々に立ち去っていった。

 来栖は自分が凝視されているその光景をしばらく見渡してから、警察手帳を懐のポケットから取り出した。

「A1県警刑事課の来栖刃です。例の元国会議員殺人事件の捜査協力をしたい」

 鑑識の男達は、お互い顔を見合わせて何やらごにょごにょと話し始めた。

「捜査協力をしたい、許可を貰えますか? 家の中も見ておきたいのですが」

「…………」

 しかし、来栖の協力申請に対する一同の反応は、ただの沈黙であった。

 しばらくして、腕に検察官の腕章を付けた男が、渋々といった風に立ち上がって、呆然とする来栖に近付いて来た。

 近付いて来るとわかる。男は来栖と瞳を合わそうとしない。まるで何かを隠しているかの様に、自信が無さげに視界はあらゆる所を彷徨っていた。

「すみませんが、この件はG県警が請け負います」

「なに?」

 やっと返って来たその言葉に、来栖の右の眉根はピクリと動いた。

「この件はもはやG県警だけの手に終えるものじゃない」

 そう言い切った所でふと、目前で話す検察官の男の後方に視線をやると、鑑識の男が一人、ハンズフリーの無線機で慌てふためきながら通信しているのが見えた。その表情は何かまずい事が起きたかのように、予想外の事態に見舞われ困惑している様にも見えた。

「……と、とにかく、上からそう言われていますので」

 検察官の言葉は、来栖の眉間に更に皺を刻ませる事になるだけだった……そして来栖の表情から躊躇は消えた。

「上から、ねぇ……」

「はい……それに、A1県警は今回の件への介入は許されていなかったはずですが、独断でここまで?」

「それでは何故、G県警は今こうしてここにいるのですか? 確かにこれはあなたたちの管轄で起きた事件だが、G県警にも今回は警察本部からの介入の許可は降りなかったと聞いています。……それと刑事課の者は?」

 その言葉に、その場の空気が重たくなったのを感じた。目の前の、自分と対峙する男は依然として目を合わせようとしない。ただ気まずそうに……早く帰ってくれと言わんばかりにそわそわしていた。

「G県内で起きた事件ですので……現場検証だけは任されているのです、その後の事件への介入はいたしません」

 検察官の男は相変わらず下を向いている。来栖はいい加減愛想を尽かし、何の気無しに辺りを見回して見るも、作業を中断している他の鑑識達もまた、来栖と瞳を合わせようとせず、各々が各々の場所へと視線を彷徨わせるようにした。

「あなたの警察手帳、見せて貰う事は出来ますか?」来栖が言った。

「え?」

 検察官の男が顔を上げて、少し狼狽しているのが見て取れた。

「勿論疑う訳じゃありません」

「あ、あぁ……」

 検察官の男は警察手帳を持っていない訳では無いようで、あっさりと懐からそれを取り出して来栖に提示した。その提示された警察手帳に視線を落とし、来栖はゆっくりと、細く鋭い、切り裂くような目付きで男を見上げた。

「いやに、すんなり見せますね」

「……はぁ?」

 来栖の眼光に気圧されたか、鑑識の男は一歩後ずさった。

「あなたの言うとおり、ここはG県警の現場……そんな所にのこのこ単独の独断でやって来たケツの青いA1県警の小僧っ子一人に、警察手帳の提示を要求されたら、普通突き返すか、俺の無礼を非難したりするか……なんにせよすんなり見せるとは思わなかった……なに、思っただけです。見た所、その警察手帳も本物でしょうし。まぁ、一応確認はしときますが」

「疑っているのか? 我々G県警を?」

 検察官の男は、ようやく来栖の瞳をまっすぐ見る事をした。

「いやいや、疑ってなんかいませんよ、ただおかしいな、とそう思っただけで」

「…………っ」

 先程のG県警に鎌をかけるような来栖の言葉に、周りの鑑識の男達は眉を潜める。

「も……もう、帰ってくれないか? まだ作業があるんだ」

 ばつが悪そうに言う検察官の男を見て、来栖は渋々ながらもそれに応じる事にした。

「結局情報は何一つ漏らさないか」

「……」

 来栖はあっさりと踵を返し、元来た道を引き返す。来栖の背後で、鑑識の男は額を伝う冷たい汗をハンカチで拭った。

 ――――のも束の間、来栖はピタリと歩みを止めて、振り向きもせずに大きな声で一つ問い掛けた。

「あぁ、そうだ……殺された園山元議員の奥さんってどんな髪型だった?」

「は、はぁ……?」

 鑑識の男達は、目を丸くして仲間達と目配せしていた。

「そんな事、調べでもしたらすぐわかるんだ、教えてくれたって良いだろ?」

「……」

 鑑識の男の一人が、少しの沈黙の後、――セミロングのブロンドだ、と答えた。

「そうですか。御協力感謝します」

 それだけ言って、来栖は再び歩を進め、ブルーシートの暖簾を掻い潜って外に出た。目前では、来栖の出て来た際に出来たブルーシートの隙間から、しきりに中を覗こうとする野次馬達が身を寄せ合っていた。

 来栖はすぐに開けたブルーシートを閉じて、キープアウトのテープへと近付いた。テープの前にいる見張り役の警察官とすれ違う瞬間に、一言。

「お勤めご苦労様、G県警さん」

 すると、見張りをしていた警察官は帽子のツバを摘まんで深く被り直した。その仕草を見て取ると、来栖はそれ以上は何もせず、何も言わずに、人混みの中へと消えていった。


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