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第5話 熱血新米刑事


「ですからっ! どうしてWCSSから抽出された写真が我々警察にすら公開されないんですかっ!」

 A1県警刑事課のオフィスにまだ若い男の怒声が響く。

 怪訝な目付きで、刑事課長の安座間(あざま)のデスクに掌を叩きつける新米刑事、来栖刃(くるすやいば)

 彼が今、髪を振り乱して訴えているのは、現代、世界中に張り巡らされた人工衛星、通称『WCSS』にて録画された、園山元議員夫妻殺害事件の犯人の顔写真、及び何もかもの情報が未だに警察に送られて来ない事に対しての事だ。

 そもそもこの猟奇的大事件の発覚自体からして、人工衛星局からの通知ではなく、偶然園山宅に張り付いていた記者が、テレビ局に情報を持ち込んだ事により明るみに出た事件なのである。

 とは言っても、メディアが繰り返し報じているのは、園山元議員夫婦と警察官の計四名が殺害された事と、その犯人がA1県の都市方面へと向かっているとの情報のみだった。必要不可欠な情報が欠けているのだ、そしてその情報は確実にWCSSを管理する『監視局』が持っている。それなのに、その情報が未だ警察に開示されていないのだ。

「来栖くん、頼むから静かにしてくれないか? それに関しては我々も頭を悩ませて――」

「ならば! どうしてあなた達は手をこまねいている!」

 のそのそと重い口を開いた安座間の出鼻を挫くように、来栖は再度机に掌を叩きつける。

 それを受けて安座間は、うーむと困ったように視線を逸らしながら、どかっと椅子に腰を掛けて、鼻をぽりぽりと指で掻いた。

「WCSSが故障していた……? 冗談の様な言い訳でしょう! 今や何億の衛星が浮かんでいると思っているんですか!? 犯人の顔写真は確実に監視局が持っているはずです! 持っているのに警察に情報を提示してない。これは国家に楯突く反逆罪でしょう!」

 安座間は、目前でボサボサ頭を荒げながら火の付いた様に訴える新米刑事から目を逸らし、何の気無しに辺りを見渡すと、同室にいる他の刑事達が「またか」といった風な表情で事の顛末を伺っている様であるのに気付く。

「あのな、来栖くん……」

 安座間は重い腰を少し上げて、デスクに身を乗り出し、目前で向こう気の強い眼光を放ち続ける新米刑事をギロリと睨み返す。

「お前が思っている程、警察はこの件に積極的じゃないんだよ」

 と言った所で来栖は一際強く、安座間のデスクを叩きつけた。その掌は安座間の鼻先すれすれに置かれている。

「……っ!」

 あまりの音にビクリとした同僚の女性刑事が、トレーに載せていたお茶を地面にぶちまけ、誰にとも無く小声で平謝りしながら下がっていった。

「この件に警察は積極的じゃない……? ならば、ならば誰がこの事件を解決するんですかっ! 我々が事件の解決を放棄したら、一体誰が市民の安全を守ると言うのですかっ! 同志も二人死んでいるんですよ!」

 来栖がそう声を上げると、安座間は腕を組み、考える素振りを見せながら、間を置いてなだめる様な声を出した。

「来栖くん、はっきり言う」

「……」

「君には悪いが、今回のような危険な事件には、我々警察官の誰もが関わりを持ちたくない上に、警察上層部もそれを望んでいない」

 その言葉を聞いた来栖は、自分の顔が青ざめ、あまりの落胆に熱が通り越して、急速に冷たくなっていくのを感じた。

「……は?」

 冷めかけた熱は再びに温度を増し、更なる高温に達するのは仕方の無い事だった。

「なっ……! なにを、何を言うのですかっ! 国民の平和を守る為に警察はあるのでしょうっ! それでは警察は何の為の組織なのですかっ!」

 来栖がオフィス中に響き渡る声量で訴えると、すぐ背後から同僚たちの嘲笑する声が漏れた。

 それを聞いた来栖の眉がピクリと動いた。

 自分は何か間違った事を言っただろうか? 間違っているのはお前達だろう。お前達は警察官としての自覚に欠けている。

 そう怒号を上げようとした来栖を見切っていたか、安座間はその挙動を手で制した。

「来栖くん。君はまだ警察官になって日が浅いからな……」

 含みのある物言いをする安座間。

「……それは、どういう事ですか?」

 はらわたが煮え繰り返りそうになるのを抑えながらに、来栖はしっかりと安座間の目を見て、言わんとする事を問い掛けた。

 程なくして安座間は一度静かに頷いてから、粘つく唇を鳴らして口を開いた。

「今回のような猟奇性を孕んだ事件には我々警察では無く、――――監視局が対応する」

 今度はガックリと拍子が抜けてしまった。自らの組織の怠慢を公言した次に、今度は突拍子もない戯言を吐き続けるというのか。

「……ま、噂なんだけどさ」

「噂……?」

 余りの妄言に気が抜けてしまって、来栖は先程までとは対象的に、呟くようにして安座間に問い掛けた。すると安座間は、いつにも増して真剣な目付きで来栖に言葉を返した。

「来栖くん。この話しはあくまでも噂、それをわかって聞いて欲しい。

 ……今や社会の安全を真に守っているのは警察じゃなく、空から国民一人一人を監視し、犯罪を無くした監視局だという話しはわかるな?」

 犯罪のほとんど無くなった平和な現代。それは、数多に打ち上げられた人工衛星が、国民一人一人を登録、認識し、最新技術の一切を詰め込んだ衛星カメラで、夜であろうと屋外にいようと透視し、追い続け、四六時中監視しているからだ。

 人工知能を備えた人類監視人工衛星『WCSS』何か不穏な動きをする者がいれば直ぐにそれを察知し、犯罪を未然に防ぐべく各地に通達がいく。出生児にWCSSに個人情報を登録され、そして死ぬまで監視される。そんな人類監視システムを各国が導入していた。そこら中に数多に走る自動車の速度から、ネット内での行動までもが全てリアルタイムで筒抜けであり、同時に監視、規制されている。

 自由は失われた。しかしそれでも、徹底した割れ窓理論は、世界から犯罪を無くしたのだ。

 これが、最も厳格であるべき警察組織すらをも堕落に陥らせた所以であった。

 しかし、あくまでWCSSの役割は犯罪を未然に防ぐ事、そして初期段階での犯罪の察知、並びに犯罪の牽制。監視しているだけの監視局に、起きてしまった事件を直接裁く力は無い。そもそもその為に警察と監視局は共同関係にあるのだ。それに監視局側が警察の手を借りずに罪人を直接裁く事も、当然法律違反となる。

「……はぁ」

 来栖の口から自然と素っ頓狂な声が漏れ出る。安座間はそれを見ながら再び話し始めた。

「その通り、お前が考えている通り抑止は出来ても対処は出来ない。ならばそんな中起きてしまった事件に、警察でないならば誰が対処するのか? とそこでだ、その様な事件に特化した、警察、軍事、衛星局、あらゆる方面の権力を集約した国家秘密組織が、監視局に配置されてるって話しなんだな。

 ……ま、あくまでその真偽はわからんが、少なくとも上層部が今回のような件には我々警察では無く、どこか他の組織に丸投げしているのは確かだ、その証拠に、現に我々A1県警はこの件に関しての介入を本部から許されていない」

 肥大していく絵空事のような話しに、来栖は落胆する。

「……」

 来栖は、目前でいかにも真剣な顔つきでまだこちらを見ている安座間に、何と返答しようかと視線を天井に投げて思案する。

 これが来栖の熱を冷ます為に安座間が吐いた虚言だとするならば、効果覿面だった。

「WCSSの設置によって、近年警察組織自体が急速的に縮小していっているのは知っているだろう? 刑事一課と二課が合併され、一つのオフィスに押し込めらているのを見てもわかる様に。案外有り得ない話しでも無いと思わんか?」

 ――あんたらの見事なまでの堕落っぷりから考えてもな。と来栖は心中で毒づいた。

「確かに、WCSSが全世界に完全に配置されてから、世界中の犯罪は激減しました……しかし! 存在自体も不確かなそんな組織に、我々警察が――――」

 ――バンッ! と、不意に一層力強くデスクに手を叩きつけたのは、今度は安座間の方だった。いつもは穏やかな安座間が激情したような表情に少し面食らって、来栖は驚いたように目を見開いて安座間を凝視していた。

「来栖くん、君が警察に憧れるのは……まぁなんだ、昔の事もある、仕方が無い。……だがな、君の思う警察の姿と言うのは、既に昔のものなんだ。先程も言ったように、犯罪が無くなり、平和ボケしてしまった今の我々警察には、昔のように訓練された、正義感に満ち溢れた警察官はもういないんだ」

 安座間のその様子や真剣な眼光から、来栖は安座間の言葉をいつもの様に右の耳から左の耳へ……といった風には出来なかった。

 面食らって一歩後ずさり、それと同時に、半ば強迫観念のように執拗に信じ続けていた自分の中の何かが否定され、高みから崩れ落ちていく感覚がした。

「それに、いくらなんでも不可解だと思わんか? 今回の事件を目撃した記者である人間が、そんな状況下で写真の一枚も撮らずに帰って来たという報道……。 わかるだろう? 何か別の力がメディアをコントロールしているんだ。メディアのみならず、警察組織までもを傀儡の様に操っている。とてつもなく巨大な組織の存在の裏付けじゃないか。

 しかし奴らは、それらをことごとく、かつ隠密に処理するんだ。今回も、そしてこれからもな。だからお前は上の支持通りに静かにしておくんだ。そうすれば殉職しちまった警察官二人の仇も取ってくれるってもんさ」

「……っ!」

 来栖は、形骸化した警察組織を確信した。

 ギリギリと、来栖は歯を噛み締めて拳を握りしめながら、デスクに手を着き、目前の堕落した上司の顔に穴が空くのじゃ無いかという程に睨めつける。

 しかし、当の安座間はそんな事などどこ吹く風で、既にクールダウンを終え、顔に穴どころか、今やしなりの良い椅子に腰をもたげて、タバコに火をつけようとしている。

「俺が解決してやる! あんたらはそうしてずっと事務仕事でもしてろ!」

 強くそう言い放った後、紺色のスーツを翻し、後ろに出来た人混みを掻き分けながら「ここは禁煙だって毎日言ってるでしょう」とそう安座間に捨て置いてから、勢いよく刑事課のオフィスを飛び出した。

 同志の仇を他人に任せ、ドカリと座り直してしまう行為に感情が爆発してしまいそうで、あれ以上あそこに留まる事など出来ようもなかった。

「監視局だと?」

 ネクタイを緩めながらロビーを早足で急ぐ来栖は、ぼそりと得体のしれない組織の名を呟く。自分の所属する組織の実情を知り、衝撃的なまでの落胆が来栖の肩を落とさせる。

 ――しかし。

「オカルト野郎め」

 ――あんな突拍子もない話しを、誰が信じるというのか。 あんな物は来栖をやり過ごす為の安座間のごまかしにすぎない事はわかっていた。

 だが、今の警察が堕落しきってしまっている事は確かに事実のようだった。世界の大きな穴を垣間見た気分だ。

 いや、堕落しているのは警察だけでは無い。WCSSが配置されてから、急激に人間という人間全てがダラけきってしまった。

 今や稀有となった正義感に満ち溢れた新米刑事は、目的を定めた。その足は自然と事件現場へと向かっていた。

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