第41話 クソッタレ
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冷たい冬の雨が降り始めた。
これは今の俺の心模様か? いや、それは晴れ渡っている様な気もする。
自動ドアを潜って、オフィスへと向かう。受付の女性は来栖の顔を見て会釈した。
関係者用の通路に向かっていくと、制服姿の警察官に顔を覗かれ、また会釈されて道を通された。
オフィスの扉を何食わぬ顔で開いて中に入ると、来栖に気付いた同僚が、仲間に耳打ちをした。
来栖は、驚いた様な表情でデスクに座ったままこちらを見ている安座間の元に向かった。
「来栖くん、まさか君ほど真面目な人間が無断欠勤とはね、もう来ないかと思っていたよ」
すると背後から声が飛んで来た。
「犯人は捕まったか?」
誰かがそう言うと、オフィス内に、くすくすと含みのある微笑が漏れた。
「いや、駄目だった」
主人の無い問いに来栖は答えた。
「まるで何も出来なかった。くその役にもたたなかった。誰も救えなかった。心も砕かれた」
普段の来栖らしからぬ返答に、オフィスは静まり返った。
と思うと、大きな笑いが津波の様に押しやって来た。
「来栖が負けを認めたぞ」
「本当に一人でどうにかしようと思ってたのかよ」
来栖はそんな野次に一つも表情を変えなかった。
安座間は場のざわめきが落ち着くのを待ってから話し始めた。
「一人の力じゃ何も出来ない事がわかったか。長いものには巻かれて生きるのが一番だろう? まぁ、これに懲りたらこんな事は二度とは無いようにな。それじゃあデスクに戻れ」
「いや、もうデスクには座らない。座ってる暇なんて無いんだ」
「……は?」
安座間は素っ頓狂な声でデスクに手をついた来栖を見上げた。
「あんたたちが長いものに巻かれて生きていける様に、俺はもう少し頑張ってみるよ」
来栖は安座間のデスクに、とてつもない勢いで辞表を叩き付けた。あまりの衝撃にオフィスはシンと静まり返る。
「じゃあな、クソッタレな警察官」
来栖は懐から取り出した警察手帳を返還した。
ネクタイを緩め、カッターシャツのボタンを一つ開けてから、ポケットから取り出したタバコを咥えて火をつける。
ゆっくりと吐いた紫煙は、くるくると螺旋を描いた。
その光景を、オフィスの人間たちは口をあんぐり開けて見ていた。
踵を返してオフィスを出ていった来栖を、元同僚たちはそろそろと窺う様にしている。
彼の出ていったオフィスの入り口には、大きく『禁煙』と書かれていた。