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第33話 銀の銃口

   *


「橋沢、もうじき応援が来る。それまではなんとしてでも持ち堪えるのよ」

 片手でボーガンを抱えた橋沢は頷いて、早乙女と共に前に出ると、互いに十メートル程の感覚を空けて待機した。

 教会を背にして、小高い丘で各々の武器を構え始めた早乙女たちの眼下には、ズルズルと髪を引きずって前屈みになった幽雅が見えていた。

 流石に疲労が募っているか、その足取りは重く、髪を揺らしながら歩むその一歩一歩は苦痛に見えた。

「構え。標準合わせ」

 早乙女の号令で、二人は幽雅に狙いを定める。

「……」

 そんな事を意にも介さない幽雅は、足取りもそのままに、こちらに一直線に近付いて来る。

「撃て!」

 銃声と、矢が風を切る音が幽雅に迫る。

 しかし、ぐねぐねと不気味に動く両腕に、あっさりと弾かれた。

「…………どこ? ……どこ? よとり」

 きょろきょろと辺りを見渡している幽雅は、ぶつくさと呟きながら、早乙女たちのいる小高い丘に登り来る。

「煙幕!」

「はい!」

 小さな缶状の手榴弾を取り出した橋沢は、素早くピンを抜いて前方に放った。直ぐに濃度の濃い白煙が立ち込め、幽雅の視界を遮る。

「なに……?」

 もくもくと立ち込めていく白煙に多少動揺した様子の幽雅は、足を止めて立ち尽くした。その隙に赤外線ゴーグルを装着した早乙女たちは、白煙の中に佇む人影に向けて拳銃を構える。

「見えていなければ……っ!」

 足元すら見えないでいる白煙の中、無数の銃弾が幽雅を襲う。

「…………!」

 ポプラの木がざわざわと鳴く。

 幽雅の周りの白煙が強い風に流されて、その姿が露わになった。そこには、先程と何も変わった様子の無い幽雅が、髪をそよがせて立っているだけだった。

「視界を遮っても無駄か……っ!」

 暗視ゴーグルを額に上げながら、早乙女は苦い顔をした。

「あそこにいるのかな?」

 顔を上げて教会を見上げた幽雅は、深く曲げた背筋を伸ばす。その際に、顔にかかる髪が流れた。

「どうして……?」

 酷く狼狽し、血で汚れた幽雅の表情に、深い寂寥感の色が差す。何十年ぶりに訪れた自分の育った場所に立ち帰った事の喜びよりも、一つの疑問が幽雅を包み込んでいた。

「どうして……? 帰ってきたのに……」

 教会を見上げたままの幽雅に、早乙女は容赦を見せない。

「撃て!」

 幽雅本人から独立した両腕がそれを弾き落とすと、教会を見上げる顔は下がり、元の通りに腰は深く曲がった。

「ここに来れば、全部……全部元に戻るはずだったのに……なんで…………なんでっ!!」

 突然激昂し、声を上げた幽雅が、髪の隙間から殺意のこもった黒い瞳を早乙女に向けた。

 その迫力と不気味な視線に、早乙女たちは無意識に一歩後退っていた。

「いなくなれば……お前たちがいなくなれば、あの時のままにすれば全部戻る、もう痛い事もされないし怖い思いもしなくて…………」

 ぶつくさぶつくさと一人喋る幽雅に、各自射撃を開始する。しかしそのどれ一つとて、ぐねぐねと蠢く両腕に遮られ、幽雅には届かない。

「――だから……いなくなって、いなくなってよぉぉお!!」

 草木を揺らす風が凪ぎ、闇に幽雅の声が響いた。

 気色ばんだ幽雅は、長い髪を激しく揺らしながら、丘の上にいる早乙女に向かって、酷く前のめりになったまま、猛烈に駆け上がって来た。

「まずい!」

 危険を察知した橋沢は、手元のボーガンを連射し始めた。

 そんな事など歯牙にもかけずに、幽雅は一直線に早乙女に迫る。

 早乙女は手元の拳銃を右のホルスターにしまい、左のホルスターから新たな拳銃を取り出した。

 ――ベレッタ93Rの三点バースト! 三発の弾丸を同時に放つあの銃なら、幽雅に届くかもしれない!

 橋沢の期待も他所に、早乙女はいよいよ正面に迫る幽雅に標準を合わせ、トリガーを引いた。銃口からは同時に三発の銃弾が幽雅に向かって放たれた。

「…………、なっ!」

 幽雅は右腕を縦にして二発の銃弾を防ぎ、そしてその右腕にクロスする様にした左腕の掌で、もう一発の弾丸をも防ぎきった。

 狼狽しながらも早乙女は連射する。

 嵐の様に襲い来る銃弾の全てを、右腕と左腕をぐねりぐねりと動かしながら弾き落として、幽雅は猛進する。早乙女との距離は既に約十メートル程に迫っていた。

「乙女ちゃん退がって!」

 橋沢が早乙女に後退をするよう言うが、早乙女はホルスターにしまった拳銃を再び取り出し、両手に持った二丁の拳銃を連射し始めた。

 幽雅はあっという間に早乙女の目前にまで差し迫った。

 十分に幽雅の両腕の射程圏内に入った早乙女は、両手の拳銃を同時に放った。

 ――しかし、早乙女の弾丸が銃口から放たれたのとほぼ同時に、黒と赤に塗れた幽雅の両の掌が、銃口ごと抑え、そのまま銃身を握り潰した。

 早乙女の目と鼻の先で、髪の隙間から不気味な黒い瞳が早乙女を覗いた。止まった時の中で早乙女は瞳を見開き、その光景に戦慄した。

「――乙女ちゃんっ!!」

 幽雅は左腕だけで、橋沢の放った矢を煤でも落とす様に弾いた。

 胸の高さにまで掲げられた幽雅の右腕の肘の辺りには、プラプラと足を地面から浮かす早乙女がいる。

 早乙女が吐いた血が幽雅の白いコートにかかり、その色を更に赤く染め上げた。

 幽雅はただぽーっと、自分の腕に突き刺さりぶら下がる早乙女を、風車でも見ている様に眺めていた。

「クソッッ!!」

 ボーガンを放ちながら橋沢が幽雅に向かって駆ける。途中矢が切れたボーガンを地面に捨て置き、ホルスターから拳銃を取り出して安全装置を外した。

「……あとふたり」

 幽雅が呟き、橋沢の方に振り向いて早乙女から視線を外した時、腕にぶら下がった早乙女が掠れた声を発した。

「じ……じゃあ……電気は、効くかしら……?」

 幽雅の腕に吊るされた早乙女の手元には、改造されたスタンガンが握られていた。バチバチと青い電流が音を立てるそれを、早乙女は渾身の力で持って幽雅の右腕に押し当てた。

「――あッ! アア、ッあッ!!!」

 幽雅は苦痛の声を上げ、振り払う様に右腕をがむしゃらに振り回した。スタンガンはカタリと地面に落下し、早乙女は幸いにも橋沢の方へと投げ出された。

「乙女ちゃん!」

 直ぐに駆け寄った橋沢の腕の中で、早乙女は一度血を吐き、消えかけた蝋燭の様な声を出した。

「通りは悪いけど……少しは……効くみた……いよ? 橋沢……」

 荒い息で肩を弾ませる幽雅が、呻きながら、憤怒の形相で早乙女を睨んだ。一歩、また一歩と早乙女の息の根を止めんとこちらに近付いて来る。

 橋沢は早乙女に肩を貸して後退する。しかし橋沢も事故で片腕をやられている。人一人を片腕で引きずっていくのは容易では無く、幽雅との距離は縮まっていくばかりだ。

「馬鹿ッ……捨て置きな……さい! 共倒れよ……!」

「く……っ! でも……ッたった一人の同じ女友達を置いてくなんて私には出来ないッ」

「あんた……男…………でしょう、馬鹿」

 そうこうしている間にも、幽雅は過剰な前傾姿勢のまま、早乙女と橋沢との距離を縮めていく。

 橋沢が早乙女を抱えた腕で、無理な姿勢で幽雅に銃弾を放つも、幽雅はまるで気にする風も無く弾き落とした。

「はし……ざわぁ……! 捨てろ……っ!」

「出来ない……出来ないわよッ! そんな――」

 その時、前触れも無く、幽雅の左腕が自らの足元の方に思い切り開かれた。

 ――次の瞬間、幽雅はその場に倒れ込んだ。

「う……ッ! うう、う……!」

 幽雅は、倒れ伏したまま右の足首を抑え、苦痛の声を漏らした。

「当たった……の? 銃弾が?」

 怪訝な声を漏らした橋沢が辺りを見回す。無論、銃弾を放ったのは橋沢でも早乙女でもない。

 橋沢が丘の下に目をやると、紺色のスーツ姿の男が、銀色の銃口をこちらに向けている姿が見えた。

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