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第31話 強制退去

   *


 手配した護送車で子供達の避難が完了すると、しばらくして早乙女の耳元で声があった。

『ターゲット、およそ一キロメートル圏内に侵入しました』

 小鉢からの無線に向かって、早乙女は静かに聞いた。

「その……日寺さんは?」

 小鉢は既に確認していたのか、すぐに返事を返した。

『局長も日寺さんも重症ですが、しっかりと息をしています』

 その言葉に、早乙女は深く胸を撫で下ろす。

「良かったわ、すぐに救護を」

『わかりました……早乙女さん。……それよりターゲットは直ぐにでもそこに辿り着きます。急いで下さい』

「わかってるわ。それと……あそこの教会の頑丈そうな扉、壊していいのよね?」

 早乙女の見据える先には、丘の上にある教会の堅牢な扉がある。

『はい。局長の命令は強硬手段でも良いので教会に籠城するシスターを連れ出す事なので、問題ないかと」

「それじゃあ行くわよ、小鉢は随時ターゲットの動きを気にしておいて」

 小鉢からの応答を確認すると、早乙女は雑草を踏み、小高い丘を登っていった。その後ろには、左手に巨大なボーガンを構えた橋沢が続いて来ている。

 やがて二人は丘の頂上にまで登り詰め、その外観を見上げた。

 その教会は不思議な造りだった。窓と言う窓は、その高い屋根の付近の高いところにしか見当たらず、レンガ造りのこの教会への侵入は、目前のこの木製の扉位しか見当たらない。

「いくわよ乙女ちゃん……」

 橋沢の言葉に頷いてから、早乙女は教会の扉に歩み寄った。

「シスター、聞こえていますか?」

 程なくして、堅牢な扉の向こうから、微かに声が返って来た。

「警察の方ですよね……子供たちを保護していただいたようで、ありがとうございました。まだ小さな子供もいますし、大変でしたよね……ごめんなさい」

「……」

 早乙女は扉からの声に耳を澄ましながら、苛ついた表情を作った。

「単刀直入に言います。大変猟奇的、危険な犯人がこの教会に向かって来ています。あなたを早急に保護したい。それに従えない様であるなら、この扉を蹴破り、あなたを強制的にここから連れ出します」

「……」

 早乙女は扉からの声に耳を澄ませ、返答を待った。

「……」

 先程返事が返って来た事がまるで嘘だったかの様に、扉の先はしんと静まり返って物音も立てない。

「扉を破ります。扉から離れて下さい」

 早乙女は振り返って、橋沢とアイコンタクトを交わす。早乙女が扉から離れたのを確認すると、橋沢は扉の前に立って、もう一度早乙女に向かって頷いた。

「オォンラアッ!!」

 橋沢が木製の開き戸を前蹴りすると、激しく木片が飛び散った。しかし扉は予想外に分厚く、二度三度と橋沢は同じ事を繰り返した。

「開いたわよ乙女ちゃん」

 程なくして分厚い扉は音を立てて倒れ、教会の内部を晒す。

 再び早乙女が橋沢に頷くと、橋沢はそのまま前に出て、木製の扉をギシギシと音を立てて中へと侵入した。その後ろに橋沢が続く。

 正面には教壇、そしてその背後に大きな十字架。長椅子がずらりと後ろから並び、高い天井の先の大きな天窓には、無数の星が映し出されていた。

 外から見えていたオレンジ色の光は蝋燭の光だった様で、教壇や長椅子の周りに隙間なく並べられた蝋燭立からは、火の付いた蝋燭がどろどろとロウを垂らしていた。

 絵に描いた様な礼拝堂の風景。しかしその光景の中にあるべきシスターの姿が見えなかった。

「出て来てください! 時間がありません!」

 早乙女の声が教会内に反響して返って来た。しかし待てど暮らせど、教会は静まり返っているばかりである。

「橋沢、私は教壇の方を捜す。あまり隠れられる場所も無い、WCSSで確認するより直接捜した方が早いわ、直ぐに見つけるわよ」

 橋沢は短く返事をすると、ズラリと並んだ長椅子の下を覗いていった。

「早く出て来なさいよ……」

 イライラした様子で靴を鳴らせる早乙女は、正面の教壇の裏に回った。そこから辺りを見渡してみると、壁際にカーテンと影に隠れた黒い扉があるのを発見した。

「そこか……」

 歯ぎしりをしながらその扉に近付きドアノブを捻ると、鍵が掛かっているのがわかった。

「橋沢っ!」

 怒号に近い声を上げた早乙女の元に、直ぐ様橋沢が駆け寄る。

「破っていいわ」

 橋沢は先と同じ様に、その影に隠れた扉に前蹴りを繰り出した。今度は一撃で、あっさりとその扉は倒れ込んだ。

 小さな談話室、そこには小さな椅子が向かい合って二つ並んでいた。ここは主に、許しの秘蹟の際に使用される部屋なのだろう、それ程の広さは無い様だった。

「見つけたわよ、シスター」

 二つある椅子の、こちらを向いた方の椅子に、修道服に身を包んだ女性の姿があった。

「教会でそんな事をすると罰が当たりますよ」

「……」

 シスターは膝に手を置いて、落ち着いた様子で答えた。

「あんたね……」

 早乙女は只事ではない剣幕でシスターに詰め寄った。

「あんたね、わかってるの!? 今ここに向かっているのは、既に四人もの人間を殺害した犯人よ!? 私たちの仲間の多くもやられた……わかる!? あんたがここに立て籠もっている事で、私たちは充分に闘えないの! 現に今も、あんたの為に仲間を置いてここまでやって来たっ! その仲間は今、瀕死の重症を負ってる! だからはやく――――」

 シスターは早乙女の話しを最後まで聞き取る事無く、服の袖に隠し持っていた果物ナイフを自らの喉元へ押し当てた。

「な……っ!?」

 目を丸くする早乙女と橋沢、その様子を見ながらシスターは言い放った。

「私の行動のせいであなたたちのお仲間が傷付いてしまわれたと言うのなら謝ります。ですが、私はここを離れません。殺人鬼が何故こんな教会を目指しているのかはわかりませんが、夜鳥ちゃんと幽雅ちゃんに会わせて頂くまで、私はここを動きません」

 その瞳は酷く落ち着いている様に見える、それが返って、シスターのその狂態を際立たせていた。

 早乙女は小さく溜息をついた後、静かに目を閉じた。

「その殺人鬼こそが、あなたの言う幽雅ちゃんだとしたら、あなたはどうしますか?」

「え……」

 シスターから酷い動揺が見て取れた。先程までとは変わり、右へ左へ視線が泳ぎ始めた。

「幽雅ちゃんが、殺人鬼……?」

 目を丸くして聞き返してくるシスターに、早乙女が答える。

「そうです、園山幽雅は、園山夫妻、警察官二名を殺し、私たちの同僚数十人に重軽傷を負わせています」

「園山? 待って、そんな……嘘よ、幽雅ちゃんがそんな事……あんな優しい子が、そんな事をするわけがありません」

 シスターの、果物ナイフを持った両の手が、僅かに震え出した。それ程に、早乙女の話しが自分の予想を大きく外れる物だったのだろう。

「本当よ……。小鉢っ! 端末に転送して!」

 早乙女はポケットから取り出した小型の端末をシスターに投げた。

「そんな……っ!?」

 画面には、白いコートを血みどろにした幽雅がこちらに向かって歩いている姿が、暗視技術を介した映像によってこの夜の闇の中、まるで真昼であるかの如く鮮明に映し出されていた。その毛髪の為に余り顔が良く見えないが、シスターの反応から察するに、これが十年来会う事の無かった幽雅である事を認めている様であった。

「幽雅ちゃん……なのですか?」

 それでも、そんな有様の幽雅を本人だと認めたくは無いのか、シスターは微かな口調で再度問い掛けた。

「ええ、これがあなたの言う幽雅ちゃん、園山幽雅であるという事は、既に明らかになってるわ」

「そんな……」

 シスターが椅子の下に転げ落ちる。その隙をつき、橋沢はシスターの手元からこぼれ落ちた果物ナイフを取り上げようと一歩踏み出した。

 しかしシスターは咄嗟にそれを拾い直し、橋沢をキツく睨み付けながら、自らの喉元へとそれを突き付けた。

「いやですっ! ならば……私は幽雅ちゃんを、幽雅ちゃんを待たなければなりません……!」

 もう後には引けなくなったシスターが迫真の表情で早乙女たちに訴えかける。

「あなたの言っているその幽雅ちゃんが危険だと言っているのでしょう!」

 まるで駄々をこねる子どもを諭す様な口調の早乙女に、シスターが声を大きくした。

「幽雅ちゃんは、幽雅ちゃんは……っ! 何者かに操られているんです!」

 もはや正気では無い様子のシスターは言葉を続けた。

「誰か、誰かに……いえ、悪魔……悪魔に取り憑かれたのかもしれませんっ!」

「……」

「悪魔……悪魔です! ここでちゃんとお祈りを捧げれば、きっと悪魔は幽雅ちゃんの中から出ていくと思います! そうです! だから幽雅ちゃんはこの教会を目指して――ッ」

「シスター……」

 ――何者かに、悪魔に取り憑かれている。

 切羽詰まったシスターの放つ戯言は、逸脱している様でそうでも無く、得てして的を射ている様にも思えて、強く否定も出来なかった。

 ――そんな非科学的な現象はあり得ない事だ。

 それでも人にこの現象を説明する際、その一言の方が理解が早いのは事実だった。

「いつまでそんな事を言っているの! 見たでしょう! このままではあなたたちの身が危険なんです!」

「幽雅ちゃんが、私たちを傷付けるはずがありません……!」

「そんな保証はないでしょう!」

「……っ!」

 早乙女の怒号を受けると、シスターは緊張した面持ちのまま視線を落とし、しばし逡巡した後に口を開いた。

「いえ、やはり幽雅ちゃんは悪魔に取り憑かれています……この教会でちゃんとお祈りをして…………」

「シスターっ!」

 しばし睨み合う早乙女とシスター。狭い部屋に緊迫した空気が張り詰める。

「駄目よ乙女ちゃん」

 橋沢の言う通り、早乙女もこんな状態になってしまった人間がもはや聞く耳を持たない事をわかっていた。こめかみに血管を浮かび上がらせて、シスターにこれ以上無く蔑む様な視線を投げ続けるが、シスターのその意を決した瞳が揺らぐ事は無かった。

『早乙女さん! ターゲットが近づいています、もう猶予がありません!』

「……くそっ!」

 小鉢の言葉を聞き取ると、早乙女は憎々しいと言った様子で壁に拳を打ち付けた。

「行くわよ、ターゲットがここに辿り着く前に決着を着ける」

 物憂げな表情から、何かを決心した様子に変わった早乙女が、くるりとシスターに背を向けて歩き出した。橋沢は何も言わずに早乙女に続いた。

「見てなさい、あんたの言う幽雅ちゃんの有様を」

 バタンと荒々しく黒い扉が閉じられて、喉元に果物ナイフを突き付けたままのシスターの姿は、完全に見えなくなった。


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