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第30話 幽雅の目的の地

   *


 幽雅の目的地である太陽の唄が見える所にまでようやく辿り着いた。

 途中、少女を一人抱き抱えたまま走っていた来栖の息は上がり、今は膝に手を置いてもくもくと荒い息を上げている。

 背の高いポプラの木に円形に取り囲まれたこの場所に辿り着くには、先程走り抜けてきた一本の山道しか無い様だ。

 正面に見える緑の草が生い茂った小高い丘の上には、十字架を掲げた高い屋根のレンガの教会。窓が高所にしか無いのだが、誰かがいる証拠にオレンジ色の光がその窓から漏れている。横には赤い屋根が印象的な小舎がポツンと並んでいた。

「お、おい、バテてんじゃねぇよ、てめぇ」

 来栖が顔を上げると、早乙女に抱えられたまま、鷲巣が青白い顔で来栖を見下していた。

「こんなんでへこたれやがって、モヤシか……」

 来栖は反抗する気も起きず、静かに鷲巣に言った。

「……はぁ、はぁ、寝てろよ、走ったから傷口から更に血が溢れて来ている」

 見ると、鷲巣の腹部に巻かれた包帯から血が滲んでいた。

「はぁ、はぁ……あぁん? うるせぇ、おれは――」

「バカ鷲巣っ! 傷口開いてんじゃないの! 黙ってろ馬鹿!」

 怒号が飛んで来て鷲巣は途端に黙り込み、早乙女の肩に寄りかかって浅い息をし始めた。

「ちょ、ちょっと春馬くん、顔色すごいわよ!」

 橋沢に言われて覗いてみると、鷲巣の先程まで褐色の良かった肌は、今や白と言っていい程にまで変色していた。

「来栖、その子と鷲巣を連れて、木陰で待機してなさい。くれぐれもターゲットに見つからない所でよ」

 来栖は頷き、左手で少女の手を握り、早乙女の元へと寄っていった。

「……」

 来栖は鷲巣に肩を貸した。毒の一つでも吐くと思えたのだが、満身創痍か、鷲巣は黙って肩に寄り掛かった。

「大丈夫……ではなさそうだな」

「……」

 来栖は早乙女たちから離れて、小高い丘の周りを取り囲むポプラの木を見渡し、幹の太い一本を見つけると、そのポプラの木の後ろ、雑草の生い茂った地面に鷲巣を寝かせた。

 横になった鷲巣は、断続的に小さな息をしていて、見るからに危険な状態だとわかる。

「早乙女さんが車を手配していた、それまで辛抱しろ」

「……」

 鷲巣からの返事は無かった。

 ふと左手の少女を見ると、唇を青くして肩を震わせていた。来栖は自分の着ているトレンチコートを脱ぐと、少女に着せて、前のボタンを締めてやった。

「…………」

 コートの裾がズルズルと地面に接触しているが、そんな事は構わなかった。

 やがて少女は、寒さに凍えて辛そうな表情から、ぬくぬくとした表情に変わり、来栖と手を繋いだまま、右へ左へくるくると回ってその長髪を揺らし、辺りの木々や草に触れて遊んでいた。

 ――楽しそうだ。恐らくこの景色の何もかもが始めて見る代物であり、その光景に心を躍らせているのだ。

「……」

 そんな少女を痛々しく感じた。

「そしてあの幽雅と言う女も……」

 同じく不憫で仕方が無かった。

「……ん? どうした?」

 少女が口を開けて、空を見上げながら、大きな瞳を丸くしている。何かを見つけたのか、上空に向けて指を差している様だ。

「……あれは星だよ」

 こんな状況であっても、街灯の無い闇の中で、空に散りばめられた輝く星が壮観だった。この場の標高が高いのもあって、その光景は星の砂漠の様だった。

 膝を付いて少女と目線を合わせながら、空に瞬く星座の名を幾つか教えてやった。

 しかし、少女はしきりに空のある一点だけを指差していた。不思議に思いながらも、来栖は少女に教えてやった。

「あれか? あれはオリオン座だ」


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