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第22話 凶悪犯の正体

   *


 布切れを身に纏った小さなシルエットが日光川にかかる大橋を渡り切った。

「あれが……」

 来栖はそのシルエットを視認する。それは信じ難い風貌をしていた。

 聞き込みの通り、ボロボロの小汚い布切れを纏い、異様に長い髪を揺らして歩いているのだが、改めてそのシルエットの小ささから推測するに、まるで小学生かそこいらのようにも思えたからだ。

 人混みで目撃した時も、確かに異様に小さく感じたが、それは前かがみになって人目を忍んでいるからだと思い込んでいた。しかしそんな様子はまるで無い。見た目通りのあんな小さな少女が、四人もの人間を殺めたとは、とても信じ難かった。あの細い足に細い腕、華奢な体躯は、ただの子どもでしかないじゃないか。

 それはますます近付いて来る。寒風を和らげる様に布切れを手繰り、その長髪で表情は隠れている。しかもよく見ると、靴すらも履いていなく、どろどろになった素足で、寒さに凍えていた。

「捕獲に移る。お前はそこで見てろ」鷲巣が声を潜めて言った。

 収集もつかぬままの来栖を差し置いて、鷲巣は僅かに腰を上げ、少女が大橋を渡り切って、鷲巣たちが身を潜める十字路に差し迫っているのを確認した。

「お、おい待て――」

 来栖がそう言い終える前に、鷲巣は迷うそぶりも無く、静かに闇の中を走り出していた。

『馬鹿! 早いわよ鷲巣!』

 無線から早乙女の慌てた声が聞こえた。本来背後から迫り、早乙女と挟み撃ちにする所を、何を先急いだのか、鷲巣は真横から少女に迫っていったのだ。

 少女は左手の方向から近づいて来る鷲巣にまだ気付いていない。来栖も遅れて走り出す。

 少女はようやく差し迫って来ている鷲巣に気付いたか、顔を上げた。その際に、髪の隙間から表情が覗いた。

「……ぁ……ぁっ!」

 ――やはり子どもじゃないか、酷く怯えた表情で狼狽えている。まだ十才程であろうあの子が、人を殺したと言うのか? 

 来栖の中に一瞬の迷いが見えたが、動き出した足は止まらなかった。

 まず先に鷲巣が接触した。逃げ出そうと後ろを向いた少女の行く手を遮り、身に纏ったその布切れを強引に掴んだ。

「……っ……っ! …………っ!」

 パニックになってむちゃくちゃに暴れる少女。身につけたその布切れは無惨にも破れ、少女は鷲巣の元から放たれ、脇の下をくぐり抜けていってしまった。

「しまった……っ!」

 布が裂けて露わになった脇腹から、少女の肌が垣間見えた。布切れの下には何も着ていなかった。凍傷になり、肌の色は白を通り越して紫色に変色している。その紫色の肌には、幾つもの殴られたような打撲跡も見受けられた。

 再び大橋の方向へ引き返して逃げゆく少女。鷲巣はその少女を捕らえんと走り出した。

 鷲巣は少女に手を延ばした所で――後ろから走って来ていた来栖と衝突した。

「……って! 何してんだお前! 見てろっつっただろうが!」

「お前が取り逃したからだろ!」

 顔を赤くして激昂した鷲巣は、そのまま走っていこうとした来栖のスーツの背を掴み、後ろに引き倒した。

「く……っ」

 盛大に尻餅を着いた来栖は、ただで起き上がる気も無いらしく、その投げ出された足を伸ばして鷲巣の足を引っ掛けた。

「て! ……てめぇっ!」

 鷲巣は盛大に前屈みにすっ転びながら、来栖を睨み付けた。ターゲットの少女はそんな事にお構い無く、必死になって大橋を引き返していく。

 一足早く起き上がった来栖は、鷲巣を置き去り、再び少女に向かって走り出した。鷲巣も直ぐに立ち上がり、走り出そうとしたその時、無線が喋り出した。

『こんな時に喧嘩をするなバカ共!』

 局長の声である。WCSSの映像をリンクしたPCから現場を観ているのだろう。

『もう追うな! その橋から向こうは危険だ、しっかりと陣形を取った上で迎え撃つ。その少女の捕獲は最優先事項では無い! 来栖は何故止まらん! 聞こえとらんのか! 引き止めろ鷲巣!』

 鷲巣は来栖に対する怒りを落ち着け、局長との通信を切ると、大声で遠くなってしまった来栖の背中を呼び止める。しかしその声は、無我夢中になると目前の事しか見えなくなる来栖の耳には届かなかった。

「ちっ、目の前しか見えねぇのかあいつは! ……無線で直接………………あっ」

 鷲巣はそろそろと自分の右の後ろポケットに手を延ばした。そこにある小さな造形を指で辿る。

 鷲巣は顔面を蒼白にしてポケットのそれを取り出した。

「しまった……」

 それは来栖に渡すよう言われていた、電源のオフになった小型の無線機であった。


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