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第21話 目前に迫る凶悪犯

   *

 来栖と鷲巣は大橋を渡ってすぐの十字路を左に折れて、工場の前の街路樹の影にしゃがみ込んだ。早乙女は十字路を曲がらず、もう少しいった先の道路脇の、フェンスで囲まれた駐車場の木陰からこちらを窺っている。そして日寺は、大橋の正面に位置する、百メートル程離れた二階建ての工場の窓からスナイパーライフルの銃口を覗かせていた。

「流石にライフルはやり過ぎじゃ無いか?」

 軍事を放棄した今の世界では、アメリカですらそんな代物は滅多にお目に掛かれない。笑えないといった風に言うと、直ぐにつっけんどんな言葉が返って来た。

「うるせぇな、やり過ぎなんて事はねぇよ……というか、なんでお前が最前線にいやがる」

「俺は一警察としてこの場にいる、お前たちとは一時的に肩を並べているだけで、俺が後ろに下がる必要は無い」

 鷲巣は大袈裟に舌打ちをした。

「無断で単独ここまで来やがった奴が良く大口叩いて警察を名乗るもんだな、局長の特例が無かったらお前は警察ですら無くなる所だったんだぜ?」

「……」

 不毛な言い争いの予感に、来栖は口を噤み、鷲巣から視線を逸らした。

 しばらく沈黙していると、鷲巣はぼそりと独り言を呟いた。

「……ん? 待てよ……そうか、そう言う事か。だから局長はこいつに言うなって……」

 そっぽを向きながら耳聡く鷲巣の言葉を聞いていた来栖だったが、重要な単語が抜けていて、それが何なのかわからないままだった。

『配置完了』

 日寺が無線に向かい、白い息と共に囁きかけた。

 やがて局長の乗った黒いワゴン車は、何処かへと移動していった。


 暗がりの十字路の曲がり角から顔を出し、来栖はチラチラと大光大橋の方を気にしていた。それと対象的に、鷲巣は配置完了から一度もそちらを確認していない。

「まだ来ねぇよ、ターゲットが八百メートル圏内に入ったら通知がある」

 こちらを見もせず独り言のように呟いた鷲巣に、来栖は一つ尋ねてみた。

「お前たちは、いつからこんな事をしてるんだ?」

「お前たちがアホな顔して平和を歌っている時からだよ。ま、かく言う俺もまだここに入って五年だけどな」

 鷲巣は来栖の事を見ようともせずに、正面の虚空だけを見つめながら、言葉を続けた。

「俺も最初は驚いたよ。ニュースも世間も学校の授業でも、WCSSが設置されてから、世界は平和なんですって教えられて来た。そしてそれを俺の周りの人間の誰一人も疑って無かった、俺だってそうだった」

「……」

「だけどよ、いつか誰かが言ったように、世の中から悪が無くなる事なんてなかった。無くなったと信じていた悪はこんなにも蔓延していた。ただ俺たちは、悪の存在を知らされて無かっただけだって知った時は、世界が引っくり返ったかと思ったよ」

 鷲巣は伏せ目がちに来栖に話した。それは鷲巣なりの、来栖の今の状況を慮っての事だったのかもしれない。

「お前はそれが正しいと思うか? 偽ってまで平和を歌うという、世界の選んだ正義を?」

「わからない……ただ、今更それを公表した所で、世間がパニックに陥るだけだ。世の中に平和が浸透しただけ、この真実が国民に与えるショックは大きくなっていく。世界が平和を歌う程、世の中に平和が浸透する程、俺たちのしている事は世間から抹消されていく。

 しかしそれが正しかろうと、正しくなかろうと、世界が選んだ正義に抗う事など出来なかった。世界の選択に、俺たちが反発する事など出来なかった」

 鷲巣は何処と無く寂しそうな瞳をして、最後にこう言った。

「だけど俺たちが今、人を守っている事は確かだ」

 鷲巣のそんな言葉を聞いて、表情こそ変えぬものの、来栖は内心驚いた。

「……案外立派な事も言うんだな」

「ふ、ありがとう……じゃなくて、黙ってろよ!」

 二人が同時に面倒くさそうに眉根を動かした時、鷲巣の耳元の無線が話し始めた。

『八百メートル圏内に侵入した。大橋を渡って来るじゃろう。確認次第迅速に確保に移れ』

 来栖は隣の鷲巣に悟られぬように、静かに深く深呼吸をして、奥歯をキツく噛み締めた。


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