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第19話 少女に迫る轟音

   *

「あとはここをまっすぐ行くだけ、もうすぐつくよ」

「……」

 息をする度に出る白が濃くなって来て、幽雅の足は自然と速度を上げていた。

 靴ズレを起こした足が痛む。しかしそれ以上に寒さと空腹が幽雅の歩みを急がせている。

 ポツリポツリと並ぶ住宅と外灯、水が引かれた田畑に囲まれて、幽雅は人形の手を引いていた。

 冷たい川風の吹く音だけが辺りを満たしていた。

「……?」

 何かに気付き、幽雅は歩みを止めて不安そうに背後に振り返った。

「なに……この音」

 遥か後方から聞こえて来たその轟音が、信じられない程速く近付いて来るのを感じた。

 驚いて、足が痛むのも無視して走り出した。

「こわい……こわい……!」

 しかしその音は近付いて来る。圧倒的に幽雅より速く迫って来ている。

 招待不明の轟音はいよいよ差し迫って来て、それ以外の音が聞こえない程になって来た。

 程無くして、一生懸命に人形の手を引いて走る幽雅を、差し迫る轟音の正体が、背後から一筋の光で照らした。

 振り向くと、目がチカチカと明滅した。光の後ろに影が見えるが、それが何なのかは未だ判別出来ない。

「やだ……やめて」

 幽雅は堪らず瞳を固く閉じて、自らの耳をその両手で覆った。

 光は突然に消え、その轟音も音を消した。

「お前だなぁ……?」

 舌舐めずりをする様な女の声がして、幽雅はその正体を見極めようと瞳を凝らす。まだ目がチカチカとしたが、直ぐにそれは収まり、その女の姿形が鮮明に見えて来た。

「な、お前だよな? な? な!?」

「……?」

 わけのわからない言葉を繰り返す女の顔を、怯えた表情で見つめると、その女が楽しそうににやにやと笑っているのがわかった。しかし、そんな楽しげな表情とは裏腹に、真っ赤な瞳は確かに幽雅を睨め付けている。その瞳の奥のギラギラとした殺意から、幽雅はこの女が味方では無い事を理解した。

 女はバイクから降りて一歩幽雅に近付くと、腰に差した打刀をするりとベルトから外し、左手で鞘を掴み、鈍く光る鈍色の刀身を露わにした。

「……ひっ」

 知ってる。刀だ……あれは人を斬る物だ。

 幽雅の表情がますますと怯え竦む。同時に、右腕が熱くなって来たのを感じた。

「……おい、お前の仲間、歩いてっちまったけどいいのか?」

「やめて、痛いことするの……?」

「あぁ?」

「痛いのはヤダ、痛いのはヤダ、痛いのはもう……」

「聞いてんのかお前」

 幽雅は両手で頭を抱え込みながら、錯乱した様に、その長い髪を狂ったように振り乱し始めた。ぐわんぐわんと髪の描く弧は大きく、不規則に暴れ出し、余りにも長い黒髪が激しく宙を舞っていた。

「ヤダ、ヤダ、ヤダヤダヤダ……あ、熱い……熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!」

「熱い? 何言ってんだお前」

 頭を抱え込んでいた両手は、いつしかだらりと垂れ下がり、幽雅は膝を付いて下を俯いたまま、延々不可解な言葉を繰り返す様になった。

「……」

 しばらくすると、糸が切れた様にピタリと言葉を吐くのを止め、動くのも止めた。

 前屈みになり、ダラリと垂れ下がった、地面に届くその長く黒い毛髪の隙間から、幽雅の焦燥したような瞳だけが女を覗いた。

「なんげぇ髪……私みたいに横で縛れよ、鬱陶しいだろ?」

 女が左手で握った鞘を地面に放り捨てる。それは普通では無い事を誇示するかの様に、重い鉛が地面に落ちた時の様な金属音を辺りに響かせた。

 女は右手に抜いた刀を高く掲げて剣先を幽雅に向けた。

「……」

 幽雅は押し黙ったまま女を見つめ続けた。長過ぎる髪に埋れ、そこから眼だけを覗かせて静止している様は、不気味な妖怪を連想させる。

「縛るのが嫌だったら切ってやるよ……」

 女は、異様で不気味な得体のしれない幽雅に物怖じ一つせずに、真っ赤な瞳を爛々と光らせ、またいやらしくにんまりと笑った。


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