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第14話 刀の女

   *

 大きな門構えで格式を漂わせる木造建築の日本屋敷。その庭に構えた、埃っぽい道場の中央で、黒のワークブーツを履いたまま胡座をかいた若い女がいた。

 青のダメージのショートパンツに、白いタンクトップと、季節に合っていない格好のその女は、見ていてこちらが寒くなる。

 女は柄が白で鍔が赤の打刀を一刀、その豊満な胸に大事そうに抱き抱え、俯いて目を瞑っている。

 やがてゆっくりと開かれた赤い虹彩の三白眼が、ギラリと前を見据えた。大きくて少し吊った、猛禽類が獲物を見つけた時の瞳に酷似している。

 その女が見据えた先には何も無い。もうずっと以前から自分以外の人間が入った事すら無い、ガランとした、ろくに手入れもされずにホコリの溜まった、殺風景な道場内の光景があるだけだ。

 しかし女が見ているのはそんな所では無かった様で、低い声で一つ呟いた。

「あいつはいいんだよな……」

 誰にとも無く女はそう呟くと、胸に抱えた刀と共に荒々しく立ち上がった。

「あっはっは!」

 先程の面持ちからは考えられない程に無邪気でイタズラっぽい表情で、女は笑い出した。

 愛おしそうにゆっくりと鞘から刀を引き抜き、ギラリと鈍い光を放つその刀身を露わにすると、眼前の、刀身に映し出された自らの顔にまた、にやりとした。

「永らく待った」

 女は刀身を鞘に納めると、床に放り捨ててあったミリタリージャケットのM-65を拾い上げ、荒々しくタンクトップの上に羽織った。

「どんどん近くなって来る……もうすぐそこだ」

 女はその打刀を持って、道場の床をみしみしと軋ませながら外に出た。

 道場を出るとそこは広大な日本家屋の庭。奥には立派な母屋と納屋が並び、そこから少し離れた所に、これまた大きな蔵が見えた。今は無き一族の栄華が、荘厳な屋敷から窺えた。

 外はすっかりと暗くなり、耳を切るような寒さが女を襲う。

 女はそんな事などさして気に掛けず、大きな母屋に隣り合って建つ納屋に目をやった。倉庫の扉は開けっぴろげにされたままで、父親の物だった中型のバイクが一台無造作に置かれている。

「おーし、久しぶりに親父の二号に乗ってくか」

 砂利を踏みながら納屋に入っていき、見るからに旧車の、薄汚れたバイクに歩み寄った。

 差しっぱなしにされたキーを捻ってみると、この寒いのにエンジンは意外とあっさりとかかり、それと同時に震えるような低い音が倉庫を満たした。

「久しぶりだな、この前乗った時は免許持ってねぇから、後から警察が来て色々大変だったっけ……。今もねぇけど」

 女は感慨深そうに独りごちて、打刀をショートパンツの左側のベルトに無理やり突き刺した。

「おーし、行くか親父の二号! ……親父の二号。ん〜? なんか変な感じがするな、……親父の二号?」

 女はバイクにまたがると、喉まで出かかっているその不思議な違和感に、顎に手を当てて考えてみた。

 しかし結局――。

「まぁいいか、親父の二台目のバイクだから親父の二号だよな……」

 先程まで感じていた妙な違和感にも結局は開き直り、スタンドを上げてアクセルを激しくふかし始めた。

 するとそこに、バイクの激しいエンジン音におどろおどろしくなりつつも、小さな虎柄の猫が寄って来て、にゃーと鳴いた。

「おー、どぶろく。人斬って来るよ」

 あっけらかんと物騒な事を言うその女に対して、その虎柄の猫は女の言葉がわかっているのかいないのか、しかし返事をしたかのようにまた、にゃーと鳴いた。

 そして女は激しいエンジン音を轟かせ、砂利を巻き上げながら敷地の外へと飛び出していった。


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