第12話 監視局の闇
東海アンス局長室。出羽は壁にもたれたまま腕を組み、デスクの前に腰掛けた局長にぼやく。
「今回は問題が山積みですね」
「ん〜、まぁのぅ。A1県警の刑事に釘は差しといたか?」
「鷲巣がヘマをしまして、あまり効果は無いかと」
「ふむ、鷲巣のアホ」
「白い少女と今回のターゲットとの関連性は何か掴めたので?」
「いんや、まだじゃ。本人は何にも教えてくれんかった。調べると彼女は『太陽の唄』と言う児童養護施設、兼修道院の出身らしいんじゃが、白い少女と酷似したターゲットの情報はその修道院には何も無い。彼女とターゲットは姉妹であるかもしれんし、はたまた全くの他人の空似で、血の繋がりも無いのかもしれん。
つまりまだターゲットについては何にもわからん、名前すらな。今WCSSの記録を巻き戻しとるそうじゃが、膨大、かつ難儀な作業じゃ。未だに園山があの少女を何時、何処から連れて来たのかもわからん。何せ戸籍上に存在し無い少女じゃ……。どこをどう操作されとるかわからんくて、データベースは当てにならん。まったく骨が折れるわい」
「データベースの操作、園山はそこまでの事を……。今回は色々と問題が多い。A1県警の刑事に、白い少女、それに酷似したターゲットの少女、そして何より、メディアへ情報が洩れてしまった」
「園山はWCSSの監視の目を逃れ、数々の汚職にも手を出しとったらしくてな。それを一早くから嗅ぎつけておった鼻の効くカメラマンに自宅周辺にベッタリとつかれとったらしい。そいつに今回の事件をスッパ抜かれたんだそうじゃ、何とか写真の流出だけは食い止められたがな」
「……それにしても。その汚職と虐待の件、園山は何故監視衛星からの監視を免れられたのでしょう?」
「癒着じゃよ」
「癒着……。監視局本部と園山が癒着していたと? 今や監視局は世界的大機関です。そんな巨大な組織に一個人が……」
「そうじゃな、有り得ん、本来ならば有り得ん」
「ならば何故……」
「園山の汚職問題。さっき話したじゃろう? 奴は何年も前から実際に、自宅内にてWCSSの目を逃れつつ、何やらやっとったらしくてな、その利益を結構な物だったらしいんじゃ」
「……」
「その金を監視局のある個人に流しとった。ま、そこまでの大金となれば目が眩んだ奴が本部におったんじゃろう。そしてそいつは金を受け取り、園山宅周辺監視するWCSSのシステムを書き換えた、という訳じゃ。
議員時代に築いた人脈なんじゃろうが、どうやったのか知らんがWCSSのシステムを部分的に操作するんじゃ。とんでもなくリスクの高い事だ。決して園山は良い暮らしをしとった訳じゃ無い様であったし、不当に手にした金の大半はそのまま流しとったんじゃろう」
「監視局内部に裏切り者とは、由々しき事態ですね」
「そうじゃな、だがそれ程の額の金が動いとったんじゃ、痕跡は必ず何処かにある。犯人が割れるのは時間の問題じゃろう」
「……そうまでして園山がWCSSの監視を逃れる理由……金の為でも無いなら、子供たちを虐待したかったが為でしょうか? そんな事に大金をはたく程、園山は酔狂な者だったとも思えませんが」
「子供への虐待は奴にとってストレスの解消でしか無く、目的では無い。……お前、二十年前の事件。憶えとるか?」
「……二十年前の事件と言えば、反WCSSを掲げる巨大カルト宗教団体『クリアドーン』が日本で起こした大規模虐殺テロ『三千弾痕事件』以外ありません」
「そうじゃ、現場に三千近い弾痕が壁や地面に残っていた事から付いた名じゃな。やっぱり大学出は違うのぉ出羽」
「私はその時あなたと一緒にT都を駆け回っていました」
「そうじゃったっけ?」
「……話しを戻しまして。あの日を境に、我が日本国家は警察、並びに防衛省を無能と断定し、形だけの組織に解体した。程無くして我が日本国家は、警察と防衛省の実権と、WCSSの監視システムを集約した国家極秘防衛組織、『アンス(ansu)』を設立。直に各国に配置される事にまでなった人工衛星監視局はWSSO(世界監視衛星機関)として、各国の新たなる主要機関にまでなり、と……。我々にとってこれ以上無い躍進の事は忘れ得ません」
「そうじゃ。お空に浮かぶ人工衛星を管理する監視局というのは表向きの名。その実、国家機密特殊戦闘部隊が配置されとる『アンス』という組織が裏に存在する事は、表の監視局でも知らん奴が大半じゃ。ま、信じろと言うのも無理がある話しじゃがな、わっはっは。おかげで良い隠れ蓑じゃ、犯人を後ろから捕らえるには非常に効果的じゃよ」
「局長。三千弾痕事件と園山がどんな関係があるのかを教えてください。何故園山が自らの生活レベルを大幅に下げてまで監視星の監視を逃れようとしたかの理由を」
「簡単な事じゃ。園山はあの当時から今日までずっと三千弾痕事件を起こしたカルト宗教団体、クリアドーンの熱狂的信者だったらしい事が、今回の事件をキッカケにわかってな。クリアドーンの教義であった『個人世界』とかいう信念を、その名の通り、個人という範囲であったとしても達成したかったんじゃろう」
「クリアドーンは二十年前に既に壊滅しているというのに……愚かな」
「宗教とはそういうものじゃ、例えその組織が壊滅しても、信仰する事を辞めない者は必ずおるもんじゃよ。クリアドーンを何者かが信仰しとる限り、厳密には完全に壊滅したとも言えんのじゃ」
「間違った宗教の信仰とは、時に恐ろしいものです」
「宗教とは何も怖いばかりじゃない、宗教は人が絶望に落ちた時の救済ともなるからのう」
「えぇ、存知ております」
「ふむ。……所で、今ターゲットはどうしとる? それと右腕の進行の方は?」
「……園山宅から西南へ三八.八キロ行った地点、西K郡、N空港の隣のT町内の公園に潜伏している模様です。腕の進行の方は園山殺害時から変化は無い様で、今は発現していません」
「はぁ〜。徒歩で四十キロ移動したか」
「流石に疲労困憊か、公園内のアスレチックの中で眠っているようです。……直ちに捕獲も出来ますが」
「いやいや、それはいかん。その辺りは住宅街じゃろう、あの娘が暴れ出したら手が付けられん事態になる」
「……」
「そう慌てるでないわい、この娘の一日の行動を見とる限り、危害を加えようとしなければ何もせん……捕獲はある程度状況や、この娘の目的が分かって来てからで良いじゃろ。そうで無いとかえって危険じゃ」
「彼女は既に四人もの人間を殺害しています。街中で突然暴れ出すような危険性が無いわけではない」
「大丈夫じゃ……と言うより、今何かする事こそが、お前の言っとる危険なルートへとこの娘を促してしまう行為じゃ」
「ふむ……わかりました」
「年の頃は二十歳を過ぎとると言うのに、まるで子どものような娘じゃな、それが園山の過激な虐待を物語っとるようで、わしには恐ろしい……。この娘はきっと何も知らん、幼い頃に園山に監禁され、今日まで一度も外に出た事が無い。だからこそ、この娘の心理の今は、恐怖と疑心暗鬼じゃ」
「……」
「が、しかしな、この娘は何か物騒な目的や企みがあって動いとるようにはわしには見えん。人を殺した者から感じる邪がこの娘からは見えんのじゃ。本当にただの小さな子どものように、ただ無垢に見える……」
「……だからこそ我々は、この事件、完膚無きまでにカタをつけなければならない」
「そうじゃな、そうじゃ……。しかして、この娘は不憫じゃ、今回の事件の一番の被害者じゃ」
「ええ、ですから抹殺を」
「あぁ、そうじゃな……」