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第10話 現実味を増していく絵空事

    *


 視界の隅の提灯の明かりが一筋の途切れない光になって見える。

 いつしか歩幅は早くなり、今は紛れも無く走る、走る。人混みを乱暴に掻き分け、それでも決して見逃す事が無いようにと瞳は繊細に動く。

「何処だ、何処にいる……!」

 掻き分け、掻き分け前へ進む。この先に例の容疑者がいる。警察本部が諦めた程の事件の犯人を俺は捕らえる。

 そして思い起こさせてやるのだ、『警察』とはなんなのか『警察』とはどのような組織なのか。今は無き気高き『警察』としての誇りを、心意気を、志を、かくあるべきかを示すのだっ!

 奮い立つ来栖の心情に応えたかの様に、それは視界に現れた。

「見つけた……っ! 人混みの中に一瞬見えた!」

 足元まで垂れ下がる、真っ黒いカーテンの様な長髪。間違いない、前方四十メートル程の所に、僅かに人の空間が出来ている。そこにいる! 人で隠れてしまって今は見えないが、確かに一瞬その異様な頭が見えた!

 人混みを掻き分ける手が荒々しくなる。もっと早く、もっと早くと足が前へと先急ぐ、しかし人混みの中を走っているわけで、二十メートル先へ辿り着くのも直ぐにとはいかない。それがもどかしい!

 早く、早く、もっと早く! 

 残り二十五メートル。

 残り二十二メートル。

 残り二十メートル。

 十八、六……もう目の前っ! 尋常じゃない長髪を揺らす少女の頭がはっきりと見えた。酷く猫背になっているのか、その頭は来栖の腰ほどの位置にある。一瞬目を離したら、人混みに埋もれて見えなくなってしまいそうだ。

 今、目前にあれ程渇望して来た事件の最有力容疑者がいる。手を伸ばせば届きそうな距離に!

 手を伸ばしかけたその時――突然にスーツの襟が掴まれた。

 目の前しか見ていなかった状況で起こった、余りにも突然の出来事に、来栖の伸ばしかけた手は空中で留まる事となった。

「……辞めとけ、こんな所で騒ぎを起こすな」

 突然の耳元での声と共に、ヒヤリとした硬い物が脇腹に押し付けられていた。

「……っ!」

 来栖は静かに歩みを止めざるを得なかった。先程まで抜き去って来た人々が、ことごとく来栖を追い越して先へと流れていく。まるで水面から顔を出す動けぬ岩の気分だ。

 男は来栖の襟を掴んだまま、グイグイと何処かへ引っ張っていこうとする。脇腹に当てられた物はまず考えて凶器、従うしか他に無かった。

 人の流れから抜け出し、すぐ脇の、屋台も人もいないビルとビルの間の小さな路地に出た、その男は未だに来栖の背中に何かを押し当てていて、顔を覗く事は叶わなかった。

「おい、あんな人混みでターゲットを刺激して、何のつもりだ?」

 男との距離を開けようと試みた来栖だったが、一足早く背後の男に釘を刺された。

「おっと、振り向くなよ。……わかるか? お前の脇腹に押し当ててんのは拳銃だ」

 ――拳銃? あり得ない、日本で拳銃を所有したまま闊歩出来る存在など、軍事を放棄した現在に置いて、およそ警察以外にはあり得ないのだ。更には警察といえど、限られた事件、限られた人間のみが限定的に所持を認められているだけだ。

「……何者だ? 要件はなんだ?」

 来栖が問うと男は、脇腹に当てていた得体の知れない物を、更に力強く押し当てて来た。この感覚からして、確かに刃物では無いらしい。

「要件はこうだ。経験もへったくれもねぇ素人が安易に首を突っ込むな。邪魔だ」

 この忠告の内容からして、こいつが犯人の共犯者では無い事はわかった。こいつもさっきの長髪を捕らえようとしている事が窺い知れる。更に男の粗暴な言動から汲み取るに、どうも自分は、この手の犯罪のプロだと言っている様である。

 警察は今回の事件から身を引いている……しかしこいつは警察以外に持ち得ない拳銃を持っていると言っている。仮にこいつが警察じゃなかったとして、その辺に拳銃を持ち歩いてる様な奴がいれば、WCSSによって直ちに発見されるはずだ。

 ――ならばこうだ。

 来栖は脇腹に押し当てられる物を左手で掴んで固定し、背後の男の方へと向き直った。

 ここまでの情報から結論を導き出した結果、こいつは拳銃を持っていない。ハッタリだと断定した末の行動であった。

 しかし、振り向いた先の男の服の袖の中から覗いていたのは、黒光りした銃口であった。

「……っ!」

 動揺する来栖の左手を強引に振りほどき、男は来栖の鼻先に銃口を押し当てた。確かに火薬の香りがする。男が持っている物はエアーガンなどでは無く、紛れも無く本物なのだと示された。

「……チッ、振り向くなって言っただろうが」

 黒のジャケットに、青のダメージジーンズを身に着けた短髪の男が、薄闇の中、イラついた様に片方の眉根を吊り上げ、来栖を鋭く睨め付けている。

 押し当てられたジャケットの袖の中に隠している拳銃の撃鉄を、カチリと起こした音が鼻先から聞こえた。

「な、なぜ拳銃を所持している……! そんな物を我々警察以外の人間がっ……」

 動揺している来栖の言葉を遮るように、男はさも不機嫌そうな顔付きをしたまま言った。

「もうドラマの真似事は辞めとけ。今だってそうだ、俺がお前を止めてなかったらどうなっていた? どれ程の市民が危険に曝されたのかわかんねぇのか。何にも知らねぇ奴がしゃしゃり出て来てどうにかなる問題じゃねぇ」

「なに……?」

 ――今回のような猟奇的事件には警察では無く、監視局が対応する。

 来栖は今朝方、安座間に言われた絵空話しを思い出す。ひたすらに目を逸らして来た馬鹿げた話しが、現実味を持って来栖の前に舞い戻って来た。

 来栖は苦虫を噛み潰したような表情をして尋ねた。

「お前は、監視局の者……か?」

 その言葉に、男の顔は途端に冷静さを取り戻した様な目付きに変わった。

「はぁ、なんだそりゃ?」

「……俺も信じたくは無い。こんな話し、真実であっていい訳が無いんだ……だがな、眼前で俺に銃口を突き付けているお前を、仮にうちの上司が言う夢物語の中での監視局員であるとしたならば……確かに全ての矛盾点は解消される。だから確認している、お前は監視局なのかと」

「何を言っているかわからねぇ」

 あくまでシラを切る態度の男は、来栖に突き付けた銃口を下ろし、それをおもむろに懐へと仕舞った。

「ターゲットに手を出すな、いいか? お前が今回の事件の穏便な解決を望むのならな」

「…………。それはムリだ」

「あぁっ!? お前話し聞いてたか!? 邪魔なんだよ素人がでしゃばると!」

 拳銃を持っている相手への物怖じしない反発に、男は何がなんだかわからないような顔を見せる。

「俺は素人じゃない、警察だ。事件を解決するのは警察だ」

「だからお前ら警察が無能だってんだから俺たちが動いてんだろ! いいから黙って従ってろ! お前が何か行動を起こすようなら、直ぐにわかるからな!」

 男が大きな声を上げる。しかし来栖はそんな男に疑問を問い掛けた。

「それはお前が、監視局と何かしら関係があると言う事か? どうして警察である俺が、いつ何処で捜査しているかのような事がお前にわかる? 監視局が映像を提供するのは、基本的に警察と国家以外に無いはずだろう」

「だ、だまって……」

「どうしてお前は警察でも無いのに拳銃を所持している事を許されているんだ? さっきから聞いていると、警察よりも今回のような事件のプロだと言うような事を言っているが、お前は何処の組織の者なんだ? そんな組織が存在するのか? お前は何故、俺が今しがたここで犯人を捕らえようとしていた事がわかった? あの少女が例の事件の容疑者だとお前は知っていたのか?」

 来栖の口が饒舌に回る。敵の上げた足を目敏くすくい、好機とばかりに詰め寄る来栖に、男は言葉を失った。

「……っ!」

「……」

 睨み合う二人の間にしばしの沈黙、しかし直ぐにその均衡は来栖の言葉で破られた。

「なぁ、お前……監視局なんだろ?」

「何を唐突に、突拍子もない……っ」

 間髪いれずに言葉を返す男は、今や来栖の言葉に明らかに動揺しているように見えた。来栖は自分の眉間を指で弾きながら、気に入らない事があるかの様に続けた。

「お前に先程尋ねた疑問、謎。その全てが、お前が、俺の上司の言っていたあの監視局であるならば……と仮定すると、全てに説明がついてしまう……。どうだ、お前は本当にその監視局なのか?」

 そんな風に無骨に核心を突くような来栖の言葉に、男の瞳はあちらこちらに泳ぎ回り、もはやあからさまな困惑の色が見て取れた。

「あの話しは本当なのか……困った、これだけはハッキリ言って誤算だ、そしてこんなに早く尻尾を出す事も」

 断定するような口調で来栖は眉間を激しく弾く指を止め、難しそうな顔で腕を組んだ。

「お、おい、何を決め付けてんだ。根も葉もない事を言うなっ!」

「じゃあもう一度聞いてやる。お前は何故本物の拳銃を持っている」

「それは……俺は、極秘裏に警察本部から依頼を頼まれたからだ」

「ふん、ではそのお前が所属する組織は何処だ?」

「そんな事、言える訳が無いだろう。極秘なんだ」

「警察を隠れ蓑にして動いているのか……成る程、それは確かに都合が良いな。つまり今日事件現場にいたのも……」

「ちょっと待て、お前の話しは飛び過ぎ、むちゃくちゃだ! 何を決め付けてる!」

 男の様子を気にする素振りも無く、来栖は独り言の様に空を見ながら話し始めた。

「俺は今朝方事件現場に出向いたんだが、そこにいる警察官達に確かな違和感を覚えたんだ。……そこで俺はG県警に連絡をとってみた……するとおかしい。電話でG県警に問い合わせると、窓口の奴は確かに事件現場にて鑑識、検死等、行った記録があるというのに対し、G県警の俺の友人は、例の事件の事で慌ただしくはあったものの、結局はG県警も我々A1県警と同じように、上層部からの抑止により、手をこまねいてどこの班も出動してないと言っていた」

「……」

「警察の記録を操作出来る組織とは何処だ?」

「……」

「お前はそこの組織の者なんだな? その組織とはいったい何処だ?」

「…………」

 男は奥歯を噛み締めるようにしながら来栖を睨み付ける。もう何を言っても墓穴にしかならないと悟ったか、男は何も言わなくなってしまった。

 来栖は、男が沈黙する事に痺れを切らして、容疑者を捕らえそこねた人混みの方へと視線をやった。そこには頭がくらくらするような人だかりが流れているだけで、とても先程の容疑者の姿などは見えなかった。

「俺はもう行くぞ、容疑者は見失ったが、お前からはなかなか有力な情報が聞けたよ」

 しかしこれにも返事が無い。来栖が視線を男の方へと戻すと、男はもうその場から姿を消していた。この僅か一瞬で、気配も物音もなく。

「……」

 信じたくもない話しの現実味が増していくのに歯噛みしながら、来栖はオレンジ色に流れる人混みへと身を投じた。

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