バッドエンド・タイムリープ
最近の幼馴染ものや、ハッピーエンドで終わる話ばかりなので、たまにはバッドエンドでもやもやしましょう。
その日、電車に揺られ家に着いたのは22時を回ったころだった。ここ数カ月は仕事が特に忙しく、定時に帰ることが難しかった。初めてのプロジェクトリーダーということで力が入り過ぎているからというのもあったが、これが成功すれば、昇進できるかもしれないという期待もあってのことだ。それに今の進捗なら、もう少し頑張れば落ち着くことができるだろう。そうすれば今より妻と一緒にいられる時間も増える。妻に迷惑をかけていることは分かっているが、しかし、もう少し、あと少しなのだ・・・。
家に帰った時、部屋の電気は着いていなかった。おかしいと思いながら、しかし最近たまにあることだったため、特に疑問に思うこともなかった。テーブルの上に置いてあった、複数の用紙と指輪を見るまでは。
「・・・はぁ」
それは、いよいよ予感していたから出た悲しみのため息だったのか。それとも、やっと解放される、もしくは解放してあげられることへの安堵からくるものだったのか。最後まで僕には分からなかった。
僕「藤堂 晶」は、幼少の頃から人から愛されるということに憧れを持っていた。それは単に、家庭環境によるものであったと、大人になった今なら分かる。家族は、母、父、兄、姉、僕という5人構成であったが、僕は上に2人に比べてまともに愛されていなかった、と思う。物心ついたことから、家事全般をすることを強いられ、例外事項以外を除いて、外で遊ぶことも許されなかった。家事をしなければならない理由を尋ねれば、いつもあなたのためと言われ、しぶしぶ納得してきた。そうした理由から愛に憧れなければならなかったわけだが、そんな幼少時代など、普通ではないだろう。しかし、家族という世界の中しか知らなかった僕は、家族の自分への態度が普通なのだと思っていた。しかしそれは小学生に上がり、比較対象ができたことで、必然的に異常であると理解できた。ただ、理解できたとしても、その現実を変えられるかどうかは別だ。なぜならその時点で僕はもう、親兄弟に逆らえないようになっていたからだ。
そんな僕にも、心休まる安心できる時間があった。幼馴染と一緒にいる時間だ。「光世 美歌」親同士が親友同士で、家は隣近所であり、また僕と同い年ということもあって必然的に一緒になる時間が多くあったのだ。家事をしなくていい例外事項がこれに当たる。加えて、親同士の口約束で、婚約者となっていた。しかし当時何もわかってない僕たちは、ただずっと一緒にいられると無邪気に笑いあうだけだった。
「ずっと一緒にいられるなんて素敵ね!これからもずっと一緒よ、晶!」
「うん、ずっと一緒だよ、美歌」
小学校のころは、学校が楽しくてしょうがなかった。ほとんど友達はできなかったが、6年間ずっと美歌と一緒にクラスだったからだ。男女で一緒にいることはいじられる対象になったが、僕たちがとても仲が良く、指摘されても動じなかったこともあり、いじめには発展しなかった。そう、小学校までは良かったのだ・・・。
しかし、中学校、高校の6年間は、地獄だった。中学になった時、通っていた小学校の生徒がほとんどいない中学に通い始めたことが地獄の始まりだった。中学校というのは、小学6年生から1年しか違わないが、その1年に大きな違いがあった。それは、性を意識する年代になったということだ。体つきが大きくなるにつれて、意識も大人に近づいていく。その結果、強く異性を意識するのである。また、他社との様々な差を強く実感することもあり、条件さえそろえばいじめはいつでも起こりうるのだ。そんな中、僕たちは、そのまま中の良い状態で中学にいってしまった。最初の1年は特に問題らしい問題はなかった、しかし、2年、3年と年が経つごとに、かわいいから美しいに変化していく美歌に、心惹かれる男子生徒が増えていったのだ。しかし、そばに平凡な顔ではあるが彼氏の僕がいたため、表立って告白などできなかったのだ。これが、顔の良い男子や運動に秀でた男子なら誰も特に何も思わなかったのだろう。しかし平凡な僕が常にそばにいる。それは、彼らのもつプライドに傷をつけることであると同時に、許されないことでもあった。僕に美歌と別れるよう強く言い、僕がそれを拒絶すると、いじめのようなものが始まった。彼らは中学生とはいえ、狡猾だった。現場を美歌に見られれば嫌われることを理解し、僕が美歌に心配をかけまいと彼女に言わないことも理解した上でいじめてきた。終ぞ彼女にばれることも無く、かといって別れることもなく中学校は卒業した。
しかし進学した高校は、知り合いの極端に少ない高校であった。次の地獄が始まったのである。中学校以上のいじめが始まったが、今度は男子生徒のみならず女子生徒も入っていた。彼らは口々に自分こそは彼女にふさわしいと主張し、僕は彼女にふさわしくない旨の主張を繰り返した。時には、目立たないように暴力も加えてである。彼女らは、おおむねの主張は同じであったが、より陰湿であったと思う。言葉の暴力というのは存外心に残り、消えない傷をつけるものなのである。同性までも魅了するほど美しく成長した美歌だったが、それでも僕たちはお互いに想いあっていた。・・・想いあっていたと思う。僕に対する周りの態度に気が付いていなかったらの話だが、おそらく彼女は気が付いていなかっただろう。狡猾な彼らは、決して彼女にばれるようなことはしなかったのだ。それはそれは見事なほどに、僕だけを狙い撃ちにした。
大学はそんな事情もあって、都会のたくさん学生のいる大学にしようと彼女に提案した。もちろんその時、いじめられていたことは彼女に話していない。僕のちっぽけなプライドがそれを許さなかった。それに、終わったことで彼女を心配させたくなかったし、いじめをしていた連中には、彼女と中の良い友達もいたのだ。彼女の交友関係を、僕の身勝手で壊してしまうのは、本意ではなかったのだ。そして、彼女はそれを笑顔で受け入れてくれた。なんとか奨学金をもらえる程度に勉学に励んだ僕は、親に頼らず、大学に通うことに成功したのだった。彼女と過ごした4年間は、特にいじめられることもなく、学びたいことを学び、彼女と同じアルバイトをし、お互いに愛情を確かめ合った4年間となった。
しかし卒業後、思うような生活は続かなかった。入社した会社はそれなりに大きな企業であった。しかし、勉学ができただけの僕は、あまり要領が良いほうではなく、大学で培った経験もうまく活かすことができず、ままならない年を2年ほど続けた。そして、3年目、仕事が少しずつうまく回りだした時、美歌と結婚した。親や義両親からは反対は特になかったが、友人や周りの人間からはあまり祝福されていなかったように思う。もちろん、表面上は皆笑顔で祝福してくれていたが、僕にはわかった。もちろん、僕が卑屈すぎると言われればそれまでだったが・・・。
そして現在5年目。ずっと頑張ってきた甲斐があってか、ひとつのプロジェクトを任されるまでにいたった。その頑張りを、美歌も褒めてくれたし、喜んでくれた。しかし、その笑顔はどこか曇っていた。その時は、うれしさのあまり気が付かなかった。しかし、今思えば、そこで問いただすべきだったのだ。だが、結局、遅いか早いかの違いでしかなかったのだろう・・・。
結論から言えば、妻は、美歌は浮気をしていたのだ。相手も分かっていた。今僕達が住んでいるアパートの道路を挟んだ向かい側にある、高級マンションに住んでいる若い実業家だった。仕事のため、遅くまで帰らない僕だ。気が付くまでに相当長い時間がかかった。帰ってきても表面上は特に変わっていない妻の笑顔も時間がかかった要因のひとつだろう。ある日、仕事の頑張りすぎということで上司に休みをもらい、半日でアパートに帰ったことがあった。その日に目撃してしまったのだ。いつも僕に向けていた優しい笑顔をその実業家に向け、そして口づけをし、抱き合っていた場面を。しかし、僕はどうすることもできないと思ってしまった。そこに割り込むことも、その実業家に何か言うことも、妻に問い詰めることも、何もかもできないと。思えば、妻には恋人らしいことはあまりできなかったように思える。中学では、まわりのいじめに耐えつつ彼女に見合う男になろうと勉強ばかりし、高校では、彼女との月に一度あるかないかのデートのためにバイトを掛け持ち、しかし勉強をおろそかにしないように時間をかけた。大学でも、結局勉強とアルバイトで時間をかけてしまった。きっと彼女は、学生の時に送れなかった青春を今謳歌しているのだろう。だから、その時に満足させてやれなかった自分には、何も言う資格などないのだ。
今思えば、彼女が僕の妻になったのは、親の言いつけを守っただけのように思える。他の男に見向きしなかったのも、僕が何かと一緒にいたがっていたこともあり、それを裏切れないと感じていたからだろう。しかし、会社に勤めだして彼女と一緒にいられる時間が物理的に減少したことで、彼女の心にも変化があったのだろう。日に日に僕に向ける気持ちが減っていくのを感じていた。いつの日だったか、妻と彼との情事の映像が記録されたUSBが送られてきたことがあった。妻も承知していたかは定かではないが、あまり褒められたやり方とは思えなかった。しかし、彼にとっては、「お前では満足させられないだろうが、俺は満足させられるぞ」という、意思表示だったのだと思う。この上なく僕の心を傷つけ、暗くされるものだった。それでも妻は、最後には僕の元に戻ってきてくれるなどと考えて何も言わなかったのだから、僕はこの時点ですでにおかしかったのだ。もしかしたら、もっとずっと前からおかしかったのかもしれないが。
テーブルの複数の用紙の中には、離婚届以外にも手紙もあった。その手紙には、あの優しかった彼女のものとは思えないような罵詈雑言が書かれていた。また、僕が家庭内暴力を行っていたとして、訴えるとも。身に覚えはないが、彼女にとっては暴力に感じていたことがあったのだろう。例え僕に身に覚えがなかったとしても、彼女が暴力と感じたならば、それが正しいのだろう。
結局、僕らが幸せだと感じていたことは、僕だけが幸せに感じていたことだったのだ。長く一緒にいたとしても、僕は自分のことで手一杯で、正しく彼女を見ることができていなかったということだ。一人よがりで、美しい彼女が僕だけのもののように感じていた独占欲の塊で、それでいて彼女の優しさにいつも甘えていた。見限られて当然の男だ。しかし、言い訳をさせてもらえるのなら、僕はそれでも彼女のために生きてきたといいたい。不釣り合いと言われても腐らず、歯を食いしばってきた。そんなことは百も承知だったからだ。どんな時でも彼女との幸せを考えて生きてきたんだ・・・。彼女と生きていけないというなら、もう僕に生きる意味はない。今の会社のプロジェクトだって彼女との生活のために引き受けたのだ。彼女がいないならそれももう意味はない。僕は、人生を終わらせることを決意した。
後日、離婚届を役所に提出したあと、部屋を解約した僕の姿は、深い山の中にあった。太い縄をしっかり木に結びつけたことを確認すると、僕は縄で作った輪に手をかけた。
「・・・さようなら美歌。できることなら、次は普通の家庭で家族に愛してもらえる人生がいいなぁ・・・」
最後の最後で思う。結局は自分の意思を相手に伝えきれなかった、伝えようとしなかった自分が悪いのだと。次からは自分の意思を伝えられるような、そんな人間になりたいと・・・。
首に鈍い痛みが広がる。息ができなくなって苦しくなる。そしてついに、意識は闇の中に沈んでいったのだった・・・。
目が覚めた時、目に入ってきたのは見慣れた天井であった。さっきまで首をつっていた山の中ではない。かといって病院というわけでもない。それは懐かしく、とても見慣れた天井であった。
「・・・・・・え?」
それは21年前、自分が小学校に入学する前まで“住まわせてもらっていた”小さい部屋の天井だった。僕は、まさかと思った。そんなはずはないと。
僕の嫌な予感は当たってしまった。この現象は俗にいう、タイムリープというものだろうと結論付けた。現在の自分が置かれている環境、年代、人間関係・・・その全てが、21年前のものだったのだ。記憶を引き継ぎ、性格を引き継ぎ、僕は21年前に戻ってきてしまったのだ。そして、今日、僕は小学校へ入学する。親の付き添いも無いまま、幼馴染に手を握られ・・・。
「今日から小学生だよ!友達たくさんできるよね!晶!」
「・・・そうだね。」
僕は絶望した。生まれ変わることができなかったことに。今までの記憶を持っていることに。そしてこれから待ち受ける全てに。すでに一度完成された僕には、抗う術は残されていなかったのだった。死ぬ寸前に思ったことなど、すでに頭にはない。僕の心は、ただ暗黒に支配されていた。
荒い作品となりましたが、最後まで読了いただき感謝します。次はハッピーエンドとなるあなたのお気に入りの小説でも読んで、癒されてください。当作品の制作理由などは活動報告にでもあげようと思います。良かったら覗いていってくださいね。それでは、また・・・。




