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玄米先生と巫山さん

「オレはまだまだ新米教師だが、みんなと同じ境遇にいるからこそ出来る事もあると思う!新米教師である事をネガティブに思うのではなく、俺はポジティブに考えている!共に切磋琢磨していき、より良い一年間目指して頑張ろう、な!」

幼い頃から夢だった、伏見玄三郎ふしみげんさぶろうは教師になった。

初めてクラスを受け持つ事となり大変気合いが入っている。

そう、伏見玄三郎は輝かしい教師人生を歩み始めたのだ!


それから二ヶ月の月日が流れた。

「玄米さよなら~」

「また明日ねー玄米先生」

「おい玄米!隣の藤原先生が呼んでんぞ」

あだ名が玄米になった…。

それもこれもあの女、巫山実琴ふやまみことの仕業だ!

まるで悪夢でも見ている気分だった。

GTOのようにワイルドで破天荒な熱血教師を夢みていたオレは必死そのものだった。

しかし、滝の如く流れる無抵抗な水のように、或いは一度転がり始めた球体は自らの意思では止まれないように、とんとん拍子に転落に転落を重ね、気がつけばオレは生徒にナメられる教師になっていた。

あの日、あの時あの言葉でオレの教師人生は運命づけられたのだ。

そう、巫山実琴の言葉で…。


それは一ヶ月前に遡る。

みんな初めての高校生活と云う事もあり緊張していたのだろう。

ナンの事件も起こらず毎日の学校生活は安穏に過ぎていった。

そのためオレも熱血やら破天荒と云った事は忘れて淡々と教師の仕事に勤しんだ。

そんな中、事件が起きたのは五月上旬、ゴールデンウィークが過ぎた頃の事だった。

オレの担当科目は日本史だ。

丁度、弥生文化の復習をしている時だった。

「稲作が主流になり、この時期から日本人は米を…」

「玄米」

オレの声を遮り、一人の女生徒が急にボソリとそう呟いた。

その女生徒こそが、オレを転落させた根元、巫山実琴その人だった。

「おっ良く知ってるじゃないか、この時代の米は玄米と言って今食べてる白い米とは違う、白米は明治時代から…」

「そうじゃなくて、玄米は先生の事」

また話を遮られる。

ん?何を言ってるんだこの子は…?

そう思った。そう思ってしまったのだ。

だから当然オレは訊き返した。

「玄米は先生の事?それはどう云う意味なんだ?」

これが全ての始まりだった。

「玄三郎は新米教師」

「だから玄米」

巫山がそう言い終わった瞬間、教室中がドっと笑い声に包まれた。

玄米先生爆誕の瞬間だった。

そして月日は流れ今現在、完全にナメられている。

とは云っても、生徒たちは楽しく学校生活を送れているみたいだし、それでも良かったと言えば良かったのだが、まあタイムマシンがあるのなら乗りたいが。

それよりも今、気になる事は他にある。

結局これも巫山実琴の事なのだが。

彼女はどうやらクラスで浮いている存在らしい。

俗に言うぽっちと云う状況だ。

それはオレも経験がある。

中学一年生の一年間だけだったが、それはとても辛かった。

毎日誰かに責められている気分で、家に帰っても学校の事を考え憂鬱になり、何もやる気が起きず無気力な生活を送る。

それの繰り返しだった。

しかし、オレは運が良かった。

そんな時に親身に接してくれた恩師がいた。

だからこそオレは一歩、また一歩と勇気を振り絞る事が出来たし、教師を志すようにもなった。

だから仕事とか抜きで、オレは巫山の助けになりたい。

担任のオレがしなければならないのだ。

放課後、オレは巫山を呼び止めた。

「すまんな、急に話しがあるなんて、驚いたろ?」

巫山は俯き、返答しなかった。

「あの…な、どうだ高校生活は?慣れたか?」

これにも巫山は言葉を返さない。

「巫山、オレはいつでも…」

「玄米ってあだ名、似合ってますね」

力になるぞ!と言おうとしたのを遮り、巫山が話しかけてきた。

よく話を遮る子だ。

「気に入ってるのか、巫山が付けたあだ名だもんな、他の学年にも浸透してるらしいぞ」

オレは気に入っていないが、巫山が気に入っているのならば、そう悪くもないのかもしれない。

どうにかこのユーモアセンスを生かして友達を作れないだろうか。

何か良いアイデアがないか考えていた処、巫山がこちらを向き小さく口を動かした。

「…たから」

「ん?」

ボソっと呟いたその声は、オレには聞こえなかった。

「暇だから伏見先生で遊んでみただけです」

「え?」

次は聞こえたが、話の意味をよく理解出来ず訊き返した。

「伏見先生、お兄様がいらっしゃいますよね?」

オレは名前の通り三男坊だ。

「一番上のお兄様がプライレイド社の重役、真ん中のお兄様はG.I.B社の社員でしたっけ?」

「そしてお父様がその持株会社のフヤマルセネクションで働いてらっしゃる、違いますか?」

間髪入れづに巫山は言葉を続ける。

まるで今まで押し込めていたモノを解放するかのように。

「玄米も昔は主食でしたのにね、今誰が食べてます?一部の物好きだけでしょ」

「それは教師も同じ、忘れ去られる運命にある」

「どれだけ頑張ろうと親身に接しようと卒業さえしてしまえば、はい知らない人」

「そもそも教師も仕事してるだけなんだから本当に生徒の事を考えてる訳ないのにね」

「教師にとって生徒は商売道具、親身になってるフリをしてるだけ、それが教師の仕事だから」

巫山が何を言いたいのか、何を訴えたいのか、それを完全に理解する事は出来なかった。唯、何かを拗らせている、それだけは解った。

「ふや…」

「まだ話は終わってませんよ、人の話は最後まで聞いてください、ね」

巫山、お前が言うな。

「要するに私に構うな、そう言いたいんです」

「容姿端麗頭脳明晰運動神経抜群に加えて反射神経までも良好、周りから浮くのは必然です」

「後、これはあくまでも客観的に私と云う存在を鑑みての評価です、決して自惚れてる訳ではないので頭のおかしい子だと思わないでくださいね、私は賢いので」

確かに勉強は出来るし、課題等の忘れ物もした事がない。体育の先生から聞く限りでは運動も得意なようだ。

申し分ないほどの模範生、オレにあだ名を付けた事以外は。

しかし巫山、こんなに喋る子だったんだな。

てっきり無口な子だとばかり思っていたが…。

「それじゃ伏見先生、またあした」

そう言い、巫山はオレに背を向けた。

「あっ、待ってくれ」

オレは思わず声が出た。一つどうしても気になる事があったからだ。

「なんでオレに二人の兄がいる事を、いやこれは玄三郎の名前を知れば大体の人が察しが付くと思うが…」

「そうじゃなくて、何故オレの兄たちの勤め先を知ってる⁉︎父さんのも!」

「フヤマルセネクション、これでもう答えが出てるじゃないですか…私の苗字は珍しいですからね」

フヤマルセネクション?それは父さんが死に物狂いで入ったとよく自慢している大企業。そして二人の兄が勤める会社の親会社だ。

フヤマルセネクション…私の苗字…フヤマ…。

「あっ」

オレが思わず声を上げると、巫山はクルリとこちらに向き直し言葉を発した。

「伏見先生がどう云った答えを導き出したのか、それは定かではありませんけどそれで合ってると思いますよ、私はフヤマルセネクションの会長、巫山幸助の娘、俗に言う御令嬢、お嬢様、良家の子女です」

「庶民っぽく言いますと、金持ってる家の憎たらしい娘、ですかね…合ってますか?」

「うーん、どうだ…」

「お父様、大変私のことを可愛がってくれていますので、私が頼めば社員の一人や二人即さに消せるでしょうね」

何を言ってるんだ巫山は。

「ふや…」

「ちなみに労働組合は何もしてくれませんよ、あんなの張りぼてですから」

「ま…」

「それにしても玄米って言った時の反応面白かったなー、顔が硬直して教室中の奴らが笑い出すと、あからさまに赤くなってプライドへし折られましたーって顔してそそくさと私から退散」

「その後からですかね、生徒たちに小馬鹿にされ始めたのは、見るも無残に転げ落ちましたね」

「ね、伏見先生って年上にモテるタイプでしょ?」

巫山の話しが止まらない、どうやって止めるんだコレ?

「あーすみません、話しが脱線しましたね」

ずっと脱線してるよ。

「要するにですね、私のこの唇を見てください、この唇に守られている口、この口の中にある音声器官を少し動かすだけで、いや震わすだけで伏見先生のご家族は職業難民になっちゃう訳です」

分からない、理解出来ない。

「つまりそ…」

「つまり、伏見先生は私に人質を取られた玩具、そう云う事です」

それを言い終わると、ギュっと口を閉じて黙った。

何か考えているようだったが、その一瞬をシメたと思い、オレは巫山に今までの話の疑問点をぶつける。

「巫山、オレはモテた事なん…」

「私良い事を思いつきました!」

そう言うと、巫山は目を輝かせた。

「あしたが楽しみですね、伏見先生」

巫山戯ふざけた笑みを溢しながら。

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