6
よく晴れた日、彼女はこの丘にやってくるようだ。
彼女は決まって、空を見上げている。話しかけると、呆れた顔で応えてくれた。
「また会おう」
日が暮れるころ、そう言って分かれると、「明日晴れたらね」と彼女は肩をすくめる。
色の見えない僕は空の様子を見ることを不得手としていた。だから、あの日以来、僕は祖母に天気について毎日聞いた。
「野菜でも育てるのかぃ?」
祖母はカラカラと笑いながら、その日の天気を教えてくれた。また、この丘に暮らして長い祖母は空と風を知るだけで、次の日の天気を知ることもできる。日が暮れるころになると、親切に明日の天気を教えてくれた。
その日も、彼女は丘にいた。
「空を見ることって楽しい?」
「別に。ただ、他にやることがないから、そうしてるだけよ」
彼女は少し変わった人間のように思えた。そう告げると、「あなたほどではないわ」と笑われた。
僕たちは、いつも他愛のない話をした。
町のことや、この丘のこと。そして、国のこと。
僕は本で読んだ知識として、彼女は自分が経験してきた人生から、それらのことについて語る。
「色っていうのは、国や町が決めた階級みたいなものなのか?」
「違うわ。色はその人そのものを表すのよ。その人自身から自然に滲み出るものなんだと思う。人間の色は、その人の内面を示すのよ」
神様が目印に決めているのかもね、と彼女は揶揄するように言う。その口調に、神様を馬鹿にするような印象を受ける。
「神様は何で、人間に色なんてつけたんだろうな」
「そっちの方が分かりやすいでしょう?」
何が分かりやすいのか、僕には分からない。そもそも、「神様」という存在すら、僕はよく分からない。書物の中には、当たり前のように神様が存在する。けれど、僕は神様を見たことがない。
人々が敬ってやまない神様を、僕はこう感じてしまう。
神様も色と同じで、人間を無意味に縛り付ける存在ではないのか。
本当は不必要なものではないか。
「神様は人間に色をつけて、目印にするの。『青い人間』には日常。『黄色い人間』には富み。『灰色の人間』には卑しさ。『赤い人間』には罪。そうやって、人間の人生を決めるのよ」
「『赤い人間』は、神様にどうされるんだ?」
「殺されるのよ」
彼女の声は、酷く冷たかった。
「私は、殺されるのを待っている」
僕はどんな言葉を彼女に投げかければいいのか、分からなかった。『赤い人間』は罪人の中でも、人を殺した人間を指す言葉だ。だから、彼女が人間を殺したことは分かる。
けれど、と僕は思う。同族を殺したからと言って、その人間は殺される必要があるのだろうか。
彼女が誰をどのように、どんな理由で殺したのか、僕は知らない。だが、僕は彼女が死んでいいとは思わない。この美しい少女が、殺されてしまってもいいような人間とは思えない。
彼女の一言一言が、僕の渇いた心を癒す。彼女のラベンダーの香りが、僕の心を和ませる。彼女は僕の知らない世界を教えてくれる。
そんな少女が、どうして殺されなければいけないのか。
神様は、本当に彼女を殺すのか。
いや、違う。
人間を殺すのは、神様などではない。人間は、人間の手で殺される。彼女を殺した人間も、罪深い。僕はその人間をけして許さないだろう。
でも、
「人間なんて呆気なく死ぬと思うけどね。心臓をナイフで突き刺すだけだ。その程度の存在を殺すことに、いちいち目くじらを立てる必要はないと思うよ」
無論、僕の感情を無視した、頭の中だけの理論ではあるが。
「あなたがもし、誰かに殺されるとしたら、それを許容できる?」
「あまりしたくないな」
「そうでしょう。そういうことよ」
彼女の言いたいことは分かる。けれど、つまりそれはこういうことだろう。
殺されたくないから、殺されることを罪とする。
ただ、それだけの真理だ。
神様なんて全く関係ない。色を決めるのは人間だ。そして、神様を創るのも、また人間なのだ。