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少女は『赤い人間』だ。
子供のころあなたが好きだった林檎と同じ赤色。
けれど、この国で「赤」は「傷ついた色」と呼ばれている。
良くない色だ。
「悪魔の色」と言われることもある。
この国で、「赤」は罪を犯した者の色だ。
少女は、罪人だ。
けれど、あなたはそれを知らなかった。
あなたはそれが分からなかった。
少女は青空の見えるこの丘にやってきた。
あなたに会う少し前から、やってきていた。
そして、空を見上げる。
空を見上げても、それ以外やることはない。
せいぜい、雲を眺めるか、空を飛ぶ鳥を眺めるくらいしかできない。
そんな少女の元に、あなたはやってきた。
あなたは少女に声をかけた理由を、「美しかったから」と言った。
『赤い人間』のどこが美しいのか、少女には分からなかった。
けれど、色を知らないあなたにしか見えない、何かがあるのかもしれない。
そう思うと、少女は少し嬉しかった。
少しだけ、救われた気がした。
あなたに声をかけられて、少女はとても驚いた。
少女が驚いたことに、あなたも驚いていた。
『赤い人間』は、忌み嫌われる存在だ。
穢れた存在だ。
だから、『青い人間』であるあなたに話しかけられて、驚いた。
また、少女は呆れもした。
ここは、「大衆」である『青い人間』が寄り付くような場所ではなかった。
あなたは、「青」という単語に首を傾げた。
あなたは少女に、目の欠陥について説明した。
あなたの見ている世界は、少女とは大きく違った。
あなたは白と黒の二つ以外知らない。
「灰色」という概念すらない。
濃い墨を真っ白い紙に貼り付けたような世界。
それがあなたの見る風景のようだ。
少女はあなたの見る世界について、興味を持った。
しかし、どう言葉で説明されても、あなたの見る世界を、少女は知ることができなかった。
あなたの見る世界は、少女たちが知る世界とはあまりにもかけ離れていた。
色がない。
たったそれだけの、大きな違いだ。
「きっと、色を知ってる君たちからすると、味気ない世界だろうな」
あなたは笑った。
けれど、それは少女の笑わなかった。
色が見えなければいいのに。
少女は、本当にそう思う。
色がなければ、この国の人間はここまで窮屈に生きる必要はなかったかもしれない。
「あなたは色が見えないから、あたしに話しかけることができたのよ」
「関係ないよ」
しかし、少女は首を振った。
「『赤い人間』は、罪人なのよ」
「うん。でも、関係ない」
なぜ、あなたがそう言うのか、少女には分からなかった。
あなたは、微笑みながら説明した。
白と黒しか見えないあなたは、色を知らない。
だから、色のことを言われても分からない。
この丘から出たことのないあなたは、世間を知らない。
だから、罪の重さを知らない。
あなたの無知と盲目が、少女を受け入れたのだろう。
少女は、あなたが羨ましかった。
あなたの無知と盲目が、少女も欲しかった。
あなたは苦笑する。
「そう良いものじゃない」
「でも、面白そうじゃない」
少女は心からそう思った。
何も知らない世界は、きっと楽しいに違いない。
少女は、あなたの世界が欲しくなった。
空を見上げる。
白い空というものを、見てみたい。
色のない世界を見てみたい。
「君は欲張りだ」
あなたは肩をすくめた。
「一度くらい、色が見えてもいいのにな」
そう呟くあなたは、とても遠くを見る目をした。
少女は心の中で呟いた。
あなたは無色なままでいて欲しい。
あなたは何も知らないままでいて欲しい。
あなたの世界に色はいらない。