3
あなたは子供のとき、林檎が好きだった。
けれど、あなたは林檎に「赤」という色があることを知らなかった。
あなたが「色」という存在について知るのは、五才のときだった。
あなたの目には、白と黒としか映らない。
灰色もない。
判子を押したようにペッタリとしたあなたの視界には、林檎は色としてではなく、微妙な模様と形の違いとしてしか見分けがつかない。
だから、母親に「一番赤い林檎を取って」と言われた幼いあなたは、首を傾げてしまった。
――母さん、「赤」って何?――
それを聞いて、あなたの母親は酷く狼狽した。
この国において、「色」はとても重要な存在だ。
この国では容姿や服装よりも、その人の「色」が重視される。
時に色はお金よりも大事な存在だ。
その色を識別することができないあなたは、出来損ない以外の何ものでもない。
もちろん、それは社会があなたをそう見るだけだ。
けれど、少女は、あなたを「出来損ない」と思ったことは一度もない。
それ以上に、少女はあなたが色を見ることができなかったことを、とても嬉しく思った。
あなたが色を見えなかったおかげで、二人は出会うことができた。
あなたが色を知らなかったおかげで、少女は許された。
だから、少女はあなたの見る世界を否定することができなかった。
否定をするつもりもなかった。
否定なんてできなかった。