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「どうだ。いい屋敷だろう? 『青い人間』よ。これほどまでに華やかな内装を、お前は見たことがあるか?」
老人は僕にそう問いかける。しかし、僕は色を見ることができない。老人の言う素晴らしさは、理解できなかった。
けれど、「華やか」なのだろう、ということは分かる。屋敷のどこを見ても、僕の目は痛んだ。
「そうですね。とても黄色だと思います」
「変わった受け答えをするんだな」
老人は大きな声で笑う。彼女とはかけ離れた、下品な笑い方だ。
煩わしい。
大広間らしき部屋に連れてこられた。そこには、老人のように目がちかちかする着飾りをする人間が数人いた。どの人間からも、腐った乳の臭いがする。それを、彼らは香水らしき強い香りのするもので誤魔化していた。
使用人の一人が、僕を大きなテーブルに座らせる。他の『黄色い人間』らしき人間たちも同じように席に座った。何が始まるのだろう、と眺めていたら、料理が運ばれてきた。
「腹は減っていません」
「食べたまえ。食事を共にするのは友好の証だ、『青い人間』」
老人の言い分はもっともであるが、僕は彼らと友好を結ぶ必要を感じていない。僕と彼らのような人間は、相成れないだろう。
仕方なく、パンを齧る。食べたこともないくらい柔らかく甘い砂糖のようなパンだったが、美味いとは感じなかった。
「『青い人間』の少年。お前は『色』についてどう考えている?」
食事をしながら、老人に問いかけられる。僕にとっては、今更すぎる質問だ。
「色、ですか」
「そうだ。この国は『色』に支配されていると言っていい。お前たち『青い人間』や俺たち『黄色い人間』以外にも、多くの『色』を持った人間がいる」
「そうらしいですね」
適当に相槌を打つ。
「お前は『黄色』に憧れるか?」
いい加減、止めて欲しかった。
笑ってしまいそうになる。色の知らない僕に、「憧れるか?」などという質問は、的外れもいいところだ。
色を見てみたいという好奇心はある。けれど、色そのものに憧れることはできない。知らないものに憧れるなんて、無理だ。
馬鹿らしい。あまりにも馬鹿らしい。
だから、こう答える。
「あまりいい色ではなさそうですね」
テーブルで食事をしていた他の『黄色い人間』が、一斉にこちらを睨みつける。
「落ち着きたまえ、同志たちよ」
老人だけが、朗らかに笑う。
「『青い人間』の少年。それはなぜだ?」
「色なんて、たいしたものではないからですよ」
ほう、と老人は短く感嘆の声を漏らす。
「それでは、お前は何をもってして人間を見るのだ? 言ってみろ」
老人の顔には下品な笑みが張り付いていた。それが、彼の醜悪さを表しているようで、少し滑稽だ。自分がみっともない人間であることを、わざわざ顔に出すなんて、馬鹿のすることだろう。
僕は老人を真っ直ぐ見て、言い切る。
「声とか、匂いとか、表情とか、仕草とか。そういうものの美しさです」
途端、何かが爆発するように老人が笑い出した。大広間に、くわんくわんと下品な笑い声が反響する。
僕は、少し呆れた。貴族と呼ばれる『黄色い人間』も、この程度なのか、と。あまりにも、人間の浅さが知れている。
「面白い! 面白いぞ、『青い人間』! 声! 匂い! そんなものに何の意味があるのだ! 笑わせる!」
面白いのはお前だ、と言ってやりたい。僕は今まで、ここまで滑稽な人間を見たことがなかった。頭の固い祖母も、ここまで愚かではないだろう。この男は、色に縛られているだけではない。『黄色』という自分の色を、信仰してしまっているのだ。
本当に、馬鹿だ。
どいつもこいつも、馬鹿でしかない。
「ゲームをしよう」
老人は立ち上がると、大きく手を広げた。
「ゲーム?」
「そう、ゲームだ。お前が言う、色以外のものの価値を確かめてみようじゃないか。たまにいるのだよ。お前のように、『色』以外の価値について語る愚か者が」
老人は嘲るように笑う。
「単純な問いかけだ、『青い人間』。お前に、林檎の区別はつくか?」




