第40話 勇者の伝承
遅くなり恐縮です。
早朝―――――
日が昇る前、また夜の帳が明けきる前。
ハーディは立ち寄った村で泊まった宿から出てきた。
出立するわけではない。日課の素振りを行うために起きてきたのだ。
宿の裏手にある庭でスペースを確認すると、ハーディは自然体で立つ。
ハーディは聖銀の鎧、背中に背負った大剣、マントを装備している。
通常、長い直剣を背中に装備した場合、背中に手を回して柄を握っても抜くことは出来ない。
だが――――
「フッ――――!」
次の瞬間、自然体で立っていたハーディは大剣を振り下ろしていた。
『王者の剣』
<伝説級>の武器であり、強力な魔法が付与された魔剣である。
その刀身は魔力の塊で出来ており、魔力を纏わせないとただの柄でしかない。
そのため、ハーディが抜き放つときに初めて光り輝く白い刀身が見えるようになる。
その重さはほぼ柄の重力しかなく、非常に軽い。
ハーディの膂力と相まって超高速の斬撃を可能にしていた。
「まだ、僅かに意識が削がれる・・・」
ほんの少しだけ眉を顰めるハーディ。
それもそのはずである。今だ『聖女の呪い』は解けていなかった。
攻撃意識を持つだけですさまじい激痛がハーディを襲うのはなんら変わっていなかった。
変わったのはハーディの精神力であった。
「自分がふがいないせいで永遠にクラリスを失ってしまったのだ。これくらいの痛み、自分の意識を保つためにはちょうどいい」
あれから3年―――――
ずっとハーディは苛まれて来た。己のふがいなさが招いた惨劇。永遠に取り返せない日常。絶対に失ってはならなかった存在。そして、この先自分に未来永劫訪れることは無いであろう幸せ―――――
今、何のために生きるのか、どこへ自分は向かっていくべきなのか。
3年前、何も見いだせないままハーディは暗闇へと落ちて行った。
だが、もがき苦しむ中、クラリスを殺した敵の存在をそのままにしておくことは絶対に出来ないと思うようになった。クラリスが聞けば、復讐なんて考えないで、自分が幸せになる事を考えて欲しい、そう言ってくれるだろうことは容易に想像できた。だが、自分が自分自身を許す事など到底出来る事ではなかった。
ならば、クラリスを失う事になってしまった原因である、「自分の弱さ」の克服と「クラリスの血を欲した敵」の排除を自分の生きる目標に定めた。
そして、この3年。ハーディは地獄と呼ぶにはあまりにも生ぬるい世界を生き延びてきた。
自分が<皇帝竜>であった頃の知己を訪ねて旅をした。当時の友人(友竜?)、ライバル、敵に近いドラゴンもいた。人間になったハーディを訝しむ者、嘲わらう者、ハーディの心に共感する者、そして<皇帝竜>時代の恨みを晴らそうと殺そうとする者。
ハーディはそのどれをも時に跳ね返し、時に寄り添い、時に語り合い乗り越えてきた。
この世界に<皇帝竜>だったハーデスを除けば、4種しかいない<古代竜>たちにも会いに行った。
想像を絶する地獄とも呼べないような凄惨な邂逅を経て、それでもハーディは生きて帰って来た。
レッサー種のドラゴンなど、いくら屠ったか数すらわからない。
ハーディは最強のドラゴンスレイヤーにもなっていた。
そうした経験の中、「聖女の呪い」による激痛など、ハーディの意識下に置かれてその行動を僅かコンマ数秒阻害する程度の内容でしか無くなっていた。
「だが、そのコンマ数秒が命を分けるタイミングになる可能性だってある・・・」
だから、ハーディは基本の素振りを行っている。
朝日が昇る前に100本。
ただ振るだけではない、その一振り一振りがレッサードラゴンを一撃で屠るパワーを込められている。わずか数本振るだけで鍛え上げられたハーディが息を乱し、汗をかく。それほどの全力トレーニングだからこそ、実際の戦闘では力を抜き、長時間でも戦えるだけの体力がついて行く。
「わあ、お兄さんすごいんですね!」
少し明るくなり、朝日が顔を覗かせようとしているころ、宿屋の娘ラミンがやって来た。
やって来た事に気が付いていたハーディであったが、殺気も敵意も無いため、自分のトレーニング範囲に入らなければいいと気にはしていなかった。
「昨日の夜もすごく強い人だと思いましたけど、やっぱりお兄さんは勇者様なんですね!」
昨日の夜――――
夜遅めに村に到着したハーディは村の酒場兼宿屋の『ラナの憩亭』にやって来た。
建物の一階が酒場兼食堂になっており、二階で宿泊できるようだった。
「この喧騒で夜寝られるものなのか・・・?」
些か心配になるハーディにこの宿屋の女将であるラナが声を掛けてきた。
「お兄さんお酒かい?それとも食事? 旅人っぽいから宿泊かい?」
「ああ、宿泊で頼みたい。夕食が食べられるならありがたいが」
「もちろんOKだよ。夕食朝食込みで銀貨2枚だよ、いいかい?」
それで二食もついて来るならありがたいとハーディは率直に思った。
「それでお願いする」
「じゃあ、そこのカウンターに座って。夕食先に出してあげるよ」
言われるままにカウンターに座る。マントと背負った大剣を外し、マントを鞘に巻き付けてカウンター横に立てかける。
「私はこの『ラナの憩亭』をやってるラナさ。よろしくね、お兄さん」
「ハーディだ。一泊だがよろしく頼む」
ハーディは喧騒激しい酒場に一抹の不安を覚えながらも、いい雰囲気の宿屋に当たったと嬉しくなった。
出てきた料理はシンプルだが食べやすい味付けでボリュームもあってハーディの胃袋を楽しませた。食後の果実水もさっぱりしていて、正直街道から外れた田舎の村でこれほどの食事がとれるとも思っていなかったハーディは感動すら覚えていた。
「随分と料理がうまい。それにボリュームもある。宿としては素晴らしいし、値段からすると心配なくらいだ」
きれいさっぱり食べ尽くしたハーディの皿を下げに来たラナに素直な感想を伝える。
「おや、それは嬉しい評価だね。実は亭主はこの村一番の狩人だったんだが、魔獣が村を襲った時に村を守って戦ってね。その時に死んじまったんだ。村長や狩人仲間もいい人でね。狩人仲間の狩った獣の肉の一部をこの宿に村からの供給って事でそのまま卸してくれてるから料理の材料は助かってるんだ。そして売り上げの一部を村の財産として村長に渡しているんだよ」
「ほう、素晴らしい。誰もが得をする関係が成り立っているのだな。人の世の中とはかくありたいものだ」
「アンタ、若いのに難しいこと考えてるんだね」
感心したようにハーディを見つめるラナ。その時だ。
「ガキが!うろちょろしてんじゃねえ!」
「きゃあ!」
ガラガラガラン。
木の皿や匙が床に散らばる。
ラナの料理をさっきから運んでいた少女だ。
見た目がラナに似ていた事からきっと娘なんだろうとハーディは思っていた。
お酒の追加もあの子が運んでいた。常連や村の客はそれを知っていたのだろう。少女が頑張って給仕をしている姿を暖かく見守っていた。
だが、声を荒げて少女を突き飛ばした男は、ハーディと同じく旅人の冒険者のような恰好だった。
「ラミン!」
ラナがラミンと呼んだ少女に駆け寄る。
「お母さん・・・」
少し涙目になりながらも、決して母親に泣きついたりせず、散らばった皿を片付けようとする。
「ちょっと、何をするのさ!」
文句を言ったラナに今度は絡みだす冒険者らしき男。
「お、なんだ、良い女がいるじゃねぇか。俺たちに酌をしろよ!」
「そうすりゃ夜も楽しませてやるぜ!」
「そりゃいいや!」
ギャハハと笑いだす品の無い3人組の男たち。
「あたしは料理も担当してるんだ。アンタ達なんか相手にしているほど暇じゃないね! 揉め事を起こすならとっとと金を払って出て行きな!」
腰に手を当てて勢いよく啖呵を切るラナ。
常連客も「さすがラナだ!」「女将さん惚れるぜ!」と応援する。
きっと通常なら村の人たちが多く味方に付いている状況でよそ者が騒ぎ過ぎたと反省するだろう。ところが、今回の3人組はかなり質が悪い様だった。
「ああ、文句のある奴は俺の前に出ろ!」
そう言って腰に下げていたロングソードを抜いたのだ。
例え小さな村だとはいえ、酒場で剣を抜くなど、衛兵沙汰になる案件であり通常ではありえない。だが、村の規模が小さい上に、相手の男たちはならず者として有名であり、冒険者ランクもCランクと一般的には高く、乱暴な態度が今までまかり通ってきた背景もあった。
一瞬で沈まる酒場。
「よし、文句ねぇな。メンドくせぇ、ここで相手してやるよ」
そう言ってラナの服に手を掛ける。
「お母さん!」
「ラミン来ちゃダメ!」
「あー、すまないが、ここはうまい飯を食わせる酒場なんだ。飯を食わないなら場所を変えてもらえるかな?」
ふらりとハーディが男たちの前に出る。
「何だてめぇ」
「死にてーのか?」
仲間の2人が立ち上がるが、ラナの服を掴んでいる男が、
「俺は今からコイツを食うんだよ。文句ねーだろ?」
そう言って好色な嫌らしい笑みを浮かべた。
気持ち悪そうに顔を歪めるラナ。
「ん? おかしいな。人族は共食いをしない種族だと学んだのだがな? お前は違うのか?」
不思議そうに小首を傾げるハーディ。
「がははははっ!俺様は特別よ!女を喰いまくってるのさ!」
「そうか、であればお前は殺人者という事だな。それにラナはうまい飯を作るイイ女だ。だからお前なぞに殺させるわけにはいかんな」
そうはっきりと伝えるハーディに苛立った男はラナを突き飛ばしてハーディの胸倉を掴もうとする。だがハーディは聖銀の鎧を着ているため、掴める場所が無かった。
そのため、男はハーディの手をねじり上げようとする。
だが、ハーディはその手を逆に払い、手首をねじり上げる。
「イデデデ!」
そのまま下に引き、足を掛け男を転がすと、相手の後頭部を足で踏みながら、肩関節を逆に押し込む。
「グギャアァァァ!」
「確か殺人者は極刑だったか。盗賊と同じでその場で処刑が許されるのだったか」
そう呟くと、手首を持ってさらに肩関節を逆に押し込む。このまま行くとあと少しで男の肩は砕け散る。
「うぎゃああああ!俺は殺し何てやってねぇ!」
「さっき女を喰いまくっていると自分で言っていたじゃないか」
「いや、食うってそういう意味じゃなくて、殺してない!食べてもいない!違うんだ!」
「じゃあ俺に嘘を吐いたと?」
ミシミシと嫌な音を立て始める肩と肘にとてつもない嫌な予感を感じながら男は懸命に弁明する。
「あっははは、あんた面白い男だねぇ。もういいよ、許してやんな」
まさかのラナ本人からの許可が出た。
「いいのか?」
「ああ、あんたたち、金を払ってこの村からすぐ出て行きな。街道なら野宿でもなんとかなるだろうさ。それが嫌ならこのお兄さんに止めを刺してもらうけどどうする?」
「わかった!金を払って出ていくから許してくれ!」
「そうか、人間素直が一番だと聞いたことがあるぞ?」
博識なのか無知なのかよくわからないハーディだが、男たちはとにかく助かったと金を置いてそそくさと出て行った。
その途端、
「「「「「うおおおおっ」」」」」
「兄さんすげーな!」
「こっち来て一杯飲みなよ!」
「ラナちゃん!英雄様にエールを一杯奢りだ!」
「俺も奢るぞ!」
「なら俺はツマミ追加だ!」
そんな訳で、夜半まで宴会に巻き込まれてしまったハーディであった。
昨夜そんなことがあったため、娘のラミンもハーディが冒険者3人を相手に余裕で追い払うことが出来る程強いと認識している。それもあって伝承の「勇者」に容姿が当てはまるハーディを勇者と呼ぶのは致し方のないところであろう。
王国と聖王国が共同で発表した伝承の内容。15年前、大神官が勇者復活の神託を受けたという。その内容が「赤の勇者」は赤毛の青い瞳としている。それだけだった。
それだけでこの世界は「赤の勇者」は赤毛の青い目の人物として認知されてしまっている。そのほかに「金の勇者」と「青の勇者」、そして聖女。この4人をして、世界を救う勇者ご一行らしい。
実にハーディはばかばかしい事だと思っていた。
<皇帝竜>から強制転生させられた自分が人族の勇者などと、悪い冗談にもほどがある。
だが、幼気な少女の夢をわざわざ壊す理由も無かった。
「どうかな、自分ではよくわからないよ」
そう言ってハーディは微笑むのであった。
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