5 ボールになりたい
秋の大会が終わって、サッカー部も3年が引退したから、2年生を中心にチームが再編成されるんだって。
もちろん、実力次第では、1年生だってレギュラーになれるから、部外者の私にまでわかるくらい、部員の人達のやる気が燃え上がってる。
七男君もすごく気合いが入ってるみたい。
ボールに向かっていく勢いが、今までと全然違うもの。
夏休み前とは別人みたい。ちょっと無理なんじゃないかなってくらいのボールにも食い付いてく。
あ、また転んでる。勢い余ってゴロゴロ転がるなんて、しょっちゅう。
秋と言ってもまだまだ暑くて、汗びっしょり。見ているだけの私でもこんなに暑いんだから、動き回ってる七男君は、どんなに暑いんだろう。
休憩時間になると、みんな汗を拭いたり水を浴びたり。七男君は、水飲み場で頭から水をかぶってる。
びしょ濡れになった頭や顔を拭いてるけど、小さなハンドタオルだから拭ききれてない。
そのせいなのか、拭く前に頭を振って水を飛ばしてる。まるで犬が体をプルプル震わせて水を飛ばしてるみたい。
可愛いけど、ちゃんと拭けるくらいのタオルを持ってくればいいのに。
どうしよう。タオル、差し入れたら喜んでくれるかなぁ。
翌日、私はタオルを持ってきた。
濡れたタオルを入れるためのビニール袋も。
七男君は、いつもどおり汗だくになって練習してる。
休憩に入って、七男君が水飲み場に向かったのを見て、私も水飲み場に移動して。
でも、渡せなかった。
いざ近付こうとすると、足がすくむ。
何て言ってタオルを渡せばいいのか、わからない。
動けないでいるうちに休憩時間は終わり、七男君はグランドに戻っちゃった。
臆病で意気地のない自分が情けなくて、涙がにじんだ。
明日こそ。
今日こそは。
そう思うけど、やっぱり足が動いてくれない。
そんな毎日が、もう10日は続いてる。
「明日翔、せっかくタオル持って来たのなら、さっさと渡さないと」
「う、うん…。わかってる。わかってるんだけど…」
いつの間にか、鈴ちゃんに見付かって。
明日こそ、明日こそと言い続けて、もう10日。
今日は、練習試合。
七男君は、いつもどおり、ううん、いつも以上に必死にボールに食らいついてく。
あ、またボールを取った。
パスされたボールが七男君の胸に飛び込んでいく。
私も、あのボールみたいに、七男君の胸に飛び込んで行けたらいいのに。
そしたら、七男君は私を受け止めてくれるかな。
色々考えるのに、心とは裏腹に全然行動できてない。
水をかぶった七男君にタオルを渡す、それだけのことがどうしてもできない。
そんなことを考えながら見ていたら、七男君がパスしたボールを受けた誰かがシュートして、ゴールに放り込んだ。
「やった!」
思わず声が出てしまって、私は慌てて逃げ出した。
どうしよう、叫んじゃったよ。七男君に聞こえちゃったかな。
聞こえるはず、ないよね。あんなに遠くにいたんだもん。
…あんなに遠くに、いたんだから。
七男君が、遠いよ。
もっと近くにいたい。
七男君の側にいたいよ。
どうして、あのボールみたいに七男君の胸に飛び込んでいけないんだろう。
悔しくて情けなくて、涙が止まらなかった。
翌朝、教室に入ったら、遥ちゃんにギョッとされた。
「ちょっと明日翔、どうしたの? 目がすっごく腫れてるよ?」
「うん…ちょっとね」
「大体想像は付くけど」
「ひゃっ!?」
いきなり後ろから声を掛けられて飛び上がった。鈴ちゃん?
「このままにしておくのは、よくないと思う。
でも、ここじゃ話せないから、放課後」
「え…放課後って…」
「何? 鈴、事情を知ってるの?」
「はっきり知ってるわけじゃないけど、大体は。
でも、ここでは話せない」
「ふぅん、わかった。じゃ、放課後ね」
「あ、あの…」
「逃げたら駄目」
鈴ちゃんに睨まれて、私は何も言えなくなった。
放課後に話すって言っても、何を話すつもりなの、鈴ちゃん。
「さぁ、帰るよ」
落ち着かない1日が終わって、私は遥ちゃんと鈴ちゃんに挟まれて、まるで連行されるリトルグレイみたいに教室から連れ出された。
「あの、私…」
「今日は見学はお休みして。
今のうちに話しておきたいから」
用が、と言う前に、鈴ちゃんに潰されちゃった。
なんで鈴ちゃん、今日はこんなに強引なの?