3 初恋
翌週の選択美術の時間、あの男子が声を掛けてきた。
「よ、どうだった? 間に合ったろ。
俺、七男奏太。3組。あんた4組だろ? 名前、なんての?」
いきなり声を掛けられて、一瞬ビクッとなった。
やっと、名前聞けた。聞けたっていうか…だけど。
「あ、あの…、小鳥遊明日翔です」
「高梨? いいな、普通の名字で。
俺なんて、セブンに男で七男だもんな。普通、ナナオったら七尾だろうに」
「あの…私も普通じゃないです…」
「なんで? 高い梨だろ?」
「いえ…えっと、小鳥が遊ぶって書いて、タカナシです」
字を説明したら、七男君はすごくびっくりした。
「うぇ!? すげぇ! そんな名字あんの!? そっか、あんたも変な名字か。
仲良くしような」
「あ…あの…」
「あ、ごめん、悪かったな、変な名字とか言って。んじゃ!」
七男君は、1人でまくし立てて、離れていった。
私がちゃんとお話できないから。せっかく話しかけてきてくれたのに。
それから、選択美術の時間のたびに、気が付くと七男君を目で追ってた。
ちょっとお調子者で、だけど憎めないところのある七男君から、目が離せなくなってた。
3組の七男君。
いつの間にか私は、3組の教室の前を通る時には、七男君の姿を探すようになってた。遥ちゃん達がいない時だけだけど。
なんとなくだけど、この胸のドキドキを誰にも知られたくないって思った。
1学期の期末テストも終わったある日、学校帰りにサッカー部のランニングに出くわした。
邪魔になると嫌だな、と脇に避けると、ふと七男君が混じってるのに気が付いて。
向こうもこっちに気付いてくれたらしくて、小さく右手を挙げて挨拶してくれた。
私も、左手を軽く挙げて。
なんとなく、何かが通じた気がして、嬉しかった。…嬉しい? なんで?
七男君がサッカー部だってわかったから?
走ってる姿も格好良かったから?
私を見付けて挨拶してくれたから?
明日もこのくらいの時間に通ったら、また会えるかな?
翌日、ちょっと期待して帰ったけど、七男君は通らなかった。
なんだろう、ちょっと期待しただけなのに、こんなにがっかりして。
七男君に会いたかった…ってことだよね。
どうしよう、サッカー部ってわかったんだから、グランドに行けば見れるけど。
私は散々迷ったけど、結局グランドに行けなかった。
次の週の選択美術の時間、やっぱり七男君の姿を探してた。
ギリギリで教室に駆け込んできた七男君は、私を見付けると笑顔で近付いてきた。
え!? 近付いてって、目の前に!
「あの、小鳥遊さん、墨汁って余ってない?
実は、この前なくなっちゃったんだけど、買うの忘れててさぁ」
照れくさそうに頭をかきながら頼んでくる七男君は、なんだか可愛い。
思わず見とれそうになって、慌てて考えた。
七男君は、墨汁を分けてほしいって言ってるんだ。
私はいつも墨をするから墨汁は使わないけど、非常用に1本持ってる。これを使ってもらおう。
「あの、私、1本余ってるから…これ、どうぞ」
なんだか語尾が震えたけど、ちゃんと言えた。
「え? これ新品じゃねえの? いいのか?」
「あの、それ、予備だから…」
「そっか、さんきゅ、今度新しいの買って返すから!」
七男君は、嬉しそうにボトルを持って友達の方に戻って行った。
持って行ったボトルを掲げて、何か言ってるみたい。
その日の書道は、なんだか上手く書けた気がした。
鈍い私にもわかる。私、七男君のこと、好きなんだ。