1 お友達
私の名字の小鳥遊が読める人は、滅多にいない。
小さな頃から、「ことり・ゆう」ちゃんとか、からかわれてきた。
小鳥遊明日翔と、やたら画数が多いから、名字だけで「小鳥遊」と書くと、本当に「小鳥 遊」という名前だと思われることもある。
私は、人見知りするし引っ込み思案だから、あまり友達がいない。
自分から人の輪の中に入っていけないから、友達を作るのが苦手。
高校に入ってからできた仲のいい友達は、2人だけ。
別に仲間外れにされているとかはないけど、学校帰りにお茶するとか、そういう相手は2人だけ。
鴻遥ちゃんと、烏丸鈴ちゃん。
2人と仲良くなったきっかけは、 やっぱり名字だった。
「ねえねえ、あんたの名字、タカナシって読むの?」
「え…、はい…そうですけど」
「そっかあ、いいね! 仲間見付けちゃった!
あたしの名前、読める?」
「えっと…あの…おおとりさん…」
「そうそう! もうさ、名字も名前も1文字ずつとか、なんなのよ! って。
ただでさえ2文字なんて、名前書く時バランス取りにくいってのに、やたら画数が多くてさ。あたし、小学校の時なんて、名字ばっかり大きくなっちゃって大変だったんだから。
字が下手だったから、江鳥遥になっちゃったりしてさ。
3文字くらいがよかったねえ」
「あの、3文字も、結構大変だよ? バランスだって取りやすくないし、氏名欄いっぱいになっちゃうし、字が多い分、画数も多いし」
「え? いや、全部で3文字がいいなあって…」
「26画の24画、合計50画。確かに多くて大変そう」
突然話しかけてきた鴻さんにも驚いたけど、突然会話に割り込んできた人がいて、私の名前の画数をいきなり言われて、また驚いた。この人誰だっけって思ってるうちに、鴻さんが答えてくれた。
「あんた、烏丸さんだっけ?
いいよね、全部で3文字!」
「そんなによくもない。
よくトリマル・スズって読み間違えられるし。自己紹介する前に間違えずに呼ばれるのは珍しい」
「そりゃあ、自分も読めないってしょっちゅう言われて嫌な思いしてるからね。
人の名前も間違えないように気をつけるさ」
「名前を付けたのは、お父さん?」
「そうらしいよ」
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや……懐の大きな人間になってほしいという想いが伝わってくるいい名前だと思う」
「エンジャク…なんだって?」
「故事成語。遥か遠くを目指す鴻の気持ちは、小人物には理解できないという意味。
あなたの名前には、鴻として遥か彼方を目指してほしいというお父さんの願いが込められてる。
小鳥遊さんも、そう。
平和な空に、明日翔び立ってほしいという願いが込められてる。羨ましい」
いつか翔び立つ? 私の名前、そんなに前向きな名前だったんだ…。
それにしても。
「烏丸さん、ホントにあたしと同い年?」
鴻さんも同じことを思ったみたい。でも、すごいな。私だったら、思っても言えないよ、そんなこと。
「失礼すぎ。私は、浪人なんかしてない」
「あの、鴻さんは、烏丸さんが年の割に落ち着いてるって言ってるんだと思います」
「鈴」
「え?」
「鈴と呼んで。名字は好きじゃないから」
「カラスだから?」
「そう。あなた達みたいな素敵な名字じゃないから。
同じ鳥でも、鳩とか白鳥とか、もっといいのがいくらでもあるのに」
「ぷっ。そうだね、それじゃ、鈴に、明日翔だね。
じゃあ、あたしのことも遥って呼んで!」
「わかった。遥、これからよろしく」
「は、遥さんと、鈴さん」
「固い、固いなあ。明日翔、呼び捨てでいいって」
「あの、でも…」
「呼び捨てに慣れてないのなら仕方ない。でも、せめてちゃん付け」
「遥ちゃんと…鈴ちゃん?」
「そう」
こうして、私の高校での最初の友達ができた。
遥ちゃんは頼りになって、みんなと仲がいいけど私とも仲良くしてくれる、お姉さんみたいな人。
鈴ちゃんは、ちょっとぶっきらぼうっていうか口下手だけど、すっごく頭がよくしっかりしてる。
2人と友達になれたことで、私の高校生活は楽しいものになった。
でも、2人とも選択美術は図画なので、一緒にならなくて。
だから、書道の時間は親しい友達はいなくて、話ができる人もいない。
1年間それが続くと思ってたけど、そうはならなかった。




