6話 選択
晴人はこの状況を飲み込めずに困惑していると、怪しい男は
「なにも警戒することはない。早くそこに座りたまえ、霧生晴人君」
怪しい男は椅子の背もたれにふんぞり返っている。晴人は少し躊躇った後、残り一つの椅子に座った。すると怪しい男は
「わたしはこの世に彷徨う魂に選択肢を与えるものだ。皆、私のことをディーラーと呼んでいる。私はこれからお前に一つ選択肢を与える。選択肢のことは後に説明するとして、なにか聞きたいことはないかね?」
晴人は驚きのあまりぽかんとしていたが、ディーラーの言っていることが信じられないというふうに
「あんた。大丈夫か?この世に彷徨う魂がどうとかって意味がわからない。そもそもここどこだ!なんで俺はこんなところにいる!どうして俺の名前を知っている!?」
ディーラーはケタケタとその様子がおかしいといった風に笑いだした。晴人は
「なにがおかしい!」
と丸テーブルを叩いた。ディーラーは、
「まあ、落ち着きたまえ。いやーすまないねえ。ここへ連れて来られた人は皆同じ反応をするもので…」
と言いながら椅子に姿勢よく座りなおし、真面目な声色で
「さて霧生君。これから私が話すことを落ち着いて聞くんだ。ここはねえ…死後の世界だよ」
驚くべき事を口にした。晴人は驚いた表情を見せていた。
それを見てディーラーは
「まあ、正確にはこの世とあの世の境目だよ。君は交通事故にあった。そしてそこに座っている君は肉体から離れた魂だよ。生き物は皆、遅かれ早かれ死ぬ。まあ君はそれが少しばかり早かったというだけだ」
晴人は立ち上がり、
「ちょっちょっと待ってくれ。俺が死んだってどういうことだよ。俺はちゃんとここに…」
「違うね。ここにいる君は魂だけだ。肉体はそこにある」
と丸テーブルの中心を指差した。すると、そこには街中の人だかりがあり、その中心には一台の救急車が止まっていた。そして救急隊員たちが救急車に備え付けられたベッドに誰かが乗せられ、救急車で運ばれる一部始終の様子が映し出されていた。
晴人は絶句した。
その急患者用のベッドに乗せられ、運ばれていたのは頭から血を大量に流し、まるで死んだように倒れているのは晴人自身だった。映像が終わると丸テーブルの白い面だけがあった。唖然としている晴人にディーラーは
「これはほんの15、6分前の話だ。君の肉体はまもなく病院へ運ばれ、意識確認の後死亡と判断されるだろう」
晴人は青ざめた顔をして
「じゃあ…ここにいる俺は魂だけで…俺はこのまま死ぬんだな…」
「おや?随分とあっさり納得してしまうんだねえ。君のことだからまたなにか言い出すと思っていたよ」
「こんだけ俺は死んでるって証明されたんだ。残念だが認めるしかない」
と震えた声で言い晴人はあまりのショックで頭を抱えた。
「そうか」
とディーラーは袖を少しまくり腕時計のようなものを見て、
「まあ君が死ぬにはまだ早すぎるとわたしは思う。さて、先ほどの選択肢の話だ。君は生き返るか、それともこのまま死ぬかだよ」
晴人はテーブルに肘をつけ頭を抱えていたが、生き返れると知った途端顔を上げて
「生き返れるのか?」
「ああ。生き返れるとも。ただし条件がある」
「条件?」
「条件といってもお願いだよ。きいてくれないかな?」
とディーラーは、自分の椅子の下に置いている大きな金属ケースを丸テーブルの上に置いた。
「わたしのお願いと言うのはねえ。この世で彷徨っている悪霊を狩って欲しいんだ。わたしのお願いを聞いてくれるならその金属ケースを受け取ってくれ。詳細はその中を見ればわかる」
と金属ケースの上に手を置いた。晴人は
「その条件を呑まなきゃ生き返れないんだろう。わかったよ。あんたの条件、呑むことにした」
と意を決したように金属ケースを受け取った。
すると、晴人は病院のベッドに寝ていた。晴人のベッドの周りには彼の両親が心配そうな顔をして顔を覗いていた。母が目に涙を浮かべて
「よかった、よかった」
と何度も何度も安心したように泣いていた。
後に晴人が知ったことだが、晴人は約3ヶ月の間意識が戻っていなかったらしい。それから長いリハビリや検査が続いた。