1話 新生活(主人公視点)
授業が終わり、俺は自分の席に座ったまま両腕を上げ背伸びをしていると
「ねえねえ霧生君。霧生君はどこの学校から来たの?」
椅子の背もたれに預けた体を起こした俺は声のした方を見ると、そこには元気はつらつで、スポーツ体形でスタイルがいい女子に話しかけられた。転入早々に話し掛けられるとは思っていなかった俺は驚いてきょとんとし、一拍遅れてから
「三重県にある私立高校」
と答えると、いつの間にか近くにいたのか違う女子が
「へー、その学校ってどんなかんじ?」
「うーん。よくある普通学校だな。でも設備とかは、さすが有名な進学校だけあってこっちの方が充実してるな」
「授業とかついて行けてる?」
「まあ、なんとか…」
苦笑いで答えておこう。
その後最初に話しかけた女子が自己紹介をしだし、それがきっかけで次々と名前やら特技やらを色々言っていたが、いっぺんに言われたから誰1人の名前も覚えられない。
女子たちと話していると、次の授業の現国の男性教員が勢いよくドアを開け教室に入った。それを見ると、俺の席の周りに集まっていた女子たちが慌ててそれぞれの席に着いた。そのうちの最初に話しかけてきた女子が
「あとでねー」
と胸のあたりで手を小さく振り、急いで自分の席へ向かった。
俺は最初に話しかけてきたスポーツ体形の女子が席に向かっているのをなんとなく視線で追っていた。すると俺の席と対称の位置にある廊下側の一番前の席の男子共が眉をひそめ、冷たい目で俺を見ているのがわかった。
周りを見回してみると、その他でも何か俺に対してよからぬことを話しているのがわかり、俺はふっと小さくため息をついた。
◇◆◇
常にぶつけられる男子共の冷ややかな視線や、休み時間などのクラスメイトと他のクラス女子たちの珍しいものでも見るような視線を受けながら過ごし、やっと放課後になった。まだ教室には何人かの生徒たちが残って、最近流行りのスマホのゲームで協力プレイでわいわい騒いでいたり、仲良さ気におしゃべりをしている。今日1日だけで何度も話しかけてきたスポーツ女子は部活で早くに教室を後にしたらしい。
俺は椅子から立ち上がり、背伸びをしながら
ああ、疲れた。やっと帰れる
と思いリュックサックの片側のベルトをわしづかみにし、勢いよく背負い、教室の後ろのドアへと歩き出すと
「ねえ、霧生君。ちょっといいかな?」
と横から女性の華やかで住んだ声が聞こえてきた。
今から帰ろうと思ってたんだが何だ?
うん?
と声のする方を見ると、そこには二重がはっきりした大きな瞳で、背中まで伸びた長い黒髪が特徴の女子が話しかけてきたらしい。清楚な容姿からしてクラス委員長って感じの頭よさ気なオーラがでている。しかも結構かわいい。俺がみたなかで多分the bestだ。
なぜそんな子が俺に話しかけたんだ?
と考えていると、
「あたしは白崎冬花。席、隣だから色々とよろしくね。あとこのクラスのクラス委員長だから、わからないことあったら何でも聞いてね」
とにこにこ微笑んでいる
「うん。よろしく」
何かぶっきらぼうに返してしまった。いつでも平常心を心がけているのが仇になってしまった。
「霧生君って前の学校では、どう過ごしてたの?」
俺は
これはすぐに帰れそうにないな
と思い、リュックを背負ったまま自分の椅子に腰掛けた。すると冬花も自分の椅子にひざをこちらに向け、姿勢よく座った。
「学校には、ほとんど行ってない」
「えっ?」
冬花は不思議そうな顔で俺を見る。俺は続けて淡々(たんたん)と説明する。
「俺は去年、交通事故にあってずっと入院してたんだ。だから学校でどうだったか聞かれても、俺にはわからない」
冬花は目を丸くして驚いた表情をし、
「交通事故?学校に通えなくなるくらいの怪我だったってこと?大丈夫だったの?」
「ああ。リハビリとか検査とかで大変だったけど、完全に復帰して退院できたから今は問題ない。まあ、復帰した頃に親の転勤が決まってここに来ることになったんだけど」
と白崎さんの顔を見ると、気まずそうな表情している。そして
「そうなんだ。大変だったんだね」
と静かに言った。
「まっ俺はその時の事故で頭打ったらしいからなんにも覚えてないけどな」
「…うん。そうなんだ」
この場のしんと静まり返った雰囲気を晴らそうと軽い調子で言ったが、逆効果だったようだ。会話のネタになりそうなものはないかと教室中を見回すと、ゲームをやっている何人かの男子たちが喜びの歓声を上げている。
俺は今朝の会話の内容を思い出し、
「ああ、そういえばさあ、ここの授業の進み具合って早いな」
と後頭部を掻きながら言った。冬花は
「そりゃそうだよ。ここの学校は知名度が高い進学校だもの。転入試験大丈夫だったの?ずっと入院してたんでしょ?」
元気になったようで澄ました風にしている。やはりどの学校の優等生は成績の話になると皆同じような表情をする。今、俺の目の前にいる委員長がいい例えだ。
「ああ。病院である程度勉強しておいたから転入試験を受けたとき先生に、『うん。学力は問題なさそうだな』って言われた。まあそのおかげもあって2年に転入できたんだろうけどな」
俺も最後にふんと白崎さんに負けないくらいの澄まし顔をしてみせ、口角を少しにっと上げてみる。
「そっかー。霧生君あたまいいんだねー」
白崎さんは何故か、にこにこ微笑んでいる。
「そうでもない。入院中暇だったから教科書パラパラ見てただけだ」
予想外な返しに俺は後頭部を無意識に掻いていた。
こうして話しているうちに、教室に残っていたクラスメイトたちは次々と教室から出て行き、俺たち2人だけになっていた。
すると冬花は思いついたように
「あっそういえば霧生君。入る部活決めた?あと参考までに、前の学校で何に入部してたの?」
「俺は部活には入ってなかったな。入りたいと思えるような部活がなかったんだ。でもここなら色々種類もあるし、考えてみるかな」
「へーそうなんだ。ふ~ん」
と言いながら冬花は俺を横目で見て、興味津々(きょうみしんしん)そうな表情を浮かべている。
本当のこと言うと、俺は部活なんて興味ない。部活をしてるがために自分の時間が削らなければならないのは耐えらない。それに、やってて楽しいと感じれることにしか時間を費やしたくないんだ。だが、勉強は楽しいかと聞かれればむしろ嫌いだ。まあ、後々楽するためにはやっておいて損はないだろう。
白崎さんの表情を見て不思議に思い
「どうかした?」
「べつに?」
と冬花は小さく微笑んでいる。
全く興味がないことを悟られたくなかった俺は
「参考までに、白崎さんは部活なにやってるの?」
白崎さんは首を横に少し傾げ、不思議そうな顔をしていたがすぐに元の表情にもどり、
「あたしは文芸部よ。そこで小説とか書いてるの。よかったら見に来ない?」
すぐにズバッと断るのはなんだから少し考えるふりをしてから
「ごめん。今日は遠慮しておく。気が向いたらな」
「そう?」
と言いながら冬花は、黒板の上にかけてある丸い時計を見た。時間は5:40を少し過ぎた時間になっている。
「あたし、これから部活の時間だから。霧生君またねー」
「うん。またあした」
白崎さんが胸のあたりで手を小さくふったから俺も返しておく。白崎さんは慌ててかばんを持って教室を出て行った後、俺は椅子に座ったまま体を仰け反り、思い切り背伸びをして天井のしわしわ模様を眺めながら
「部活かー。どおすっかなー」
と呟いていたが
「やべ!」
と体を起こし、椅子から立ち上がった。俺が勢いよく立ち上がったから椅子もその勢いで後ろに下がる。
つい話し込んでたが、早く帰ろうと思っていたことをすっかり頭から抜けていた。
教室を飛び出し、廊下を駆けた。
俺は学校から出てしばらく自転車を飛ばし、日が沈みかけ所々街灯が点いていくのを見ながら
「どんだけ話し込んでたんだ。もう暗くなりそうじゃねえか」
と呼吸を荒げながら呟いた。
◇◆◇
自分の家の自室で、ベッドに仰向けになり電子書籍でライトノベルを一冊読み終えたところだった。俺はタブレットで、今読んでるシリーズの次の巻を購入しダウンロードする操作をしている。
便利な世の中になったものだ。書店まで行かなくても、自宅から買うことができる。それにこれ1つ持ち歩くだけで今までに買った何冊分もの本を持ち歩くのと変わらない。しかも、購入するときはこっちの方が少し安価だ。
などと頭のなかで語っていると、
「ごはんだよー」
と部屋の外から母の呼ぶ声が聞こえた。
「うん。今行く」
と適当に返し、足で反動をつけ、寝そべっている体を起こし部屋の外へ出る。
家族構成は俺と父と母の3人で、住んでいるところは2階建てのアパートの2階の部屋だ。
夕食時にはテレビを見る習慣があったが、今は誰も見ていないからただテレビが点いていて、流れる音声を聞いているだけになっている。
俺は箸で焼き魚の骨を一本ずつ皿の隅によせていると、母が
「はる君。新しい学校どうだった?」
とやぶから棒に聞いてきた。俺は
「まだ1日目だから何ともいえないな」
と曖昧に答える。すると今度は父が
「新しい友達はできたか?」
「友達か。よくわからないな。でも何人かとは話した」
女子ばっかりだったけど。と口では言わないが思う。
「そうか」
「うん」
など転入先の学校について色々聞かれた。
だから初日だからわかんねって。
▼▼▼
AM1:17
神奈川県の町の大通りは街灯や建物の明かりなどで街は明るくなっている。
街の大通りから抜けた住宅街などは、街が明るい反面、まるで別の世界のような夜の闇や静けさに包まれている。
本来であれば、この時間帯には外出している人は滅多にいないはずだが、この日に限り1人の少女が歩いていた。
その少女は着ている服はパジャマで、足元は裸足だ。目は生気がないようにうつろで、足取りは、右へ左へとよろめいている。まるで寝ながら歩いているようだ。
少女は、しばらく外灯の小さな明かりだけの暗い夜道を進んでいくうちにぴたりと足を止めた。
「ああ、何してるんだろう私…」
と呟くも、また先ほどのように右へ、左へとよろめきながら歩き始めた。
その先には、今にも取り壊されそうなくらいボロボロの廃墟があった。所々窓ガラスが割れ、板が打ち付けられている。そして少女は、先ほどのよろめいた足取りで廃墟へ入っていった。